第125話 竜の爪 その5

 この大きさがあれば結構な大きさの竜でも余裕を持って生活出来そうだ。私はキリトの手を引っ張りながら洞窟の奥深くへと歩いていく。

 すると、そこには退屈を持て余していた竜が蛇みたいにとぐろを巻いて待っていた。


「何じゃ、遅かったのう」


「竜さん、ずっとここで?」


 私は渋い顔をする竜に声をかける。竜はグイーっと体を伸ばして、私の顔をじっくりと眺め始めた。


「ああ、朝から待っとったぞ。大天狗の旦那に頼まれてな」


「良かったぁ」


 私はやっと目的の竜が見つかったと言う事で、ホッと胸をなでおろす。それから握っていた相棒の手を離すと、今度はこの竜をじっくりと観察し始めた。竜なんて見るのは初めてだからね。やっぱりここはしっかり観察をしないと。こんな時にスマホを持ってきていたらな。色んな角度から写真を撮っていたのに、残念。


 確かに目の前の竜は大天狗の話の通りに怖い雰囲気は全然なくて、気の優しい近所のおじいさんみたいな風格を備えていた。見た目は水墨画でよく見る竜のあのまんまで、7つの珠を集めたら願いを何でもひとつ叶えてくれそうな雰囲気だ。

 そんな竜もまた自分の住処にやってきた天狗もどきの2人を興味深そうに眺めると、ポツリと衝撃的な一言を告げる。


「お前さん達、正直に点をつけると落第だぞ」


「そんなぁ~」


 私はその一言にショックを受ける。これでも頑張ってようやく探し出したのに。落胆する私の姿を見た竜は、フォローするように言葉を続けた。


「つーてもこれが天狗相手なら、の話だ。お前さんらは一応は人間だからそこまでの事はせん」


「ちょ、俺達採点されてんの?」


 一連の会話を聞いたキリトがここで反応する。仕事だとばかり思っていたらまだ何かのテストを受けていた。そう解釈した彼も、これからどうしたらいいのか分からないのか一言も言葉を発せずにいる。

 困惑する2人を見た竜は、自分の発した言葉の釈明をした。


「まぁ後で感想を聞くぞって言ってたからな、似たようなものだろう?」


「あの、その、いい感じに言ってもらえます?」


 私は思わず竜に贔屓をしてもらうようにお願いする。竜は体を後方にのけぞらすと若干真面目な顔になった。


「儂は嘘はつかん。残念だがな」


「そこを何とかァ~」


「くどいのう。出来んと言っておろうに」


「もう一声ぇ~っ!」


 悪い評価をつけられるのが嫌だった私は、土下座すらしそうな勢いで必死で竜に懇願する。この勢いに、竜は困惑して微妙な表情になっていた。あまりにこのやり取りが続いたので、痺れを切らしたキリトが大声を上げた。


「あんまり竜を困らせるなよ!俺達には目的があるだろ!」


「え?」


「爪を切って持って帰るんだろうがっ!」


 竜を探すのに夢中になっていたせいで、私は当初の目的をすっかり忘れてしまっていた。爪切りもキリト持ちだったからね、仕方ないね。

 で、爪切り持ちの彼はその荷物のお陰で本来の目的を忘れる事はなかったと。本来の目的を思い出した私は、眉を吊り上げた相棒に苦笑いを返す。


「あ、そだ。忘れてた」


「はは、お前達は愉快だのう」


 私達のやり取りを目にした竜はニヤニヤと顔を歪ませる。それが辱めを受けているように感じたキリトは、顔を真っ赤にしながら視線をそらした。


「う……ちひろのせいだぞ!」


「いや、キリトが勝手に暴走したんじゃん」


「暴走はお前だろーが」


「あー!お前呼び禁止ー!」


 会話は責任にのなすりつけ合いのような流れになってしまい、話がちっとも進まない。私達のやり取りをずっと興味深そうに眺めていた竜は、とぐろを巻いていた体をシュルシュルと伸ばし始めた。


「別にずっと見ていてもいいが、ほれ、爪」


 私達の仕事の内容を事前に知っていた竜は、ご丁寧に自分の手をぐいっと差し出してきた。東洋の竜は長い胴体の割りに手が短い。それでも竜の身体自体が大きいので、伸ばせば結構伸びて私達の目の前まで伸ばされる。

 その大きな爪は真っ白で宝石のよう輝いていた。私はこの竜の気遣いにペコリと頭を下げる。


「あ、有難うございます。早速切っちゃいますねっ!ほらキリト!」


「わ、分かってるよ……」


 急かされたキリトは、すぐに背中に背負っていた大きな竜専有の爪切りをセッティング。いざ爪を切ろうとしたその時、その爪の伸ばし主が心配そうに口を開いた。


「こう見えて儂は結構敏感なんだ。痛くしないでおくれよ」


「頑張って……みるよっ!」


 竜の頼みを聞き入れた彼は慎重に爪切りをその爪に沿わす。爪の回収とは言っても大きさの指定はなかったため、ほんの少し拝借すればいいと爪の先っぽだけをパキンと爪切りで切った。すっごい硬そうなイメージの竜の爪は意外とあっさりと爪切りに切られる。もしかしたらこの爪切り自体が特殊なものなのかも知れない。

 切られた爪は本体から分離した瞬間に丸くなって、まるで本物の宝石のような輝きを放ち始める。それを見た私は思わす驚きの声を上げた。


「ほえ~竜の爪すっごい!」


「これで仕事も完了だな」


 爪を切られた側の竜もニッコリと満足気に笑う。爪を天狗の袋に入れて今回の仕事はこれで完了。私は協力してくれた竜にペコリと頭を下げた。


「有難うございます。帰ります」


「帰路に気を付けるんだぞ」


 こうして私達は竜に見送られながら天狗城に戻っていく。帰り道、一連の今日の出来事を思い返した私はキリトに話しかけた。


「楽勝だったね!」


「どこがだよ……。はぁ、この仕事がチームプレイなのが分かった」


「えっ?」


 達成感に満たされていた私は、この相棒の不満げな雰囲気がイマイチ理解出来なかった。その態度を目にしてため息を漏らしたキリトは、仕方がないと言った雰囲気で言葉を続ける。


「ちひろ1人だとずっとクリア出来ないからだよ」


「な、自分が優秀だとでも言いたい訳?」


 この言葉にカチンと来た私はキッと彼をにらみつけた。その雰囲気を物ともせずにキリトは事実を口にする。


「少くとも今日はそうだろ」


「ぐぬぬ……」


 確かに今回は爪切りは彼が担当したし、困った時は話し合って方針を決めたりもした。私1人だったらクリア出来たどうか分からない部分は確かにある。

 でもだからってキリト1人でもきっとうまくは行かなかったよ。協力したからこそ無事に仕事を完遂出来たのだから言い方ってものがあるよね。本当、気遣いってものを知らないんだから……。


 このやり取りのせいで会話は途切れ、天狗城に戻るまでに行きよりもかなり長い距離を飛んだような感覚を覚えてしまう。会話って大事だね。

 城に着いた私達は戦利品を持って大天狗の間にそれを届けに行く。天守閣に着くと、大天狗が今朝と同じ笑顔で私達を出迎えてくれた。

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