第130話 偉大なる霊水 その4
「えっと、あの……」
どうやらキリトもこの要求に対する正しい答えを見つけられないでいるみたい。うーん、でもこれじゃあいつまで経っても霊水は手に入りそうにないよね。
今からハルさんにヒントを聞いてもいいけど、このレベルで聞くのもなんだか悔しいし、出発時で何も貰ってない以上、ここは何かを渡すのが正解じゃないって事だよね。私は今までの流れからそう判断すると、開き直って番人に向かって声を荒げた。
「じゃあ何がいるんですか?お金ならないです!」
「ちょ、ちひろ……」
あまりにぶっちゃけてしまったため、思わず彼が止めようと声をかける。事態を動かすにはインパクトのある行動が必要なんだよ。この私の言葉が霧の向こうの番人の逆鱗に触れてしまったのか、霧の向こう側からの声が突然気を悪くする。
「金だぁ?金などいらん!お前儂を馬鹿にしてるのか!」
「私はお前じゃありません!ちひろって名前があります!」
「いや待てって!」
だんだん喧嘩腰になってきた私を、キリトが大声を上げて本気で止めようとする。私の方は既に出来上がっていたので、その言葉もすぐには耳に届かなかった。
「何?」
「相手を怒らせてどーすんだよ!」
「私が怒ってるんだよっ!」
いくら相手が番人とは言え、私達に対する態度が許せない。大天狗から話を聞いているならば事情だって知っているはずなのに、こんな意地悪をするだなんて。
わざと怒らせようとしているなら、ここは怒っていいんだよ。むしろ怒らない方がおかしいと思う。
目を吊り上げた私の一言を聞いた相棒は、ここで大きくため息を吐き出した。
「はぁ……。とにかく、もうお前は喋るな」
「だからお前って言わないで!」
「お、おう……」
このグダグダコントの成り行きを黙って見守っていた泉の番人は、ここで急に言葉をトーンダウンさせる。
「霊水が欲しいなら見つけてみるがいい」
番人はそう一方的に告げたかと思うと、そのまま沈黙してしまった。見返りの要求はしなくなった代わりに、霊水を探すヒントも貰えずじまいだ。この突然の態度の豹変に、さっきまで怒り心頭だった私は気が抜けてしまう。
「あれ?」
「振り出しに戻った……のかな?」
もうこのキリトの質問に答えるべき相手はいない。ちょっと不安になった私は、霧の向こうに向かって名前を呼びかけた。
「番人さーん!」
けれど、この叫びは霧の向こうに取り込まれたみたいで何に返事も返ってはこない。私達はしばらく返事待ちをしてみるものの、それは徒労に終わってしまう。
番人の気配が突然消えたので、困惑していた彼も時間と共に正常な判断力が返って来たらしい。突然勝手に仕切り始めた。
「とにかく、きっと何か手がかりはあるはずだ」
「じゃあ、まずは気配を探ってみようか、妖怪センスで探し出せるかも!」
「ま、それに賭けてみてもいいか」
ようやく少しずつ霧が晴れて来たので、私達は霊水の探索――ではなく、何かを知っていそうな番人の方を探す事にした。ただ、闇雲に探しても当人には容易には辿り着けないだろうと考え、自分達にも宿っているであろう、野生の勘的なものに頼る事に。
それから体感時間で10分ほど意識を集中させていると、私は微弱に漂う妖力を感知する。
「む!」
「感じたか?」
「私はあの山の向こうだと思う」
キリトの問いかけに、私は感じたまま素直に指をさした。どうやらこの答えに彼は納得したらしく、うんうんと深くうなずいている。
「俺もだ」
「本当にぃ~」
「信じろよ!」
2人の出した答えが同じだなんて珍しいと、私はついキリトをからかってしまった。この軽口に本人はかなり反応している。ただ、意見も一緒なのだからと私は彼を軽く誘う事にした。
「じゃ、一緒に行こっか」
「ま、そうなるよな」
こうして、私達は連れ立って霊水の番人がいるかも知れない一点に向かって飛び始める。険しい山々も今は風がないでおり、霧も消えた以上、飛んで向かうならそこまで危険と言う訳でもない。漂う気配はその場所に近付くに連れ段々と大きくなっていく。
そうしてある一定の距離まで近付いたところで、山の中腹でうごめく小さな影を発見する。更に接近すると相手も気付いたのか、霧の中で聞こえてきたあの若干渋い声で話しかけてきた。
「へえ、もっと迷うのかと思ったぞ」
「あれ?番人……さん?」
霧の中でイメージしていたダンディな声のおじさんはそこにはいなかった。目の前にいたのは、背格好が私達とそんなに変わらない子供姿の――全身が艶かしく濡れている青い竜だった。そう、またしても竜なのだ。本当世界のアチコチにいるんだなぁ。
私が番人の正体を知って動きを止めていると、竜は真顔でとんでもない言葉を口にする。
「何だよ。惚れたか?」
「いやそれはない」
竜からのうぬぼれ意見をピシャリと一言で処理すると、これを無理やり勝利条件にして多少強引に迫る事にした。
「ちゃんと探し出せたんだから霊水は頂くよ」
「確かに、この先に霊水はあった」
「あった?」
突然の過去形告白に私は首を傾げる。青竜は私達に向き合うと、開き直ったのか突然無責任に言い放った。
「気配を辿ったんだろ?なら、確かめてみればいい」
私達はこの言葉に多少腑に落ちない点を感じながらも、もう一度気配を辿ってお目当ての水がありそうな場所に向かって飛んでいく。霧が晴れたおかげなのか、今の私達は感度がすごく良くなっていた。霊水の雰囲気もバッチリ感応出来ている。多分これで間違いないよ。ただ、やはり気になるのはあの過去形発言だ。
私は勘がささやいた場所に向かっている途中で、相棒と意見のすり合わせを試みていた。
「何なのかな、あれ?」
「どうやら簡単には行かないみたいだぞ」
同じ場所に向かいながらも顔は常に進行方向に向けていたキリトまでが、突然意味深な発言をし始める。こう言う時、視力のいい人は得だよね。私は彼の発言の真意が知りたくなって、目の前の道をじっくり詳しく舐めるように目に焼き付けていく。
そうして、見えてきた景色に鈍感な私もやっと気付く事が出来た。
「えっ?」
「ま、見ての通りだ」
視線の先にあったのは、すっかり枯れてしまった泉の成れの果ての姿。確かにここから気配を感じるから、少し前までここに霊水が湧き出ていたのは間違いないのだろう。
枯れた泉を見ながら、私は思わす顎に指を乗せて考え始めた。
「これ、いつからなのかな?」
このほぼ独り言に、いつの間にか私達の側に来ていた泉の番人が答えを返す。
「今朝からだ。惜しかったな」
「うそーん」
青竜曰く、このミッションが昨日行われていればここで仕事は無事に完遂出来ていたらしい。何と言う運命のいたずらッ!流石にこの一言だけでは引き下がれないので、私は番人に向かって多少の悪あがきを実行に移した。
「他に霊水が湧き出ているところはないの?」
「さあな。あるのかも知れないし、ないのかも知れないのう」
「何ではっきりしないんだよ?あんた番人なんだろ」
青竜のはっきりしない態度にキリトが食ってかかる。普段彼が初対面のエラい感じの人に感情を爆発させる事はあまりないために、この態度の豹変は私から見るとちょっと珍しい光景に映ってしまった。この青竜に威厳を感じられないからなのかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます