信じる者は

友人の家に行くと、本に囲まれた部屋の中央で何やら熱心に腕立て伏せをしていた。

「おいおいどうしたんだ、無類の本の虫のお前がトレーニングなんて。」

と私が聞くと友人は腕をぷるぷるさせながら

「最近は宇宙へ行くのがブームらしいからな。宇宙船に乗れるように体を鍛えておこうと思って。」

私の友人はすぐ読んだ本に影響される。


友人の家に行くと、山菜や鮮やかなキノコが散らばった部屋の中央で薬草図鑑を読んでいた。

「おいおいどうしたんだ、きのこ図鑑やサバイバルの本なんか読んで。家賃が払えないからって、山籠りでもするのか。」

「最近は船が難破するのがブームらしいからな。その時に無人島で遭難しても困らないようにと思って。」


友人の家に行くと、競馬や宝くじ等、古今東西のギャンブルについての専門書を見ながらなにやらメモを取っていた。

「おいおいどうしたんだ、ギャンブル雑誌なんか読んで。金に困ってもそういうのには手を出さない方がいいぞ。」

「最近は過去にタイムトラベルするのが流行っているらしくてな。俺も何時タイムリープするか分からないから、その時に一山当てれるように準備しておこうと思って。」


友人の家に行くと、足の踏み場もないほど部屋に本が溢れていた。

「おいどうしたんだこの本の山は。いや、何時も本の山に囲まれてはいるが量が量だぞ。」

「聞くところによると、来年地球に恐怖の大王がやって来るらしくてな。人類が滅亡するんだよ。だからそれまでに読みきれてない本を読んでおこうと思って。」


友人の家に行くと、手作りしたであろう調味料や、農業の技術書が乱雑に置かれていた。

「なんだこのマヨネーズや醤油は。それに農業の専門書なんか読んで。 ついに食うものにも困って農家にでもなるのか。」

「最近はトラックに引かれたりすると、異世界って言うところに行けるらしくてな。故郷の味が恋しくならないように勉強しておこうと思って。」


俺は連絡を受けて、急いで友人のもとに向かった。友人は全身に包帯と管をつけられた状態で病院のベットに横たわっていた。

「おいおいどうしたんだよ、その姿は。本当に異世界にでも行けると思って、トラックに飛び込んだのか。」


医者の話によると、友人は飛び出した子供を庇ってトラックに引かれたらしい。凄まじい衝撃だったらしく、既に助かる見込みはないらしい。しかし、かろうじてまだ意識があるらしく看取ってやってくれと言われた。

「体を鍛えておいて良かったよ。残念ながら、子供を助けてトラックに引かれても異世界には行けないらしい。精々救急車が迎えに来てくれるぐらいだ。」

私の軽口に答えながらも、彼は話を続ける。

「子供には未来があるからな。俺が助けた子供が将来は世界を代表する小説家になるかもしれないし。」

何時ものようなとりとめもない妄想を吐く友人を見て私は涙を堪えることで精一杯だった。

「最後に頼みがあるんだ、今から言う本を下で買ってきてくれないか。」


私は急いで買ってきた、世界で最も売れてる本を友人の胸の上に置いた。

友人は安堵した表情で

「今度こそ俺はちゃんと目的地に行くよ。なんせ2千年以上前からのブームらしいからな。」


そう言い残し、彼は天国へ旅立った。

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