第112話 呼ぶ声 その4
「それなら印籠もおしゃれアイテムで誤魔化せるかもな」
「あ、確かに。じゃあ袋から出してつけちゃおっか」
私はそのキリトの話を真に受けて、彼の持っている天狗の袋に手を伸ばす。お宝はみんなこの袋の中に入れてあるのだ。私のこの動きを察知したキリトは、すぐに袋を反対側に回してすぐには触れないようにした。
「別に今付けなくてもいいだろ」
「ぶー、ケチィ」
そのセコイ言動に私は頬を膨らませる。それからは特に会話らしい会話は発生せず、淡々と時間だけが過ぎていった。うーん、沈黙が重い。何かいい話のネタはないかと、頭の中で色々探している内にいつの間にかバスは目的地に着いてしまう。と、言う訳で私達は当然バスを降りた訳で。
バスから降りた私は、ストレッチがてらに取り敢えずうーんと両腕を伸ばしながら背伸びをする。そうして気持ちを切り替えて、同行する彼に声をかけた。
「きたね、天狗山」
「さ、行くぞ」
こうして私達は緊張感に鼓動を高ぶらせながら天狗山を登り始めた。勝手知ったる天狗山。もう道順は体が覚えているみたいで、何も見ずにスイスイと道を歩いていく。興奮がマックスに達した私は、一緒に歩くキリトに声を弾ませながら話しかけた。
「何だかワクワクするねぇ」
「遊びじゃないんだぞ」
「分かってるよう」
真面目マンと化した彼は1人シリアスを演じている。ダメだねえ、心に余裕のない人間は。私が口をとがらせていると、キリトは昔を思い出したようで突然思わせぶりな台詞を口にする。
「ここから全てが始まったんだ」
「あの頃のキリトは方向音痴で……」
何かかっこつけているように感じた私は、ついそのイメージを崩したくなって軽口を叩いた。その言葉に精神的ダメージを受けたのか、本人は顔を真赤にしながら声を荒げる。
「わ、悪かったなっ!」
「今でも道に迷う?」
その話に乗っかった私はこの流れで質問をする。すると今度はうって変わって少し誇らしげな感じで彼は断言した。
「今はもう違うぞ」
「そうかなぁ」
「そうだよっ!」
疑う私にキリトはまたしても声を荒げる。全く、軽い会話なんだからそんなにマジに取らなくてもいいのに。このコントじみた会話を続けていると、いつの間にか私達は指輪の祠があった広場まで辿りつけていた。
そこで私達を出迎えてくれたのは空一面を紅く染める見事な夕景――。
「うわっいい夕日」
「確かに、心が洗われるな」
「あの時はここでこうやって羽を出して……」
この夕日を目にした私は懐かしくなって思わず背中の羽を広げる。この私の姿を見ていたキリトが突然大声を出した。
「おいっ!」
「何よ!いいじゃない、誰も見てないんだし」
「いや、いるんだよ」
「えっ?」
てっきり彼は私が羽を出した事を咎めているのかと思ったら、実はそうではないらしい。キリトの視線は私の背後を見ていたのだ。その視線の先を恐る恐る確かめようと私が振り向くと、全く気配を感じさせずに”彼”はその場に立っていた。
「確かに指輪の適合者だな」
「だ、誰ーっ!」
逆光になっていてよく分からない背中に翼を生やした人影を前に、パニックになった私は大声を上げる。このタイミングでこの場所に現れたなら、その正体は考えるまでもないと言うのに。
突然現れたこの鼻の長い人影は騒ぎ始めた私を見て、呆れたようにため息を吐き出した。
「儂の姿を見て分からんか?」
「いや……えっと……て、天狗さん?」
「そうだ。お初にお目にかかるな。儂の名はハルだ」
そう、その正体は昨日私に直接脳内メッセージを一方的に送りつけた、お宝を集めた時に現れると言う使いの天狗本人だった。逆光で顔がすぐに分からなかったものの、目を凝らしてよく見ると、確かに鼻が長くて山伏みたいな服装をしている。て言うか分かりやすく翼を生やしているしね。
なるほど、これ以上ないほどに分かりやすく天狗そのものだ。
その使いの天狗はご丁寧にすぐに私達に自己紹介をしてくれた。相手が名乗った以上は私達も礼儀として名乗りを上げなくてはいけないと、私はワンテンポ遅れてぺこりと軽く頭を下げて、彼に対して自己紹介をする。
「は、ハルさん……どうも。ちひろです。大垣ちひろ」
「そちらは?」
「お、俺は浅野キリト。天狗文書の正統後継者だ」
ハルに促されて、私の後ろで呆然と立っていた彼も焦りながら自己紹介を始めた。むう、わざわざ天狗文書の正統後継者とか自慢げに話しおって。私がこの彼の”自分はエリートですよアピール”にうんざりしていると、その言葉を聞いた天狗は何か思い違いがあったのか小首をかしげる。
「はて?浅野家は確か……」
「俺は分家の血筋、文書ならここに」
どうやら天狗界は浅野家の本家筋が途絶えた事を知らなかったらしい。疑いの目を向けられたキリトは、証拠を見せようと懐から天狗文書を取り出した。
その文書を目にしたハルは何度か軽くうなずくと、ようやく彼の主張を受け入れる。
「ふむ、確かに。では認めよう」
確かあの本自体も写本だったはずなんだけど、そこはいいんだ……。私はそのいい加減さに少し感心すらしてしまった。
それはそれとして、こうしてお互いの自己紹介も終わったところで、話を次に進ませなくちゃいけない訳で。相手が話し出すのを待てなくなった私は、思わず自分側から催促する。
「それで、えっと……」
「宝は持ってきておるな?」
「ああ、ここに」
ハルの問いかけに待ってましたとばかりにキリトが袋を掲げる。それを見た天狗はニンマリと笑みを浮かべる。
「ほう、袋に入れたか。良い判断だ」
「あの、それで……」
宝を持ってこいと言うその条件を満たせたところで、またしても私の方から催促してしまった。次の段階は確か、使いが天狗の里に案内してくれると言うもの。さあさあ、早く里に案内しおくれよ、さあさあ。
この私の念が届いたのか、ハルは私達をじいっと見つめると静かに落ち着いた口調で能力の確認をした。
「2人共、空は飛べるな?」
「え?は、はい」
「飛べます」
既に羽を出していた私に続いて、キリトもまた指輪の力を発動させ、自身の黒い翼を広げる。私達の姿を確認した天狗は何度か首を縦に振ると、くるっと回って私達に背中を向ける。
「ならばついて参れ」
ハルはそう言ったかと思うと勢い良く空に飛び立った。私達も遅れないようにその後を追う。今まで集めた情報から判断する限り、ただ空を飛ぶだけでは里のある異界には辿り着けない。きっと途中で空間トンネルのようなものを通過するのだろう、適当な想像だけど。
使いの天狗は特に何かの小細工をするでもなく、まっすぐ一直線に空を飛んでいく。そのおかげで私達は何ひとつ迷う事なくその後を追う事が出来ていた。
「つ、ついにここまで来たね」
「ああ、今からが正念場だ……」
使いの天狗に遅れないように必死でついていきながら、私はこの先の展開を予想する。ここまで来たらもう後へは引き返せない。どうかこの先の展開がうまく行きますようにと、私は何かに祈らずにはいられなかった。
まっすぐまっすぐ飛んでいきながら、いつの間にか時間の流れがゆっくりになっている事に、夢中になって飛んでいる私達が気付く事もなく――。
天狗の里、あんまり遠くじゃないといいな。ずっと飛んでいると疲れるしね、やっぱり。
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