傍ら(かたわら)

若狭屋 真夏(九代目)

 離れていく影。

二人の影がゆっくりと離れてゆく。くっついては離れ、離れてはくっついた影だったが、とうとう二人の影は離れていった。

再び「あの人の影の隣」に行きたいと思っていたが、その影がゆっくりと薄くなっていき、やがて「消えた」

島田華(はな)の願いは叶わなった。

「あの人」とは大高一(はじめ)のことである。華と一は高校時代から付き合っていた。

高校大学と二人の見る夢は同じに見えた。

しかし社会人になると「物事を見る方角がかわる」つまりは「立場の違い」などである。

ちょっとした摩擦が二人の間に忍び込む。

そして別れた。

「理由」はいくらでもあったし、なんにもなかった。といってもいいだろう。

二人は別々の道を歩いた。

その矢先だった。一が交通事故で病院に運ばれた。

その連絡をくれたのは一の父親であった。

「はなちゃん、、、、はじめが、、、事故にあってね。。。」

「どこの病院なんです?」華は怒鳴った。

父親はびっくりしたが、冷静さを取り戻した。

急いでタクシーを拾って病院に向かう。

「手を合わせ瞳を閉じて祈った」

「何に祈ったのか?」それはわからない。しかし我々も時として「なにかに祈る」ことはある。祈ることはおそらく大昔の人々からの「急激なストレスからの回避」の一つであろう。

20分ほどして病院に着いた。

タクシーの運転手に一万円札を渡したが、60代と思われる運転手さんは「すまないね。メーターかけるの忘れた。それよりも急いで行っておやり」

と嘘をついた。

深々と頭を下げて、病院の中に入っていく。

緊急窓口は病院の裏側にある。

走ってそこに駆け付けると、看護婦さんが見えた。

「すみません、おおたか。。。。おおかた はじめはどこですか?」

久しぶりの大きな声だった。

「大高さんのご家族ですか?」この言葉に戸惑ったが

「妻です」

そういって案内させた。

 

手術室には「手術中」の赤いランプが灯っており、その前に一の両親がいた。

「はなちゃん。。。。。」母親は力なく華に体を預けた。

「おかあさん。はじめは?  はじめは?」

そう聞いたが答えは出てこなかった。

長い長い時間が流れた。。。。。



一の両親と華は手術室の前の長椅子で仮眠を取った。

長いはずである、「8時間」の大手術だったのだ。

灯っていた「手術中」のライトが消えたのはもう朝方であった。



ドクターたちが出てくる。

華は目が覚めた。

「先生。。はじめは。。。はじめは。。。」か細い声だった。

「一応手術は成功しましたが、、、ご家族の方々には「覚悟」をしていただいた方がいいでしょう。」ドクターの顔は暗かった。


いままでくっついては離れ、それでも寄り添っていたと思っていた恋人の「影」が薄くなっていくのを感じた。


そのまま華は「全身の血が引いていく」思いがして、その場に倒れてしまった。

「大丈夫ですか?奥さん」というナースの声が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る