第144話 鬼の角を探せ! その3
相手の緊張が何となく伝わって私も身構えていると、ゆっくりとその口が開いていく。
「これってもしかしてデー……」
「いや違うでしょ」
どうやらキリトはこのシチュエーションに何か大きな勘違いをしているようだったので、変な誤解をさせないようにと私はキッパリと断言してやった。期待していた答えが帰ってこなかったのもあって、彼はさっきの発言を誤魔化すみたいにわざとらしく笑い始める。
「だ、だよな。あはは」
「はい、お待ち。ゆっくり楽しんでって」
そんな気まずい空気の中、さっき注文していたセットが運ばれてきた。うーん、またしてもナイスタイミングだよ。ここのお店は空気を読むなあ。
と、偶然かも知れないそのタイミングに感心していたところで、私は運ばれたメニューの内容に違和感を覚える。
「あれ?」
「おしるこはサービスだよ!」
そう、セットはお茶とお団子だけのはずなのに、そこにおしるこが追加されていたのだ。店員さんによると、このおしるこはサービスらしい。
私はこの心憎い演出が嬉しくなって、店員さんに感謝の気持ちを伝える。
「ありがとう!」
「気にしなさんなって」
彼女はそう言うとウィンクをして軽い足取りで去っていった。うん、これ完全に誤解している流れだ。サービスしてくれたし真実は黙っておこうっと。
店員さんが視界から消えたところで、キリトがこのお店の雰囲気について口にした。
「気前がいいお店だな」
「んで、味も最高だかんね」
まだお団子に手を付けていない彼に、私はこのお店の味を保証する。この言葉で食指が動いたのか、彼はおもむろに団子をひとつ手に取るとパクっと口の中にそれを放り込んだ。ムグムグと咀嚼して味の確認の後にそれを喉の奥に流し込むと、キリトは納得したように顔を綻ばせる。
「お、確かに」
味を確認して夢中になって食べる彼の姿を見守りながら、私は望んだ結果の通りになったとニンマリと笑った。
「いやあ、キリトが甘い物いける口で良かったわ」
「まさか、この先も何か付き合わせる気か」
「だってあんまり城下町に降りてこないじゃん。勿体ないって」
私は今回の行動の理由をここではっきりと口にする。キリトがずっと引きこもっているから外に引っ張り出したかったのだ。
彼は私の意図を知って、まるで言い訳をするみたいに城から出ない理由を口にする。
「いやだって城の資料室が充実していて……知りたい事もたくさんあって……」
「かも知んないけど、こうやって町の妖怪達と触れ合うのも大事だよ!」
「そ、そうかもな」
今日の体験が楽しかったのか、いつもならすぐに反論が飛び出すようなシチュエショーンで、キリトは私の意見をまるっと受け入れていた。
それが意外で何か可笑しかったので、私は思わずクスクスと笑う。
「お、やっと素直になった」
「う、うっせ……」
一連のやり取りが恥ずかしくなったのか、私に笑われて彼は恥ずかしそうに頬を染めながら視線をそらす。その仕草も可笑しくて、私はしばらく黙って目の前の可愛らしい生き物の観察に徹したのだった。
お団子もおしるこもお茶も楽しんで、私達はおだんご屋さんを後にする。誤解したままの店員さんは終始笑顔で、私達を姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
その後も色んなお店に顔を出したり、たまに買い物をしたりと日が暮れるまでしっかり楽しんでから城に戻る。充実した時間が過ごせたのが嬉しかったので、そのテンションのまま無理やり突き合わせた彼に話しかけた。
「やぁ~。楽しかったねぇ」
「ああ」
どうやらキリトも今日の事はまんざらでもないらしい。返事を返した彼の顔は満ち足りたように見えた。うんうん、連れ出した甲斐があったよ。
好評なようだったので、私も笑顔になって話を続けた。
「明日も行こうねぇ」
「ちょ、毎日突き合わす気かよっ」
色良い返事が返ってくるのかと思ったら、またいつものように逆ギレっぽい反応が。私はそう返してきた意味が分からずに首を傾げる。
「嫌?」
「こう言うのは、週に一回くらいでいい」
どうやらキリトはあんまり頻繁に城下町をウロウロするのは好きではないらしい。今日こんなに楽しめたんだから素直になればいいのに。
まだ何かしらの壁があるように感じた私は、少し強引にその障壁を取り除こうと説得を開始する。
「いーじゃん。今までずっと1人で回ってたけど、やっぱ2人が楽しいよ」
「俺には俺の自由があるだろ」
流石ぼっち属性のあるキリトさん。一言二言くらいでは共感はしない御様子。その少し不機嫌そうな顔を見ながら私は言葉を続けた。
「だって、この世界には人間は私達だけなんだよ」
「そのコミュ力があれば妖怪の友達もその内出来るだろ」
彼は自分を巻き込むなと言った雰囲気で、聞く耳を持とうとしない。そりゃ確かにこの里の妖怪達とも友達になろうと思えば出来るかも知れない。ただ、安易にそうしてもいいのだろうかと私は考えてしまうのだ。
それで、思わず独り言のようにポツリとつぶやいた。
「友達、作っていいのかな……」
「え……」
その言葉が想定外だったのか、彼は顔に困惑の色を見せる。戸惑うキリトを見て説明の必要性を感じた私は、その顔をじいっと見つめた。
「だって……私達、普通の人間に戻るのが目的でしょ」
「な、何を今更」
「仲良くなってもいずれは見えなくなるって事だよね」
「だな」
この話の流れに彼は素直にうなずく。ただし、そこからは先の展開も読めたのか言葉を続けようとしなかった。私はそこで感情を爆発させる。
「だってそんなの淋しいじゃん!今の内だけの友達とか!この天狗の里だって目的を達成したらもう二度と来れないんだよ」
「……」
私の熱意にキリトは沈黙する。この里での友達を作りたくない理由も理解してくれただろうか。
ただ、感情が温まってきた事もあって私は更に話を続けてしまう。
「連絡も取れないし、せめて手紙とか、文通とか……」
「人間に戻ったら、知り合った今までの妖怪の記憶も消えちゃうかもだしな」
彼は私の話に便乗するように、淋しげな顔で最悪の想定を口にする。力を失って見えなくなって、更に妖怪との記憶まで忘れてしまう?
この無慈悲な可能性に、私は感情を爆発させた。
「それはやだ!」
「俺もだよ……」
流石のキリトも、妖怪達との日々の記憶を失うのは耐えられないらしい。良かった、ここで意見が一致して。もし忘れてもいいとか忘れたいとか言われてたらもう一生話が合わなくなるかと思ったよ。
元々妖怪に興味があるんだから、そう言う態度なんて取る訳がなかったんだけど。
この日はそんな感じで空気を微妙な感じにして終わっていった。楽しい日々もいつかは終わる。大事なのはどう終わるかだ。早く人間に戻りたいけど、どうか何もかも忘れて妖怪なんていなかったみたいな最悪のエンドになりませんように。
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