第148話 鬼の角を探せ! その7

 どちらにせよこの質問の答えがすぐに思い浮かばなかった私がしばらく口を開けないでいると、キリトは得意げにニヤリと笑う。


「こっちはお宝をフル装備しているんだ。警戒したんだよ、きっと」


「おお、そうだった」


 そう言えば私達、天狗のお宝フル装備でいたんだった。緊張しすぎて忘れちゃってたよ。私達がフル装備した姿は天狗の警察機構の服装とよく似ている。裏通りにいる妖怪達はみんな表の世界では暮らしてはいられない存在なんだろう。こう言うところも人間の世界と似ているなあ。

 こうして謎が解けたとは言え、まだ本来の仕事は何ひとつ進展していない。心が落ち着いたところで私は改めて相棒に声をかける。


「で、これからどうやって鬼を探すの?」


「やっぱりここは定番の酒場か賭場か……」


 キリトは裏の世界での情報収集の定番を、全く無抵抗にさらっと口にする。まだ人としての倫理観を持っていた私は、すぐにこの方法に異を唱えた。


「や、ダメだって!私達未成年だよ?」


「いやここ妖怪の世界だし」


「かも知んないけど……」


 確かにこの世界に人の警察はいないし、人の法律は適用されない。人の社会でタブーと思われる事をしても何も問題なかったりするのだろう。

 だとしても、やっぱり私は抵抗があった。今までに身に着けた常識が心を縛り付けているのもあるし、単純にそう言う場所に足を踏み入れるのが怖いのだ。

 私が躊躇していると、相棒は呆れ顔を浮かべて軽くため息を吐き出した。


「……じゃあここで待ってな。俺だけで行くから」


「キリトが行くなら私も行くよ!」


 こんなヤバい場所に1人取り残される方が不安なのもあって、結局私達は一緒に行動する事になる。覚悟を決めた私達が向かったのは定番の酒場だった。まぁ、賭場よりは治安も良さそうだし、情報収集と言えば酒場は定番中の定番だものね。


 それらしい場所を探しながら歩いていると、流石は裏通り、ヤバそうな外観の酒場がいくつも視界に入ってきた。今回はすべての行動をキリトに任せている。なので彼の選ぶ場所に私は何ひとつ文句は言わなかった。

 立ち並ぶ酒場を見てキリトも最初は面食らっていたみたいだけど、その内にひとつの店を決めると覚悟を決めてそのお店に向かって歩き始めた。


 そこは数ある酒場の中でも比較的外観がスッキリしていてオサレっぽい感じ。西部劇とかで見るようなそんな西洋風の建物だ。天狗城とか城下町の表の方は純和風な雰囲気だからやっぱり違和感がある。面白いって言うか不思議だなぁ。

 店の扉の前まで来たところで、ここまで順調に歩いていた彼の足がピタッと止まる。きっと初めて酒場に入る事になるからそれでなのだろう。私達は何度も確認して、そうしてうなずきあう。お互いに緊張しているのが表情ですぐに分かった。


「じゃあ……入ろうか?」


「こ、ここでいいんだよね?」


「虎穴に入らずんば虎子を得ず!」


 覚悟を決めた相棒はそう叫ぶと、いきなり先にお店に入っていく。置いてきぼりにされてしまったので、私も慌てて後を追った。


「あ、ちょ、待って!」


「いらっしゃい!おや?珍しいお客さんだ」


 酒場、いや、バーに入った途端、店のマスターが入ってきた私達に向かって挨拶をする。その声のした方向に顔を向けた私は驚いて大声を上げた。


「い、いたーっ!」


「何だい、藪から棒に。びっくりするじゃないか」


 いきなり叫ばれてバーのマスター妖怪は困惑している。

 けれど、叫んでしまうのは当然の話なのだ。何故なら、このマスターこそ私達がずっと探していた鬼だったのだから。

 バーのマスターらしくしっかりスーツっぽい服は着込んでいるけれど、頭にニョキッと生えた2本の角がその証拠。いきなり本命に会えてしまってキリトも口をパクパクと動かすばかり。


 私達が混乱していると、このバーの常連客っぽい妖怪がニヤニヤしながらマスターに話しかける。


「タキさん、どうやらこの子達、鬼を探していたみたいだぜ」


「あれ、バレてる?」


「お嬢さん、ここをどこだと思ってんだい。表の情報はすぐに回ってくるんだ。あんた達鬼を探し回っていたじゃないか」


 すでにかなりお酒が回っているっぽい赤ら顔の妖怪はそう言って私達の顔を見た。どうやらさっきまで鬼を探し回っていた姿を見られていたらしい。その話がもう届いていただなんて、裏の世界恐るべしだよ。

 このお客の話を聞いた鬼のマスターは、少し驚いた顔をしながら私達の顔を見る。


「本当に俺を探していたのかい?」


「えっと……」


 マジ顔で見つめられた私は言葉に詰まってしまう。何故ならやはりそこは鬼、その顔に気迫を感じたからだ。別にマスターは怒っている訳ではない。ただ、その話の確認をしているだけ。普通の会話のはずなのに、漂う風格と言うか――そう言うのがあったために私は言葉が出なくなってしまったのだ。

 口を開いたまま動けなくなった、ヘビににらまれたカエル状態の私に変わってキリトが代わりに言葉を続ける。


「そうです。探してました」


「大天狗の命令なんだとよ。もうそれで察しがつくだろ?」


「なるほど、あの人の……」


 お客が更に補足説明を行い、事情を察したマスターは苦笑いを浮かべる。この全てを分かっている風な反応に私は素朴な疑問を抱いた。


「えっと、もしかして結構有名な話?」


「ええ。お2人さん、角を持ってこいって言われたんでしょう?」


「そ、そうです」


 私はその言葉に素直にうなずく。マスターの話しぶりから見て、大天狗は今までにも角を欲しがった事があったのだろう。もしかしたら定期的に角をもらっていたのかも知れない。

 よくある事なら話は早いと、すぐに角を貰おうと話しかけようとしたところ、マスターは私達に向かって少し困ったような表情を浮かべた。


「残念だけど、今は渡せる角がないんだ、流石に今生えているのは渡せないしね」


「え、なんで?」


「鬼の角は薬の原料になるんで売れるんだよ」


 マスターの話によると、今朝方抜けた角を買取業者に売ってしまったとの事。またしてもタイミングの悪い話に、私達は分かりやすく落胆する。こうして角探しは振り出しに戻ってしまった。

 これからどうしようかとキリトと2人で顔を見合わせ、そこで閃いた私はすぐにマスターに話しかけた。


「あ、あのっ!」


「うん?」


「他に鬼のお仲間は?」


 そう、ここにいる鬼はマスター以外にもいるはず。別の鬼からなら角が貰えるんじゃないかと考えたのだ。うんうん、我ながらナイスアイディアだよ。

 問いかけられたマスターは柔和な顔のまま、私を軽く絶望させるような事実を優しい口調で口にする。


「いない事はないけど、みんな売ってしまった後じゃないかな?」


「でも、念の為知ってるだけ教えてください!」


 その言葉の雰囲気から、この情報をまだ確定ではないと踏んだ私は必死に食い下がる。

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