第126話 竜の爪 その6

「あの、竜の爪、無事回収しました」


「おお、よくやったのう」


 私はテレビで見た偉い人に宝物を献上する作法を思い出しながら、大天狗に今回ゲットした爪を差し出す。多分作法的には間違いも多いのだろうけど、天狗の長は一言もツッコミを入れる事なく宝石状態になった竜の爪を手にとった。

 それを手にした大天狗は、色んな角度から爪を眺めつつ口を開く。


「全く、今日は帰らんのかと思ってヒヤヒヤしたぞ」


「え?別に時間制限はないですよね?」


 大天狗の言葉に私は一筋の冷や汗を垂らす。帰るのが遅かった事で何らかのペナルティがあるのかもと想像したのだ。お叱りの言葉でも返ってくるのではないかと身構えていると、長の口から出てきたのは心配の声だった。


「いくら天狗の里が妖怪の楽園とは言え、流石に夜は治安が悪いからのう」


「ええっ……間に合って良かったね」


「あ、うん」


 夜の天狗の里を想像した私達は、怖い妖怪が跋扈する景色を想像してお互いに顔を見合わせる。こうしてひとつのクエストが無事終わったと言う事で、私達は大天狗の間を後にした。

 ハルに付き添われて城を降りていく中、今後の事について説明を受ける。


「今日の仕事はこれで終わりじゃ、飯を食べて休んでくれ」


「お、お風呂は?」


「風呂も好きに入れ」


「服は?」


「服は部屋のにあるのを好きに着ろ。街の流行りの服はないかも知れんがの」


 色々聞きたい事が泉のように湧き出した私は、思いつく度にこの付き添いの天狗に質問をぶつける。食事にお風呂に――服に衣食住はやっぱり大事だもんね。

 普通の食事はどこで取るのかとか、各階のトイレの場所とか、お風呂の位置とか、知りたい事はまだまだたくさんあるよっ。


「あの、それから、えっと……」


「ええい!城についての事は冊子にまとめたから熟読せい!」


 ハルはこの状況になる事も想定していたのか、私達が仕事に向かっている間にマニュアル的なものを作ってくれていたらしい。少しぶ厚めの天狗城生活マニュアルを、私とキリトは共にぶっきらぼうに手渡される。

 作りとしては修学旅行の栞っぽい手作り感満載なもので、一生懸命作ってくれたんだなってその想いが冊子からじんわりと伝わってくるようだった。


「あ、どうも」


「まさか読めんとか言うなよ?これでも気を使って十分分かりやすく書いたのじゃ……」


 その小冊子の文字は当然のように天狗の言葉で書かれている。

 けれど、天狗の指輪を装着した私達に読めない文字ではなかった。興味の赴くままにペラペラとめくると、適度に図が描かれていてかなり分かりやすい。文字の大きさや間隔も適切で読みやすくて、その表現も分かりやすかった。

 フンフンと夢中になって読み進めた私は、知りたい事がしっかりと記載されているのを確認して製作者に感想を伝える。


「これすごく読みやすいです!有難うございます!」


 この言葉を聞いたハルはとても嬉しそうに顔をほころばせた。今私達が向かうべき場所は天狗城の食事スペースだ。マニュアルにもしっかり記載されている。

 今日は色々あってお昼抜きだったからむっちゃお腹が空いている訳で、マニュアルをしっかり読み込んでいる相棒の手を握ると私は飛行スピードを上げた。


「ほらキリト行くよっ!」


「ちょま、1人で飛べるわっ!」


 こうして私達はグーグー鳴り始めたお腹の音を止めるために、食堂へと一直線に向かったのだった。



 先行して私達の姿が見えなくなった城内で、1人取り残された格好になったハルは大きくため息を漏らす。


「あんなので大丈夫かのう。先が思いやられるわ」


「いやいや、儂は好きじゃぞ。特にちひろは面白い。ちゃんと見てやるのだぞ」


 いつの間にか背後にいた大天狗がその愚痴を聞いて、ハルの背中を軽く叩いた。偉大なる長に期待された彼は身を引き締める。


「はっ、お任せを!」



 無事食堂についた私達は、宴会時とは違う普段の天狗達の食事に舌鼓を打った。その食事は人間界で言う定食みたいなもので、必要な料理がコンパクトに収まれていて美味しくて栄養満点。私の胃袋はすぐに満たされていく。

 ただ、一緒に出てきたお茶には少し抵抗があって、多分大丈夫なお茶なのだろうけれど、どうしても口をつける事が出来ず、水分は食事についてきた味噌汁で補ったのだった。いつか気兼ねなくお茶を飲めるようになりたいな。

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