第124話 竜の爪 その4

 私は何が起きたのか一瞬理解出来なかったものの、とりあえずは事実だけを報告待ちの相棒に苦笑いの表情と共に素直に伝える。


「通信、切れちゃった」


 何ら有効な情報が得られなかった事もあって、キリトも腕組みをしながらしばらく考え込んでいた。しばらく待っていると、結論が出たのか腕組みのポーズのまま急に私の顔をじっと見つめてきた。


「仕方ない、自力で探すか。俺はあの一番右上の穴から行くから……」


「私は正反対の一番左下だね!よーし!競争だっ!」


 結局ローラー作戦しかないと言う事で、私はすぐにそれを行動に移す。いきなり抜け駆けするように飛び出したので、それを目にしたキリトはぽかんと口を開けた。


「ちょま……。まぁいいか……」


 こうして竜の爪集めの第一段階、竜探しの試練が始まった。彼の指示通り、無数に並んでいる洞窟の一番左下から私はその中を探り始める。捜索方法としては洞窟の奥まで歩いて目視で確認するのも時間がかかるので、呼びかけを多用した。返事が戻って来なかったらいないって事で。


「竜さーん!おーい!」


 最初の穴の入り口で私は大声で叫ぶ。しばらく耳を澄まして待っていたものの、何の反応も戻ってこなかった。うん、ここは外れだね。すぐに隣の穴に移ろう。


「ちょっとーぉーいいですかーっ!」


 次の洞窟に移った私は口の両脇に手を添えてさっきと同じように大声で叫ぶ。

 けれど、またしても私の声が洞窟内を響き渡っただけだった。


「ダメかぁ……」


 そんなに簡単に見つかっても面白くない。私は自分の頬を両手でパンと叩くと、新たな気持ちで隣の穴に移った。


「竜の旦那ー!話があるんでさァー!」


 今度は呼びかけを工夫してみたものの、反応は今までと変わらない。これは手強いぜ……。

 その後も洞窟の穴に向かっては竜がいないか叫び続けるものの、何の成果も得られずに少しばかり落胆する。

 大声で叫ぶ事十数回を経たところで、私はこの方法の弱点に気が付いた。


「うーん、もしかして、竜って私達の言葉が通じないのかも……だとしたら困ったなぁ」


 そう、たとえ声が届いていたとしてもその意味が通じていなかったら反応がなくてもおかしくない。日本語じゃなくて竜語で話せば結果は違うかも知れないと言う結論だ。とは言え、今から新しい言語の習得は出来ないと言う事で、また別の方法を考える。

 そこで言葉が分からなくても反応がある方法を考えて、人とペットの意思相通方法に辿り着いた。


「そうだ!犬や猫を探す時って名前を叫ぶから……あーっ!」


 ここで私は重大な事に気付く。天狗城を出る前に聞いておくべきだったとても大事な事を聞き忘れていたのだ。


「私竜の名前聞いてない!しまったァー!これじゃあ出てこないよね……トホホ」


 この重大なミスに気付いた私は、少しの間自分の間抜け具合に自己嫌悪に陥ったのだった。



 その頃、洞窟の右上から探索を始めたキリトは、私の取った方法よりは念入りに洞窟内を調べていた。


「あいつ、真面目に探しているのかな……まぁいいけど」


 彼は洞窟に入り、その中で生物のいた痕跡を五感を駆使して感じ取る方法をとっている。洞窟内を歩いているとその穴の長さはそんなに長くはなく、長くてもせいぜい100メートルくらいのもので、少し歩けばすぐのその行き止まりが見えていた。

 なので、結局は行き止まりが見えたら次の穴に移ると言う感じ。


「しかし何でこんなに似た穴があるんだ。訳が分からん」


 ひとつひとつの探索はすぐに終わるものの、その洞窟の数の多さに流石のキリトも困惑するばかりだった。



 龍の名前を聞き漏らした事に落胆した私は、またすぐに天狗城と連絡をとる。今度は話の内容が違うからちゃんと聞いてくれるだろうと、そんな淡い期待を抱きながら。


「あの、ハルさん?竜の名前、教えてくれる?」


「……名前なぁ、さて、何じゃったかの?」


「ボケはいいんだよー。名前分からないと探しようがないじゃん」


 折角頼み込んでいると言うのに、ハルはまともに取り合おうとしてくれない。何これ、何プレイ?もしかして最初に名前を聞かなかったからもう教えてくれないって言う試練なのこれ?

 欲しがっている情報が得られない事でがっかりしている様子が分かると、天狗側からアドバイスらしき言葉が返ってきた。


「そんな事はないぞ、うん。さっきも言ったじゃろ、気配で分かるはずじゃと。竜の気配はそれはそれは大きいからのう」


「それはハルさんが天狗だからだよー」


 私はさっき試した事を思い出して、大声でその言葉を否定する。すると、向こう側からヒントらしき言葉が届けられた。


「天狗のお宝を使いこなせるお主らなら天狗の感覚も分かるはずじゃぞ。分かると思って感覚を研ぎ澄ませてみろ」


 その言葉を、使える手段は何でも使えと解釈した私は、持参していた天狗の袋の中からお宝のひとつを取り出す。


「……分かった、やってみる」


「次はいい知らせで呼んでくれよ?」


 ハルはまたしても伝えたい事を伝え終わったと同時に一方的に通信を切った。今度はちゃんとヒントは聞けたし、いきなりの通信切断にもそんなに不満はない。

 指示通りにお宝の力も使って感覚を探り始めたところで、探索に飽きた相棒が私のところまで飛んできた。


「おーい、見つかったかー?」


「ちょ、黙ってて」


「お、おう……」


 いきなりのシリアスモードにキリトは戸惑っている。私だっていつも不真面目じゃないんだよ?

 感覚を研ぎ澄ますのも形からと言う事で、私は宙に浮かびながらヨガの瞑想ポーズっぽいポーズで周囲の気配を探る。普段そんなポーズをしない事もあって、そこに違和感を感じた相棒は首を傾げた。


「何やってんだ?」


「感覚を研ぎ澄ませてんだよっ!見たら分かるでしょ」


 瞑想ポーズが理解されなかったのが悔しくなって、私はつい声を荒げる。それでようやく納得したキリトは、少しバカにしたように声をかけてきた。


「へぇ……行けそうか?」


「まぁこの指輪を装着したからね、時間の問題だよ」


 その問いかけに私は指輪を装着した手を見せる。感覚マシマシな指輪の力で竜の気配を絶対感知してみせるんだから!

 この意気込みに対して、その効果を軽く疑うキリトは私の頑張りをあまり期待していなさそうだった。


「そんな指輪で気配が分かったら世話な……」


「来たっ!」


 彼の話の途中で、私は研ぎ澄まされた感覚の向こう側からの微かな違和感をキャッチした。すぐに戸惑う相棒の手を握ると、私はその方角に向かってスピードを上げる。


「行こう!こっち!」


 そうしてその違和感の該当する洞窟の中に迷いなく入っていった。洞窟の中は他の場所より高さも奥行きもかなり大きい。入り口の大きさだけは他の同じくらいだったけど。

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