第132話 偉大なる霊水 その6

 そうして行き着いた先には、まるで先回りしていたかのように霊水の番人が待ち構えていた。


「ほう、よく来たな」


「あれ?番人さん?」


 その青竜を見た私はちょっと戸惑ってしまう。私の反応に対して相棒が首を傾げる。


「どうした?」


「いや、急に大きくなったような?」


 そう、この番人、さっきまで話していた青竜とは大きなが一回り違う気がしたのだ。さっきまでの竜は10メートルくらいの大きさで、今目の前にいるのは一回り大きくて15メートルはありそう。

 けれど、大きさ以外の違いは全く見当たらなくて、だからキリトはすぐにはその違和感に気付かなかったのかも知れない。指摘されてようやく大きさの違いに気付いた彼も、私と同じく首を捻る。


「それはオラの父ちゃんだ」


「うわびっくりした!」


 背後からさっきまで聞いていた声が聞こえてきた私は驚きながら振り返った。そこには大きさに見覚えのある方の青竜が浮かんでいる。つまり、この場所に大きさの違う竜が2体同時に存在していると言う事だ。この2体の関係は小さい方の言う通りに親子、なのだろう。


 その後、改めて大きい方に事情を聞くと、そっちの方こそが本来の霊水の番人だと言う事が判明する。


「うむ、儂が霊水の番人なのは本当じゃ」


「じゃ、息子さんは手伝いを?」


「霊水を求める者には相応しくない者も多い。息子にはその選別を任せておる」


 つまり、息子さんが霊水を求める者の質を見極め、父親がその相手に霊水を渡すと、そう言う流れらしい。無事に父親に会えたと言う事で、私は本物の霊水の番人に向かってドヤ顔でサムズアップをした。


「じゃあ私達は合格だね!」


「いや、まだだ」


「えぇ~」


 ここまで来て、まだ試練的な何かが残っているらしい。もう厄介事はゴメンだと私が何とかそれを免除してもらおうと頭をフル回転させていたところ、神妙な顔をしたキリトが番人に向かって口を開く。


「俺達は大天狗様からの依頼を受けて……」


「それは分かっておる。今朝方連絡が来た」


「じゃあ何で……」


 私達の信用が確保された上で、それでもまだ何か足りないものがある――。それが何かは私にはさっぱり分からなかった。納得行かない雰囲気を醸し出す私達を見た大青竜は、はぁ……と、大きくため息を吐き出す。


「悪意がないのは伝わった。ただし、霊水を得るには力もなければならんのじゃ」


「ち、力ですか……」


 番人の口から出た力と言う単語にキリトも戸惑っている。私達、2人共別に力自慢ではないからね。ただ、こう言うシチュエーションでは先に動いた方が勝ちと言う事で、私が先に体力担当を推薦する。


「あのっ、力比べはキリトが担当しますから~」


「ちょ、何を……」


 当然、この行為に対し、厄介事を押し付けられた側は異を唱えようと身構えた。ただ、ここでも私は自分の立場を最大限に利用して有無を言わせない作戦に打って出る。


「私はか弱い女の子なのよ?」


「ええ~」


 伝家の宝刀、女子アピール!流石にこれを持ち出されては理屈屋のキリトも言葉を返せない。うふふ、利用するものは何でも利用するよっ。困惑する彼に向かって私は勢い良く背中を平手で叩いていい音を響かせる。


「筋肉担当は任した!」


「力と言っても筋力の事ではないぞ」


「え?」


 泉の番人が言うには、見せなくてはならない力とは物理的なパワーの事ではないとの事。と言う事は――どう言う事?私達はお互いに顔を見合わせて何をして試されるのかの答えを頭の中で探し始める。

 しかし、それは勘の鋭くなる指輪の力を借りても容易に見つけ出す事は出来なかった。


 考え続けてリアクションが疎かになったところで、大青竜は私達の前にひょいと高級そうな容器に入った、出発する前に天狗城でハルさんが見せてくれたものと同じものを差し出した。


