第147話 鬼の角を探せ! その6

 いつも用意周到な彼だけど、どうやらこの仕事に関してはまだ指輪をセッティングしていなかったようだ。私に触発されたキリトは早速指輪をはめて、それから顎に手を当ててまぶたを閉じ、ゆっくりと思案し始める。


 ――しばらく待ってみるものの、ずっと黙ったままだったので仕方なく私は答えを催促した。


「どう?」


「鬼がいるとしたら……確かにこの町が一番可能性が高そうだな」


「でしょ」


 私はキリトと結論が同じになって嬉しくなった。こうして私達は何となく軽くうなずきあうと、作戦の続行を決行する。


「じゃあ聞き込み再開だよ!」


 そうして意気揚々と話を聞きまくるものの、どの妖怪、どの妖怪に聞いても結果は一緒だった。鬼の噂を知っている者すら見つからない。

 話し疲れて休憩していると、ずっとこの結果に考え込んでいた相棒が意味深な事を話し始めた。


「うーん、もしかしたらこれは……」


「え?」


「この町の裏側を覗かなきゃかも」


 キリトはそう言うとズンズンと町の人気ひとけのない方、人気のない方に向かって歩き始める。町並みに関して言えば私の方が詳しいはずなのに、やがて彼は私の知らない裏道へと足を踏み入れていった。


 途中からは全く知らない通りを進み始めたので、私は顔をキョロキョロと左右に振りながら前を行くキリトを見失わないように必死で付いていく。歩いている内にこの知らない路地裏の先は急に開け、怪しげな店の並ぶ不穏な場所に辿り着いた。

 この初めて見る光景を目にして、私は思わず口を開く。


「天狗の城の城下町って健全な場所だけかと思ってた……」


「まぁ表があれば裏があるって言うしな」


 キリトはそう言って周りの景色を観察する。そうして、そこで抱いた印象をまるで独り言のようにつぶやいた。


「現実世界の裏通りの雰囲気ともまたちょっと違う気はする……。上手くは説明出来ないけど」


「ハルさんが用心しろって言ってたのはこう言う事なのかも」


 よく見ると、行き交う妖怪も少し気の荒そうな種類のものに変わっていた。流石は町の闇の部分、油断していたら何らかのトラブルに巻き込まれてしまいそう。天狗のお宝をフル装備しているから多少の騒ぎくらいなら平気なはずだけど。


 前を歩く相棒はこのエリアを更に奥へと進んでいく。きっと何か考えがあるのだろうと、私も文句を言わずについていった。すると、和風だった景観が急に様相を変えてきた。西洋風のバーのような建物が見えてきたのだ。

 この意外な展開に私は感嘆の声を上げる。


「うわあ……」


「町の外れにこんな場所があったなんて」


「ここなら鬼がいても不思議じゃないね」


 裏の町並みは表側と全く違う。と言う事は、話を聞けば違う情報が手に入る可能性も高い。裏と言えば表の目の届かない場所というのが定番だ。つまり、鬼がいるとしたらこのエリアじゃないかと言う結論に達するのはもはや必然とも言える。

 キリトは私のこの意見にうなずきつつ、軽く注意点を口にした。


「でも多分見た目じゃ分からないと思うぞ」


「どうして?」


「鬼はその気になれば化けられるからな。正体を隠しているとしたら見た目じゃ分からない」


「そっかぁ……」


 私達がこのエリアでの聞き込みについて相談していると、突然背後から声をかけられる


「おい!」


「ひゃうん!」


 事前に全く気配を感じられなかったため、私は驚いて変な声を上げてしまった。振り向くと、そこには獣人系で素浪人のような格好をした頬に傷のある背の高い妖怪が立っている。裏通りによくいそうな、あまりにもテンプレ通りの格好をしたこの妖怪に私は感心してしまった。

 ヤサグレ妖怪は、私達に向かってその見た目通りのガラの悪い声を響かせる。


「お前ら見慣れない顔だな。どこから来た」


「え、えっと……」


 この状況に私はビビる。だって人間界にいた頃からこう言う人種と接触した事なんてなかったから。

 焦った私が何も喋れないでいると、同じ状況でもっと動揺して何も役に立たないだろうと思っていた相棒が、2メートル近くある目の前の怖そうな妖怪をジロリとにらみつけた。


「俺達は城の客人だ」


「ほう?そんな偉いお人が何故こんな場所に?」


 ヤサグレ妖怪は城の客人と言う言葉にも眉ひとつ動かさない。対するキリトもまた負けじと低い声でこれに応酬した。


「ちょいとばかりやばい仕事でね」


「なるほど……」


 その一言で何かを納得したのか、獣人妖怪はニヤリと笑った。えっと――これどう言う状況?男同士で意思疎通するってやつ?キリトが変に度胸があるのにもびっくりしたけど、私、さっきから置いてけぼりなんですけど?

 この状況に段々ムカついてきた私は思わずキレてしまう。


「ちょっと、何勝手に話を進めてるの!」


「ここは俺に任せてくれよ」


 怒った私の肩をキリトはぽんと軽く叩く。普段そんなキャラじゃないくせに、変なところで変に自信たっぷりな感じになるんだよね。

 そんな相棒の態度にもちょっと引っかかりは覚えるものの、その言葉を信用していいのか、改めて私は確認した。


「大丈夫なの?」


「ま、多少は」


「分かった、やってみて」


 何か自信はあるみたいだし、私はここでのやり取りをキリトに任せる事にした。指輪の力の作用もあるのかもだけど、普段の彼を知っているとまだちょっと信じられない。私としてはヘマさえしなきゃそれでいいんだけどね。

 内輪揉めが終わったと言う事で、今度は空気を読んだ妖怪の方から話かけられた。


「話は済んだか?」


「ああ」


「何の用事かは知らねーが、騒ぎは起こすなよ」


 どうやらこの妖怪、悪い妖怪ではないらしい。この場所に不慣れな私達にわざわざ忠告をしに現れたのが真相のようだ。裏のエリアで騒ぎを起こすなんて何が起こるか分からないのに、そんなの言われなくてもしないって。

 と、私が心の中でツッコミを入れていると、キリトはこの話の詳細を追求する。


「起こしたらどうなる?」


「親分がすっ飛んでくる。怖いぞお~」


「分かった、気をつけるよ」


 聞きたい事を聞けたと判断した相棒は、この親切妖怪に向かって笑顔を向ける。話す事を話した妖怪もまたそれ以上の要件はなかったようで、私達に向かって指を指しながら少し慌てたように去っていった。


「いいな!忠告したからな!」


「ふぅ……」


 一連のやり取りが終わって、キリトはほっとため息を吐き出す。やはりそれなりに緊張はしていたようだ。

 私はもっと厄介事に巻き込まれるような展開を予想していただけに、あっさりと獣人妖怪が去っていた事に少し拍子抜けする。


「アレで終わりかぁ。てっきり大金をせびられるのかと」


「どうしてあの妖怪が何もせずに去ったと思う?」


「えっ?」


 柄にもなく彼が質問をしてきたものだから、私はちょっと困ってしまった。あれ?いつからこんなキャラになってしまったんだっけ?前からだったっけ?

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