第4話 憤る公爵

 がっしりと鍛えられた体は、気を失った花嫁を抱き抱えても、微動だにしなかった。悠然と、花嫁抱きのまま、祭壇を降りる。

 参列者の間、先ほど花嫁とその兄である国王が通った中央の花道を、颯爽と通り過ぎる。

 参列者のうちのほとんどは、呆気に取られるか、彼の堂々たる態度に見惚れ感嘆の声を漏らすかしたが、早い話が男女で意見が別れただけの事だ。

 外には馬車が用意されていた。

 公爵家のもので、馭者も畏まった礼装だ。

 予定より早く出てきてしまったが、彼は動揺せず、己の勤めを果たした。


 アルベルトは車内に姫を抱えたまま入り、寝かすほどのスペースが無いことを悟ると、そのまま横抱きで座ることにした。重くはないが衣装が嵩張る。はみ出た裾を馭者が手早くしまい、扉を閉めた。

 外界から隔絶されると、思いの外大きなため息が出た。

(一体なんの茶番だこれは)

 そう思わずにはいられない。

 自分の腕にいる気を失ったままの姫君は、まだあどけなさが残っている。

「…まだ子供じゃないか…」

 綺麗な衣装を着せられて、強めの化粧を施され、見知らぬ男に、人身御供宜しく有無を言わせず嫁がされる。

 姫に対しては、憐れみしかない。

(たしか16か7くらいだったか)

 婚姻してもおかしくない年齢ではある。王族としてみれば決して早くもない。

 正直、腕に掛かる重み以上に重い責任を背負わされた気がして、気が重くなった。

 アルベルト側から見れば、王族と縁戚関係になることは、良いことのように見える。野心のある者ならばむしろ願ったりかなったりで、羨まれることだろう。国王の妹という立場は、国内外において争奪戦が画策されていても不思議ない立ち位置だ。むしろ、なぜ外交に役立てないと非難されてもおかしくない。爵位をつけられたとはいえ、こちらは元は只の軍人だ。身分差があることを後からつつかれる事にならないだろうか。

 一軍人と言うにはアルベルトは武功を納めているが、貴族社会において優先されるのは血の正当性であり、爵位の高さでもある。

 いきなりの公爵位に反発の声が上がっている。さらには姫との婚姻。そういえば、将軍などという職まで与えられていた。

 国王が何を考えているのか全くわからない。分かろうとすることがおこがましいのも知れないが…。

 視線を落とせば、腕の中で気を失って身じろぎもしない少女がいる。

 彼女にとって、この婚姻には意味があるのだろうか。

 少なくとも、彼女に受け入れられているようには思えなかった。


 馬車の外では相変わらすの喧騒だ。「バルツァー公爵万歳!」が他人事にしか聞こえない。

 屋敷についてもそうだ。ようやく見慣れてきたと言った感じで、未だに自分の物のような気がしない。体に会わない服を無理やり押し付けられて着せられているような気分だった。

 前公爵から好きにしてくれていいとは言われているが、何一つ、自分の意志で変更されたものはない。それどころか、もとからいる女中頭と執事によって良くも悪くもいいようにされている感がある。


 屋敷の中へはアルベルトがそのままレイリーンを運ぶことにした。内実はともかく、礼装で花嫁を抱くその姿は威風堂々としており、女中たちの心を鷲掴みにした。乙女の憧れ、お姫さまだっこ。

「おかえりなさいませ、旦那様。奥方様はこちらに。主治医をお呼びして診て頂きましょう。奥様のお部屋の御支度は調ってますね?」

 よほどしっかりとした教育を受けているのだろう。慌てず、騒がず、女中頭が指示を出す。アルベルトはもとより、女中たちはばたばたと指示に従った。

 どちらが主人かわからない。

 内心のため息は飲み込まれた。

 









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