「これを飲んで貰うだけじゃ」


「これって……霊水……」


「その通り、この霊水を飲み干せれば合格じゃ。主達を認めよう」


 霊水は人間にとっての劇薬――そう司令官天狗からきつく言われていた私は、この突然降って湧いたような大青竜からの試練にすぐさま拒否のリアクションを返した。


「い、いやいやいやいや……飲めませんって」


「では、話はここまでじゃな」


 自分の要求が通らない事が分かると、とたんに番人の態度が冷たくなる。困ってしまった私は、この件を同じく困惑している相棒に丸投げした。


「ちょっ、キリト、男を見せないよ!」


「無茶言うなよ!」


「じゃ、じゃあ、私が飲む!」


 このままお互いに拒否しあっても時間が無駄に過ぎるだけだと判断した私は、敢えて茨の道に率先して足を踏み入れる事にした。当然最悪の結果が出た時は相棒の判断のせいでそうなったと、ある事ない事天狗達に吹き込むつもりだ。

 この私の勇気ある一言は、当然のように相棒の精神を困惑させる。


「止めとけって、最悪死んじゃうかもだぞ!」


「じゃあキリトが飲んでよ!」


 私の勇気を強く止める彼に向かって、私は今がチャンスだとばかりに声を張り上げた。ここで霊水を飲む権利が彼に移ったとしたら、それはそれで美味しい展開と言える。出来ればそうなって欲しいとキリトの返事を待っていると、その口から吐き出されたのは、私を失望させるのに十分すぎるほどの威力を持った言葉だった。

 彼は苦虫を噛み潰したみたいな表情になって、ポツリとつぶやくような声で私を説得する。


「ぐ……あきらめよう。死んだら終わりだよ。他にもチャンスはあるって」


「いや、ここで止めたらきっとすごく後悔すると思う」


「だからって命を賭ける訳にも……」


 キリトの言う事も分からなくはない。ただ、だからと言ってここであきらめてどうなると言うのだろう。今私達は心の強さを試されている。筋力じゃない以上、私も簡単に逃げる訳にはいかない。そうして、きっとこの展開も最初から織り込み済みなのだろうと逃げの姿勢を崩さない相棒に向かって熱く主張する。


「キリト……きっとこれは試されてるんだよ。私は自分を、この仕事を任せてくれたハルさんや大天狗を信じてるから」


「う……」


「そこで見ていて、私の勇気を」


 相棒が役に立ちそうもない以上、私が頑張るしかない。話の流れでそうなった部分もあったのだけれど、ここまで来たらもう引き返せない。後は最悪の展開にならない事を願いながら運を天に任せるだけだ。


「覚悟は決まったか」


「頂戴、飲むから!」


 キリトが動揺して動けない中、私は一歩前に踏み出して大青竜に向かって手を差し出した。もう後には引けない。私は緊張でゴクリとつばを飲み込んだ。


 霊水の番人はまじまじと私の顔を見つめる。そこから流れる時間がどれだけ長かっただろう。大青竜は自分からその試練を言い出した癖に、私に霊水の入った容器を一向に渡そうとはしなかった。

 あれ?何で心理戦が始まってるの?


 何かがおかしい。その違和感に私が番人の顔をじっと見つめていると、立派な竜の顔がニッコリと笑顔に変わる。


「よくぞ言った!合格じゃ!」


「はえ?」


 結局飲まなくてもいいと言う展開に私は拍子抜けしてしまった。緊張の糸の切れた私は無意識の内に間抜けな顔をしてしまう。こうして全ての試練が終わったと言う事で、大青竜は私達に向かって軽く頭を下げると、改めてさっきまでの流れの説明を始めた。


「試すような事をして悪かった。これも全てしきたりじゃからな。さあ、水筒を出しなされ」


「あ、はい……」

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