第76話 だるまの依頼 その2

「おお!ふとっぱらあ!」


「その金はどうやって稼いだんだよ」


 だるまのその侠気おとこぎ溢れる言葉にキリトがツッコミを入れる。確かに考えてみればだるまがお金を持っているって不思議だよね。この言葉を聞いただるまはその場で目一杯ふんぞり返った。


「儂はこう見えて幸運を呼ぶと評判でな。いくらでも金が入ってきた。軽く1軒家を買えるくらいの金は持っておる」


「おお、それはすごい……」


 資金の心配がなくなったところで、私達は早速細かい詰めの作業に入った。ここでの仕切りは何故だかキリトが行っている。


「まずはルートの確認だな。どんな手段で行くにせよ、現地には最終的には歩きか車か……」


「今ルート検索したけど、意外と鉄道の方がいいみたい。結構近くまで行けるよ」


 こう言う時はネットを使ってこそだと私は直ぐに検索をする。一瞬で答えが出たので言い出しっぺのキリトも呆気にとられていた。


「は、早いな……」


「このくらい朝飯前だよ」


 予算の心配もなくなってルートの確定も出来たので、もうこの依頼の関する障害は何もなくなってしまった。実現が可能ならばここはやるしかない。私が小さくガッツポーズをしていると、だるまがじいっと私達の様子を興味深く眺めていた。


「では、受けてくれるのじゃな?」


「まあな。ただし、すぐじゃないぞ。俺達には授業があるんだから」


「少しくらいは待つぞ。もう300年以上待っておったのじゃからな」


 こうしてだるまはその日は依頼を受けた事に満足して教室から去っていった。肝心のだるまの移動方法だけど、テレポーテーションのような瞬間移動で移動しているらしく、すうっと私達の前から姿を消していく。道理で最初に会った時に全く気配を感じなかった訳だよ。


 次の日の放課後、だるまの行こうとしている場所の事を少し調べた私はキリトに話しかけた。


「ねぇ、だるまさんの行きたがっているその村なんだけど……」


「ああ、何か曰くがあるんだろうな」


「それもそうだけど、今は限界集落なんだよね」


 限界集落とは、その集落の老人比率が高くて今のままでは集落の存在すら怪しくなってしまう過疎の最終段階とも言える状態の事。その村だって昔は賑やかだったのかも知れない。

 けれど、今その活気はもう村には残っていないのだろう。限界集落と言う言葉で思い浮かぶのはとにかく淋しい場所と言うイメージだ。


 私の報告を聞いたキリトは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。


「えっ?」


「だるまさん、幻滅するんじゃないかなぁ?きっと大昔は賑やかな地域だったんだと思うよ」


「まぁ連れていきゃあ納得もするだろ……」


「そうだといいけど……」


 村の事実を伏せながら日々は過ぎ、やがて出発のその日がやって来た。特に待ち合わせの場所とか決めていなかったので、まずは部室前にみんな集まる事になった。だるまには鈴ちゃん経由でこの事を知らせてある。待ち合わせの時間の10分も前にはだるまは教室に出現していた。


 残りのメンバーはキリトが待ち合わせ時間30秒前に教室に辿り着き、私は3分後に現れる。いやね、この待ち合わせ時間、電車に始発の時間に合わせるようにしてるんだわ。だからすごく早いの。むしろこの程度の遅れで済んだ自分を褒めてあげたいよ。3分なんて誤差だよ誤差!


 そんな訳で全員揃った事だし、早速私達は駅に向かって出発する事になった。


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」


「いってらっしゃいませ~。いい旅を!」


 校舎から出られない鈴ちゃんに見送らながら、私達は早速今日のミッションであるだるまの里帰り作戦を実行に移す。怪しまれないようにリュックにだるまを入れて駅まで徒歩で歩いていった。

 学校から駅は近く自転車で10分程だ。今回は徒歩なのでもう少しかかるものの、少し早足気味に歩いて20分ちょいで駅に到着する。


 この旅のルートが決まった時点でキリトがチケットの手配をしていたので、駅に着いてからは淡々とスムーズに事は運んでいく。特急列車の指定席に私達は仲良く並んで座った。私達が座席に座って数分後、特急列車は動き始める。

 流れる車窓を眺めながら、私はこの旅の感想を口にした。


「いやあ、指定席っていいね」


「儂にも景色を見せてくれ」


 私が車窓の景色に興奮していたからか、リュックの中のだるまがもぞもぞと動き始めたので私はその動きの同機を察し、リュックからだるまを取り出してそのまま椅子のテーブルを開くとそこに乗せる。


「はい、どうぞ~」


「おお~、絶景かな絶景かな~」


 テーブルに乗せられただるまの目線はちょうど車窓のガラスと同じ位置で、だるまも早速流れる景色を見て興奮している。現代旅行に於いて、こう言う流れる外の景色をのほほんと眺めると言うのも楽しみのひとつだ。だるまもまた例に漏れず車窓からの景色に釘付けになっていた。


 そんなやり取りを横目でチラチラと見ながら、キリトは冷めた視線を私達に浴びせていた。


「お気楽だな、お前ら……」


 そうこうしている内に車内販売の人が私達の前に現れる、私はすぐに呼び止めてそこでお弁当を買った。今回は始発に乗ると言う事で家でお弁当の準備は出来なかった。出発が遅れたのもあって事前に何処かでお弁当を買う余裕もなく、こうして車内販売に頼るしかなかったんだよね。


 朝も早かった事もあって、まともな朝食も食べていない。朝ごはん代わりに私は早速買ったお弁当を広げて中身を確認する。


「一度車内販売のお弁当、食べてみたかったんだ~。これこそ旅だよね~」


「電車の旅と言えば駅弁だよな」


 どうやら朝ごはん抜きはキリトも同じだったらしく、私達は流れる景色を眺めながらお互い仲良くお弁当を口にする。私は地元名物の入ったお弁当を選んだんだけど、キリトは無難な幕の内っぽいお弁当だ。こう言うところで冒険しないところとか、彼らしいなぁ。


 私達はお弁当を食べ終わると、普段より早起きしていた反動が返ってきてお互いすうっと夢の世界に旅立ってしまう。その様子を目にしただるまはその分かりやすい行動パターンに呆れていた。


「お主ら……この景色も見ずに眠りこけるとは……」


 それから何分、いや、何時間経っただろう。乗り換えの駅とかそんな事が気にかかった私は反射的に飛び起きた。乗り遅れる夢を見てしまったのかも知れない。起きた瞬間に忘れたから夢の方は全く確証がないんだけど。

 まぶたを開くとだるまが淋しそうに佇んでいる光景が突然目に飛び込んできたので、私は思わず反射的に謝罪する。


「はっ!ごめん、寝てた!」


「大丈夫じゃ、まだ目的の駅に着いてはおらん」


「良かったぁ」


 だるまは特に不満を顔に表す事なく、淡々と返事を返した。その言動に何となく狂気じみたものを感じた私は急いで隣で寝ている彼を揺さぶる。


「あ!キリト!起きて!」


「うぁ……?」


「乗り継ぎだってあるんだから油断したらダメだよ」


 そんなこんなで私達は何度か危機はあったものの、それからは眠らないように気をつけて列車の旅を続ける。何回か乗り換えて少し早めの昼ご飯も食べて……そうして目的の駅まで後少しと言うところまでやってきた。


「次の駅だね!」


「ああ、やっとだよ。ふぁ~あ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る