第89話 子狐の依頼 その3
「私達の事を知ってるあなたは誰なんですか?」
興奮するキリトに変わって今度は私が話を進める。まずはこの影の男って人の正体が分からないと具体的な話も出来ない。私の質問を受けて、彼は自嘲気味に笑う。
「だから影の男さ。こうなってしまった理由くらいは話せるが、聞きたいか?」
「そうね、しっかり説明してもらおうかしら?」
その不遜な態度に負けじと私は影の男に説明を求める。この態度が気に入ったのか、彼は自分の身の上話を子狐の体を動かしながら得意気に語り始めた。
「俺はお宝の管理人を大昔に大天狗様から命じられたんだ。言っとくけど、ずーっと待ってたんだぜ?」
「そ、そんなの別に私達のせいじゃないし!」
「ああ、分かってる。別にそれを責めようって言うんじゃない。お前達と出会う前に問題が起きてしまったんだ」
影の男は少し淋しそうにそう言った。一体何が起こってしまったって言うんだろう?私はその言葉が気になって聞き返す。
「問題?」
「本当は別の形でお前達にメッセージを与えるはずだった。だけど、それが出来なくなってしまったんだ」
この答えに何かピンときたのか、私が口を開く前に今度はキリトが話に割って入る。
「それと色がなくなってしまったのが関係があると?」
「そう、何もかも失ってしまったんだ。俺達一族特有の病のせいでな」
話によると、彼は特別な病気にかかって色をなくしたのだと言う。色をなくす病気って意味が分からないけど、妖怪の世界だからそう言うのもアリなのだろう。とは言え、その話をそう簡単に納得出来ないのもまた事実だった。と、言う訳で私は思わず声を上げる。
「妖怪の病気、そんな!おばけは死なないって有名な歌があるのに!」
「あはは!そんな訳ないだろ」
私の言葉に影の男は大声で笑う。あれ、ギャグで言った訳じゃないのに。あの有名な歌、知っているのかな。と、ここで同席していたキリトからの冷たい視線が刺さる。
「あれはアニメの主題歌じゃねーか」
「だって……じゃあ、あの歌は嘘なの?」
私はあの歌を真実だと思って聞いていたので今更急にその認識は変えられなかった。キリトは大きなため息をひとつ吐き出すと、環ちゃんの体を操る影の男の方に顔を向ける。
「この馬鹿はほっといて、話を続けていいか」
「ちょ、なんですってえ!」
「ちひろさん、落ち着いてください!」
彼の暴言のせいでまた喧嘩の火種が燃え上がり、それを鈴ちゃんが必死に消火する。そんなやり取りを見ていて少し心配に思ったのか、影の男は伺いを立てるように質問をする。
「いいのか?」
「いいんだよ、続けてくれ」
責められている側のキリトが全く気にしていなさそうだったので、影の男はそのまま身振り手振りを加えて自分の身の上話を話し始めた。
「その病気は自分の存在が消えていくってヤツだ。完全に消えてしまったら大天狗様から与えられたお役目も全う出来ない。だから急がなければならなかった。そこで裏技を使ったんだ」
「その裏技が夢の中に入る事だと?」
「そうだ。子狐の夢に入ったのはこうしてお前達に会うためだ」
ここまでの男の話をまとめると、私達に会う為に回り道のような方法を駆使してここまで来たと言う事のようだ。当然、私はそんな方法を選択した彼の行為に異を唱える。
「そんな面倒な事をしなくても、直接あなたが会いに来てくれたら良かったのに」
「それが出来なかったんだ。もう俺の本体は体を動かす事も出来ない」
「え、そんな……。その病気は治らないの?」
話を聞く限り、状況はかなり深刻らしい。本体が寝たきりと言う事は、精神を切り離して夢の中にやってきていると言う事になる。常識的には考えられないけど、妖怪ならそう言う大技を駆使しそうな雰囲気はあるよね。とは言え、これからどうするか――って言うか、何が出来るか――。
私達がその回答を導き出せずにいると、男が対処法を自ら口にする。
「忘れ続けていくものをひとつでも思い出せたなら、進行は止まるはずなんだ」
「まさかお宝情報も忘れたとか言わねーよな?」
何もかも忘れると聞いて、お宝第一のキリトがすぐに優先順位を考えての質問を飛ばす。うーん、如何にも彼らしいと言うか……もうちょっと言い方とかあると思うんだけどね。ちょっとは気遣いって言葉を覚えて欲しいものだわ。
すると、すぐに男はその言葉を否定した。
「それはない!忘れていくのは個人的な事だけなんだ。何が好きだったかとか、苦手なものとか、名前とか……」
焦って喋る彼の言葉を聞いていて、やっとこの人が本名を頑なに名乗らないのか、その理由が分かった。言わないんじゃない、言えなかったのだと――。
「あ、名前を忘れたから影の男なんだ」
「そうだ、それと夢の中に入る能力、夢の世界をいじる能力……この使い方もだんだんと忘れてきている……」
影の男の能力は他人の夢をいじる事みたい。使い所は限定されるけど、今回みたいな事で使うなら結構有効な能力――なの、かな?
ただ、病期の進行が進めばどうなるか……。話しながら辛そうな雰囲気になってきた彼をどうにか助けたいと思い、私は一肌脱ぐ事にした。
「じゃあ思い出そうよ!何か協力出来る事はない?」
「ああ、有難う。それで色の話に戻るんだ。俺が好きだった色を思い出せたなら。きっと……」
ここで最初の話に繋がった。つまり忘れてしまったものを思い出せたなら病気の進行を止められるんだ。ようやく事態をしっかり理解した私は、どんと胸を張って、その作業に本気で取り組む事を宣言する。
「分かった!じゃあ今から色の名前を言い続けるね!」
「頼む。こう言う知識はやっぱり人間の方が詳しいから……」
人間にしか頼めないその理由も、知識の豊富さを頼りたかったと言う事なのだろう。そうと決まればと、私は早速スマホをタップしてネットの力を借りる事にした。色見本で検索して、その名前を全部聞いてもらうんだ。
こうすれば時間はかかってもきっと正解に辿り着くはずだよ。
「まだまだ行くよ!」
それから赤系統の色の名前を全部言い切って、茶色系統の色の名前に、そこも言い切って、お次は黄色系統、黄緑系統、緑系統へと続いていく。いやでも本当、色の名前がこんなに多かったとは……喋っていて段々しんどくなってきたよ。
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