現実逃避症候群
はつみ
現実逃避症候群
俺はリストラされた会社からの帰り道、医者から「現実逃避症候群」と診断された。
リストラの理由は、なんだったっけな忘れてしまった。どうせ有能な俺が気に食わないから適当にでっち上げられたものだろう。本当に馬鹿げている、あんな会社いずれはこっちから止めてやるつもりだった。
家に帰ってヤケ酒を飲みながら求人情報のサイトを覗くが、俺に相応しい仕事は見つからない。
求人サイトを眺めていると、やがて自己分析がなんたらかんたらのページにたどり着いた。そこには一言、「短所は長所」と書かれていた。
それを見て俺は名案を思い付いた。現実逃避症候群にかかるぐらいなのだ。俺の想像力はそれはそれはたくましいのだろう。
「そうだ、俺は小説家になるぞ。」
よく考えれば、小学校の時コンクールで入賞したこともあるような気がしてきた。
だが急いでネット小説の投稿サイトに登録してみたものの、アイデアが思い浮かばない。
「酒だ酒。酒が足りないんだ。」
コンビニで酒を買って出ると、ガラの悪そうな若者たちに取り囲まれた。
「おっさん。いいもの持ってるじゃん、それ俺らにくれない?」
「昨日、彼女にバック買ってやって金欠なんだよね。おっさん、少子化問題解決のためにお小遣い頂戴。」
これだから最近の若者は。俺が学生の頃はちゃんとバイトをして、美人な彼女と一緒にランチを食べたんだぞ。ん?美人な彼女...?本当にいたっけ?いたとしたらなんで別れたんだ?
何はともあれ、彼らは喧嘩を売る相手を間違えたようだ。
「俺の本当の姿を見せてやろう。」
俺は満月に吠えると、全身の筋肉が膨張して服が張り裂けた。体中を漆黒の体毛が覆い、頭部からはキュートな耳が生える。俺は狼男に変身した。
ピーポーピーポー
どうやら少しやりすぎてしまったようだ。救急車の音が聞こえる。
「先生、患者の容態は...」
病院のベットで医者とナースが俺を見下ろしていた。俺は血まみれでベットに横たわっているようだった。
ああ、どうやら俺は死んでしまったらしい。さっきまで見ていたのは妄想で、実際のところ俺は何もできず、若者たちにリンチされてしまったようだ。
「だから、あれほど気を付けろと言ったのに。」
医者は苦々しくそう言った。よく見ると、今日俺を診断してくれた奴だ。
「患者は救急車の中で、俺は現実逃避症候群だ、とうわごとを繰り返し呟いていたようですが、本当にそんな病気が存在するのですか。」
ナースの方が心配そうに医者に尋ねる。
医者はきっぱりと答えた。
「そんな病名はこの世に存在しません。ただ、彼は前々からアルコール中毒で会社から病院に通わされていました。だが一向に直す気概はないようで、とうとう辞めらされてしまったようです。」
そういわれるとそんなこともあった気がしてきた。
「その症候群とやらも今日の診断で判明したアルコールによる胃潰瘍、それに伴って出した禁酒命令のことを忘れようとして、架空の難病にかかっていると自分自身に思いこませたというところでしょう。」
言われて初めてその事実を思い出した。だが俺はもう死んでしまったのだ。そんなことはもう関係ない。
「それで、先生。この患者は大丈夫なんでしょうか。」
「ああ、安心してください。一見ピクリとも動いていないが、ちゃんと意識はあるようです。おそらくですが、これから始まる入院という禁酒生活から現実逃避しているだけですよ。」
その一言を聞いて俺は現実に引き戻された。
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