だるまの依頼

第75話 だるまの依頼 その1

「じゃあ早速……」


「ちょい待ち!」


 私がだるまに依頼の内容を聞こうとしたところで、キリトからストップがかかった。またいつのお約束のセリフを言おうと言うのだろう。もう何度も耳にして聞き飽きてきていた私は、いい加減その説明の必要性を感じなくなっていた。


「キリト、いつものアレ、もう別に話さなくていいんじゃない?出来ない事は出来ないって、それ当たり前だし」


「で、でも……」


 私がいきなり止めたものだから、彼は困惑している。あの説明ってそんなに大事なものだったのかな?大体、話を聞いてから出来そうもない場合に限って出来ないって言えばいいだけなのにさあ。

 でもそんなに言いたいのなら言わせてあげても良かったのかな?


 私達がそうやってグダグダなやり取りをしていると、それに苛ついたのか、だるまの顔が不満そうな感じになってきた。


「何じゃ?儂の依頼をこなせなければ、お主らは妖怪になってしまうんじゃぞ?いいのか?」


「それは絶対イヤ!」


 妖怪化してしまう事をきっぱりと強い言葉で否定したその時、隣りにいた鈴ちゃんが地味にショックを受ける。


「ち、ちひろさん……」


「あ、ごめ……そう言う意味じゃ……」


「いえ、いいんです。やっぱり人間がいいですよね」


 や、やっちゃったー!私の妖怪化の件と妖怪の好き嫌いの話は全く別なのに……まるで私が妖怪を嫌いだって言う風に捉えられてしまったみたい。これはヤバイね。しっかり説明しないと。別に私は妖怪を嫌いじゃない事、特に鈴ちゃんはお気に入りだって事を。


「鈴ちゃんは好きだよ!もう親友だよ!」


「そう言ってくれるだけで嬉しいです!」


 お世辞と受け取ったのか、本心でそう感じてくれたのか、私の言葉に彼女はニッコリと笑顔になる。頬を淡く染めたその顔を私は可愛いと思った。

 そんなやり取りをしていると、もうひとりの部員が不満で顔をしかめる。


「……話が進まないんだけど」


「うっ……」


 キリトの言葉には私は返す言葉が見つからなかった。この状況で余計な会話はただの時間のロスだよね……。何となく気まずくなって私達がそのまま沈黙していると、その流れに耐えきれなかったのか、だるまが改めて私達に話を迫る。


「で、どうなのじゃ?依頼を受けるのか、それとも……」


「内容次第だな」


 だるまのその言葉の圧にも怯まず、キリトは冷静に返事を返した。その大胆不敵な態度に対し、だるまは彼の目をじっと見つめる。


「ほう、その瞳……中々に肝が座っとる。気に入ったぞ」


「へぇ、やったじゃん」


「や、だるまに気に入られても……」


 だるまに認められたキリトをからかうと、彼は明らかに困った表情をしていた。それが面白くて、つい私はにやけながらツンツンと彼の頬を人差し指で軽くつつく。すぐにキリトはそれを手で払うんだけど、私はタイミングを見計らってうまくその手を避けていた。

 そんな感じでじゃれ合っていると、だるまはそんな私達にお構いなしに話し始めた。


「儂の依頼はな……」


 急に依頼の話になったので、流石に私もふざけるのを止めてだるまの話に集中する。話しやすい環境になってだるまはようやくその依頼に内容を口にした。


「儂を連れて旅をして欲しいのじゃ」


「旅ぃ?」


 この依頼にキリトがまず最初に反応する。今まで人探しとか森を救うとか、そう言う系の依頼が多かったので今回も似た感じだと思っていたら、ここでまさかの新しいパターン。同じ話を聞いていた私もちょっと戸惑ってしまう。


「儂は行きたい場所があるんじゃ」


「でも、私達、そんなお金は……」


 旅と聞いて即答出来る程私達に懐の余裕はない。何しろ私達は学生だからね。キリトはお金持ちのお坊ちゃんのはずなのに、そんな彼も必要なものはとにかくとして、自由に使えるお小遣い的なものは私達と金銭感覚はそんなに変わらない。きっと浅野家がそう言う教育方針なんだろうな。

 目的地を聞く前からお金の心配は気が早い気もしたけど、こう言うのって後で話題に出すより最初から口にした方がいいよね。余計なトラブルを避ける為にもさ。


 そんな訳で資金面の心配をした私の言葉を聞いただるまは興奮してみるみる顔を真っ赤に染めていく。


「金なら儂が出すわ!たわけめ!」


「何もそんな怒らなくても……」


 いきなり強い口調で叫ぶだるまに私は引いていた。

 でもだるまがスポンサーになってくれるなら心強いね。その言い方からしてきっとかなりお金持ちだよ、うん。これで資金の問題はクリアだね!


 問題がひとつクリア出来たところでやっと話は本題に入った。これに関してはキリトがそれを口にする。


「具体的にはどこに行きたいんだよ?それが分からない事には……」


「儂は自分の生まれ故郷に戻りたいんじゃ」


 どうやらだるまの目的は里帰りらしい。目の前のだるまも元を辿れば誰かに作られた存在、故郷が恋しくなる事だってきっとあるんだろうな。

 こうして依頼自体の内容は分かったものの、話を聞いた私の中にひとつの疑問が生まれていた。


「でも移動ならだるまさんひとりでも行けるんじゃ……現にこの部室まで来てるんだし」


 この何気ない言葉にキリトが速攻で口を挟む。


「おまっ!こんな楽な仕事を……」


「や、だって、でも……」


 キリトからしてみればその場所に行くだけでいいという今回の依頼は楽にお宝情報が手に入るボーナスステージのようなもので、絶対に逃したくないみたい。それは私だって同じなんだけど、聞いてみたくなったものは仕方ないじゃないの。

 この私の疑問に対して、だるまは淋しそうな顔をしながら真相を口にする。


「儂の力の及ぶ範囲は頑張ってもこの街の中だけなのじゃ。それより遠くは……」


「どれくらい遠いの?県をまたぐ?」


 その何処か悔しそうな顔を見ていたらだるまの生まれ故郷にすごく興味が湧いてきて、私は具体的な場所について質問をした。実際、本当にそこに行くならこれは絶対に必要な情報だもんね。

 だけど、だるまは私のこの言葉に困惑する表情を見せていた。


「県?……今の言葉で何と言えばいいか……」


「ちょっと待って、地図出すから」


 どうやら昔の生まれのだるまには今の日本の区分の県と言う単位が理解出来ないらしい。そこで私は一計を案じ、ポケットからスマホを取り出した。

 それからすぐに地図アプリを起動し、だるまに液晶画面を見せる。スマホを見るのが初めてなのか、だるまは興奮しながらその画面を凝視する。


「ほう、これは便利じゃの」


「どこら辺に行きたいの?」


「ここじゃ!」


 手足のないだるまは場所を指差すのに念動力の力で机にあったシャーペンを動かし、それを器用に操作して画面のある一点を指し示す。そこはこの街から6県も離れた山の中だった。これ、そう簡単に行ける距離じゃないよ。同じ画面を眺めていたキリトもこの結果に唖然とする。


「マジか……」


「これ、ちょっと遠過ぎない?」


 その目的地の遠さに2人で顔を見合わせていると、だるまからの怒号が飛んできた。


「だから金は出すと言うたじゃろ!どんな手段でもいい。最近は飛行機と言う空を飛ぶ乗り物もあるのじゃろう?」

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