第111話 呼ぶ声 その3
「私達、天狗の大将に人間に戻してってお願いするんだよね?」
「そ、そうだけど?」
この突然の問いかけにキリトはキョドっている。この先どう言う話の流れになるか全く予想が出来ないからだ。私はそんな彼の動揺する様子を全く気にかけずにそのまま話を続ける。
「つまりもし大将にその力があったとしても、そう出来るかどうかって交渉次第って事なんでしょ?」
「まぁ、そうなるな」
「どうしよう?私うまく話せる自信がない!」
「そんなの俺だってそうだよ」
私の不安は、天狗の大将に話術でうまく誘導する自信がないと言うものだ。それに関してはキリトも私と同じ条件だったようで、ここで持ち上がった大問題を前に私達は言葉をなくしてしまう。
沈黙がどれだけ続いただろう。それは30分か、実は30秒程度だったのかも知れない。とにかく、体感時間で結構な時間が流れた気がする。その重い時間長がれる中、沈黙に耐えきれなかったのか鈴ちゃんが私に向かって突然話しかけてきた。
「……じゃあ、今からお願いの練習をしましょうか」
「する!するするっ!」
これは渡りに船と、私はすぐに彼女の提案に乗っかった。何事も練習は大事だよね。避難だって避難訓練をするからいざって時にパニックにならずに済むんだし。私は早速鈴ちゃんを仮想天狗の大将として、交渉の練習を始めた。
「あの~私達、天狗になる気はないんで……」
「何、天狗になるのが不服と申すか?」
「い、いえ、そんな!」
鈴ちゃんの天狗の大将も中々様になっていて、私は思わず役になりきった反応をする。仮想天狗の大将はここでさっきの私の反応に気を悪くする。
「そんな生意気なやつは天狗になれ~!」
「そんな~」
こうして最初のシミュレーションは見事に失敗に終わった。ああ、こうなるパターンもアリだよねと私は交渉の失敗パターンを学習する。
ただこのやり取り、傍から見すとただふざけあっているようにしか見えない事もあって、キリトは冷ややかな目で私達を見ていた。
「何遊んでんだよ……」
「キリトもやりなよ!ぶっつけ本番だったら大将の機嫌損ねちゃうよ!」
私はそんな他人事を決め込む彼を仲間に引き入れようと、少し強引に腕を掴む。この突然の行為にキリトは不快感を示し、私の手を強引に振り解いた。
「俺はいいよ」
「何よもー!付き合い悪いなあ」
折角練習しようって誘っているのに無下に断られた私は、すぐに頬を膨らませる。私達の未来がかかっているのに、今更何を恥ずかしがっているんだか。失敗して後悔するのは誰だって話なのに。真剣さが足りないのは彼の方だよねどう考えても。
また今すぐにでも喧嘩が始まりそうな雰囲気を察した鈴ちゃんは、ここでその空気を中和しようと私に声をかける。
「で、でも、強制はいけませんから……」
「分かった!じゃあ私達だけでも特訓しよっ!」
こうして私達はやる気のない男子はほっといて、2人で交渉の練習を続けた。何度も何度も機嫌を損ねては、そこからうまく話を進める糸口を模索する。
彼女演じる天狗の大将は中々に手強く、だからこそ少しでも話が自分の思う方向に進むとそれが自信にも繋がっていった。
夢中になって何度も繰り返している内に下校時間となって、私達は部室を後にする。その頃には降り続いていた雨もようやく上がり、雲の隙間から赤い天使の梯子が何本も空から降りていた。
「ふう、少しはコツが掴めてきた気がするよ」
「それは良かったな」
「うん、良かった」
「お、おう……」
私が素直に返事を返したのがよっぽど意外だったのか、キリトが変に動揺している。彼の中の私はよっぽど天の邪鬼だったりしそうだなぁ。
家に帰った私が自室でくつろいでいると、突然に脳内に直接声が届く。
(宝を集めし者よ……)
「な、何、この声!」
(来るのだ!)
この声、多分これが天狗の使いの声なのだろう。その声に突然来るように求められて私はプチパニックになった。まさかこんな形で迎えが来るとは思わなかったからだ。
まだ何の準備も出来ていないのもあって、何とか時間を引き延ばそうと私は精一杯の抵抗を試みる。
「で、でも、お宝は学校だし!」
(ならば明日まで待つ!宝を持って天狗山、指輪の祠までこい)
使いの声は私の言葉を受け入れ、少しだけ条件を譲歩してくれた。声は条件を伝えると一方的に途切れる。うう、ついにその日がやってきたんだよ。
声が消えた事で緊張感から開放された私は、そのままベッドに寝転がって意味もなく天井を見つめた。
「あの声、キリトも聞いたのかな……」
次の日の朝、先に教室に来ていたキリトを見つけた私はすぐに近付いて話しかける。
「ねぇ、昨日の事なんだけど……」
「ああ、ついに来たな」
「やっぱり!いよいよだね!」
やはり彼にもメッセージは届いていたらしい。そりゃ当事者なんだもん当然だよね。キリトの場合はなんて話してあきらめてもらったんだろう?それでやはり同じ条件を出されたのかな。
気になる事は色々あったけど、教室内で妖怪の話をするのは色んな意味でヤバかったので、悶々とした気持ちを持続させたまま、時間は放課後を迎える。
少し用事のあった私が遅れて部室に入ると、キリトが今まで集めたお宝を金庫から出していた。その様子から見て、天狗の使いは彼にも同じ条件を出していた事が推測された。部室に入った私は特に何も聞かずに現在の状況の感想を口に出す。
「いやあ、お宝を全部出すと感慨深いね」
「そうだな……」
彼もまた集まったお宝を前にして色々と思い出していたようだ。お宝それぞれに思い出が紐づけされていて、お宝を見るだけでそのエピソードが頭の中で自動再生されていく。
私達が感慨に耽っていると、鈴ちゃんが今にも泣きそうな顔で話しかけてきた。
「ついに、行くんですね……」
「うん、鈴ちゃんお留守番よろしくね」
「はい、任せてください!」
健気な鈴ちゃんの返事に胸が一杯になっていたところで、私は不意にある事を思い出す。それが私にとってとても重要な事だったので、つい大声を出してしまった。
「あっ!」
「な、何ですか?」
鈴ちゃんもその声に驚いている。当然にように聞き返されたので、私は彼女の両手を力強く握りながら声を出した理由をしっかりと説明した。
「この教室、御札があるから霊感なくなっても見えるんだったよっ!」
「あ、そうですね!」
「だからもし人間に戻ってもよろしくね!」
「はい!」
こうして問題が解決し、鈴ちゃんも憑き物が取れたようにスッキリとした笑顔を見せる。こうして明るい笑顔に見送られながら私達は準備を済ませ、そのまま部室を出たのだった。
向かうは始まりの場所、天狗山の指輪の祠!
天狗山までは公共機関を使っての移動となり、私達はバスに乗って現地へと向かう。流れる車窓の景色を眺めながら私はポツリとつぶやいた。
「お宝さあ、今の内から分かりやすく全部身につけた方が良くないかな?」
「人目があるだろ、蓑とか……」
バスに揺られながら隣の席で前方をじっと眺めていた彼は視線を変えずに返事を返した。ま、お宝って昔の服装だから、今装着するとただ目立つだけだよね。私はその意見を聞いて納得して自説を撤回した。
「ま、それもそっか。指輪くらいだよね、目立たないのって」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます