魔女に呪われた国
直記
第1話 嵌められた姫君
鐘の
国を挙げての祝い事は、この国にとっては久しぶりの事だった。
道行く人々の表情は明るく、春先のこともあって、そこかしこには可憐な花が咲いている。
国の花として川岸や街道に植えられた桜などは見事と言う他ない。
その並木道を、絢爛豪華な馬車と護衛の正装した騎士達が緩やかな速度で通っていったのは数時間前のことだった。
乗っていたのはこの国の姫君だ。
レイリーン・フレア・イシュターナ・ディルダーク。
ディルダーク王家の末の姫君で、現国王の同父母の妹でもある。
彼女は元々、母方の祖父であるサイガ伯爵の元で暮らしていた。伯爵領は、城のある王都テイアからは遠く、隣国アシュタナ帝国との国境に近い。
伯爵の娘でレイリーン・フレアの母であるレイリアは、第三王妃という比較的低い地位だった為、彼女を身籠ったさいに、体調不良を理由に宿下がりを申し出て、以来伯爵領から出ないで過ごしている。
当然、今回のこの慶事にも不参加だ。
だからといって、全くの無関係かと言うと、そこは少し怪しい気がする。
まず、衣装だ。
王都の手前にある宿場町には、王家用の宿泊施設があった。というか、今回、用意されていた。
サイガ領から王都テイアまでの道中、サイガ領をほとんど出たことのないレイリーン・フレアの為に、ついでと称して、縁のある貴族の屋敷や、使う機会のあまりない離宮などを利用して、殊更ゆっくりと旅をしてきた事実を、彼女は知らなかった。
それは衣装が間に合わなかったからに他ならない。
上手く旅程を合わせ、今日この日にテイアに到着するように画策されていたことも、当然彼女は知らない。気づいてもいない。
供として付いてきた乳兄弟のバロウ兄妹は、この旅路の間、漠然とした不安を感じていた。特に兄であるヨシュアは妹のアイリスに
「絶対になにかある。あいつが今になってレイリーン様を城に呼びつけるなんておかしい」
不敬罪で捕まっても文句が言えないような言い草だった。
「そうは言ってもレイリーン様がお喜びだから仕方ないんじゃない? 断る理由も無いわけだし」
「だいたい、治世が落ち着いたから早く会いたいとか書いて寄越しておいて何だってこんなに遠回りをさせられなければならないんだ!」
「まあねー。兄さんがイラつく気持ちも分かるけど」
本来なら、どんなにゆっくりとした行程で進んだにしても一月もあれば王都には着いていたはずなのに、サイガの屋敷を出て早三月は立とうとしている。季節に至っては冬から春に変わってしまった。
「絶対に何か企んでいるに違いない!!」
彼もまた、現国王の乳兄弟であった。国王の事は熟知していると言っても過言じゃない。
国王がサイガにいた頃は、第一の従者だった。共に学び、剣の稽古をし、時にはイタズラもして伯爵に叱られることもあった。
「奴が無駄なことをする訳がない」
断言出来る。
自信満々の兄に、
「かといってレイリーン様を止めれるわけ、ないじゃない。3年ぶりに会えるってお喜びなのに…」
冷静な突っ込みをいれたアイリスだったが、後にそれを悔やむことになる。
後悔先に立たず。
いや、何にしたって、彼らに選択肢など与えられてはいないのだが。
王都に入ってすぐに城に向かうのかと思ったが、レイリーン達はデュマ公爵家でもてなされていた。
デュマ公爵は貴族の中では筆頭と言っていいほどの家格の家柄で、王家とは縁戚の関係になる。
現公爵は老齢で穏和そうな見た目だ。
デュマ公爵は夫人をつれて、レイリーンの元に訪れた。二人の間の娘は、今は亡きレイリーン達の父である前国王の第二王妃だった。
豪華な客室でデュマ公爵夫妻と面談し、
「こちらに陛下から御衣装が届けられておりますれば、お召し替えをなさった上で城に上がられては如何でしょう?」
と勧められ、断ることも出来ないまま、事は進められた。
「ねぇアイリス」
「はい、レイリーン様」
「少しおかしくないかしら?」
「…えーっと、何がでしょう?」
「お兄様はわたくしのお誕生日をお祝いしてくださるのよね?」
少くとも、三月前の手紙の内容はそうだった。
姫君の侍女として傍らに控えていたアイリスは、張り付けたような笑顔で彼女の主と相対する。
「このお兄様が用意してくださったドレス…」
「とーっても、お似合いですよ!」
レイリーン・フレアの言葉を遮り、急いで褒める。それしか彼女に出来る事はない。
実際、彼女の為に誂えたドレスはとても似合っていた。王族の彼女が身に纏うのに相応しい、最高級品の
「さすがは陛下のお見立てですね! とっても良いお品ばかり!」
品質が良いことは、レイリーン・フレアにもよくわかっている。少なくとも、伯爵家で身に付けていた物が安物に感じるほどの品々だった。
問題があるとするならば、豪華すぎる点とその色調か。
更に、化粧を施された顔は、ベールに隠されている。
頭上には、母の
白一色で纏められたドレス。
これはもう。
婚礼装束というのではないだろうか。
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