第129話 偉大なる霊水 その3

 どうしてキリトは物事を難しく考えがちなのだろう。楽な仕事の時くらい心を明るく持たなきゃだよ。いつもいつも心配してばかりだと将来ハゲちゃうぞ。

 と、私が諭していると、この慎重マンはまだ何も起こっていないのに早速最悪の想定をしていたのだった。


「けど、その霊水の番人的なのがいたらどうするんだよ。最悪戦わなきゃかもだぞ」


「ハルさんそんな事言ってなかったし」


「けど、絶対に安全とも言ってなかった」


 ああ言えばこう言うって言うか、そりゃあ危機管理も大事だけど、これじゃあ石橋を叩き割って渡れなくなっちゃうよ。もし本当に危険ならハルさんがそれを言い忘れるはずがないし、本当にトラブルがあった時の連絡手段もある。

 私は話が一向に交わらないこの相棒に少し呆れてしまう。


「考えすぎだってば~」


「とにかく、油断はしない事だぞ」


 何だか結局キリトに上手い事言いくるめられてしまい、私は少しの間沈黙する。で、危険に対して出来る事があると思い直して、顔は進行方向を見据えた上で自分の考えを披露した。


「やばいって思ったら連絡も取れるし、お宝にも武器に出来そうなのがあるじゃん」


「団扇とか?」


「それに笛!これで眠らせられるよ」


「蓑で姿も消せるしな!」


 お宝談義で段々お互いの意見が盛り上がっていく。そう、私達には強い味方、強力な天狗アイテムがある。多少の困難ならお宝でどうにでもなるはずだ。そう思えばこそ段々心強くなって来て、私はちょっとばかり強気になって隣の相棒の顔を見つめる。


「そうだよ!私達、結構戦えそうじゃん」


「戦うって言うか逃げがメインぽいけど」


「それでいいよ。だって私戦いたくないし」


「だな」


 そんな感じでその後はうまく会話も弾み、行きの道中はあんまり時間を考えずに済んでいた。会話の内容は本当に下らないものばかりだったけど、だからこそずっと途切れる事なく話す事も出来たのだろう。体感時間で1時間ほど飛ぶと、お目当ての険しい山々が視界に入ってくる。

 流石にそこから先は、雑談モードからお仕事モードに心のスイッチを切り替えた。


「さてさて、山が見えてきたけど……」


「お互い、指輪をしっかりつけていようぜ」


 目的地の山々、山脈は切り立った角度の鋭いものが並び、いかにも神仙が潜んでいそうなリアル水墨画と言った風情だった。こう言う山から湧き出ているものなら、どこから湧き出したものでも霊水になってしまいそうな気がする。現地に着いた私は、上空に漂う霧を出たり入ったりしながらまずは湧き水を探し始めた。


「湧き水、どこにでも湧いていそうだよね~」


「霊水って言うからにはきっと普通のところにはないんじゃないか」


「また手分けして探す?」


「そうするか」


 広いエリアから何かを探す場合、やはり分散して探す方が効率がいい。今回もまた前回のように別れて探す事になった。前と違い、キリトが仕切っていると言う訳でもなかったので、今回は自分から動く事にした。


「じゃ私向こうに行くよ~」


「頑張れよ~」


 キリトは別方向に飛んでいく私を止める事なく見送っている。結構あっさりしたものだね。仕事の主導権で多少は揉めるかなと思ったのに。それだけあんまり思い入れもないのかな?

 とにかく、単独行動になった私は早速自分の感覚だけを頼りに霊水を探し始める。すぐに見つかればいいんだけど――。


「霊水が湧き出る場所……あのキラキラの水……気配……。どこだ?」


 私がおでこに手を当てて山肌を注意深く眺めながら飛んでいると、山を常に漂っている霧がどんどん濃くなってきた。


「あれ?霧?」


 霧はその後もどんどん濃くなっていき、ついには視界の全てを覆ってしまう。このまま飛んでいては危険だと、そう思い始めた矢先だった。


「前が全然見えな……いたああ!」


 私は前方不注意で何かにぶつかってしまう。岩にぶつかったら痛いって叫ぶくらいじゃ済まないので、ぶつかったのは別の何かのようだ。山にぶつかっていないと言う事は、空を飛ぶ鳥か何かにぶつかったのだろうか?

 私が何にぶつかったのか想像を膨らませていると、ぶつかった相手からの反応が耳に届く。


「あいてて……」


「キリト?」


「え?何で?」


 そう、私にぶつかったのは別れて別の場所で霊水を探しているはずのキリトだったのだ。この全く理解出来ない現象を前にした私は、現実を受け入れるために相棒に事実の確認を求めた。


「私達、別方向から探していたはずだよね?」


「これって、もしかしたら特別な霧なのかもだぞ」


 どうやら、この山々に今満ちている霧は自然発生したものではないようだ。冷静になって感覚を研ぎ澄ませると、確かに妖気っぽい謎の力を感じなくもない。

 バラバラの場所にいた2人を引き合わせたと言う事で、私はある可能性に気付いてポンと手を打った。


「ワナかな?」


「分からんけど……」


 私達がまだ混乱してる中、視界を白く埋めた霧の向こう側から謎の声が聞こえてくる。


「霊水を求める者か……」


「えっ?」


 突然の呼びかけに私は動揺してしまって言葉が出せない。聞こえてきたのが何かこの地の主のような威厳のある声だったから、すぐに返事出来なくても仕方がないよね。

 その後もしばらく沈黙が続いてしまい、痺れを切らしたキリトが代わりにどこにいても聞こえるくらい大きく声を張り上げた。


「そうです!大天狗の依頼で来ました!」


「大天狗、なるほどな」


 どうやら謎の声は彼の言葉を聞いて納得したようだ。こうして会話のやり取りが出来ると言う事が分かり、ここはからは普通のボリュームでキリトは話を進める。


「あなたは誰ですか?」


「……儂か?儂は霊水の番人じゃ」


 どうやら霧の向こうにいる存在は霊水の関係者のようだ。番人と言う事は、この人に聞けば目的の水の湧き出る場所も分かりそう。これはラッキーかも知れない。

 と、ここまで話が進んだところで、ようやく我に返った私は今の話の流れから今後の展開を予想する。


「今回はそう言うパターン?」


「ちょ、黙って」


 急に邪魔が入ったのでキリトがツッコミを入れてきた。ここで口答えするのも面倒だと思った私は、すぐに話の主導権を相棒に譲渡する。


「じゃあ交渉は頼んだよ」


「あ、ああ……」


「で、何だ?」


 霊水の番人からの圧を感じる声に彼はビビって中々声を出せないでいた。私はその様子をじいっと観察する。この行為もプレッシャーになっちゃうかな。キリトは頭の中で会話のシミュレーションを何度も繰り返し、その中から導き出した最適解を口にする。


「いえ、あの……霊水を分けて頂けませんか?」


「ただでか?」


「え?えっと……」


 予想外の返答が返って来て彼は答えに窮してしまった。もしかして、番人に何か金銭に相当するものを渡す事がこのミッションには必要なのだろうか。そもそも、出発時点でそう言うものは一切受け取ってはいない。

 もしこれが今回の仕事に確実に必要なステップであるなら、ハルさんから事前に該当するものを渡されているはずだ。


 まさか、それを自分達の機転で乗り越えるところまでが試練にあたるのだろうか? この状況、流石に勘の良くなる指輪の力を使ってしてもすぐに答えは導き出せない。

 一向に霧の晴れない中、この番人は私達に何らかの見返りを強く要求する。


「ただではくれてやる訳にはいかんのう」

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