化け猫の依頼

第63話 化け猫の依頼 前編

「ある人間を探して欲しいんだ」


 真剣な顔でカズキはそう言った。ここまでの話の流れからその探している人にピンと来た私は改めて質問する。


「それって元飼い主って事?」


「お前、猫の妖怪なんだから自分で探せばいいじゃないか。俺達を頼る必要なんてないだろ?」


 カズキの依頼にキリトも反応する。予想通りと言うか何と言うか、やっぱり彼はこの依頼には乗り気でないらしい。


「自分で探せたならこんな所になんて来てないよ!」


「そもそも俺達は人探しみたいなのはちょっと……」


「知ってるぞ、今まで散々妖怪を探した実績があるって」


 どうやらカズキも私達の噂を聞いてここにやって来たらしい。噂にはきっと尾ひれがついているね、うん。別にキリトの肩を持つ訳じゃないけど、変に期待されても困ると思った私はその誤解を解こうと彼に説明する。


「あ、あれは妖怪だったから。人探しはまた別だよ」


「頼むよ、俺は絶対会いたいんだ。会ってお別れを言いたいんだ」


 私達の言葉を聞いてもなおカズキは食い下がった。その必死な瞳を見てしまうともう駄目だ。そうなってしまった背景を知りたくなってしまう。気がつくと私は自然に口を開いていた。


「どんな事情があったの?」


「おい、そんなの聞いたら……」


 話を聞く気満々の私をキリトが止めに入る。そうしたい彼の理由も分かる。

 でも真剣にお願いをしてくるカズキを簡単に追い払える程、私は合理的にはなれなかった。


「分かってる!情が移るって言うんでしょう?でもこんなに必死なんだよ?理由くらい聞いたっていいじゃない」


「仕方ないなぁ……」


 こうしてキリトはため息を付きながら私の頼みを聞いて折れてくれた。ただ、その流れに納得の行かない妖怪がひとり目の前にいる。彼は顔を不機嫌そうに歪め、語気を強めに訴えた。


「いやちょっと待て、何で俺が赤の他人にそんな事情を話す流れになってんだ?」


「え?もしかして話さないつもり?フラグなのに?」


「フラグ?」


「ここで私たちは感動させる事が出来れば協力してあげるって事だよ」


 私のこの言い方がまずかったのか、カズキはへそを曲げる。ありゃ、言い過ぎたか……。


「何だよその上から目線……」


「別にいいんだぞ、他を当たってくれても」


 この雰囲気に便乗したキリトが感情を抑え気味に言い放つ。その言い方に危機感を覚えたのか、カズキは焦り始めた。これはそう言う作戦……だったのかな?

 彼は一旦呼吸を整えると、意を決しておもむろに喋り始める。


「わ、分かったよ話すよ」


 カズキはどこか遠いところを見るような雰囲気で、私達に目を合わせずに口を開く。どこか淋しそうな、悲しそうな、そんな表情を浮かべながら。

 この時、開けていた窓から心地良い風が吹いて来て、カーテンは楽しそうに揺れていた。


「俺は事故で死んだんだ。有りたきりだけどトラックに撥ねられたってヤツだ……。最初は訳が分からなくてウロウロしてしまって、後で自分が死んだと分かって急いで家に戻ったんだ。そうしたらもうその家には俺の知らない人間が住んでいた……。この気持ちが分かるか?」


「ああ、飼い主の家族が引っ越したんだね。それも突然急に」


「俺もどのくらいそこに自縛してたか分からない。すぐに気付いたのかも知れないし何年か経っていたかも知れない……でも会いたいんだよ!最後にお別れが言いたいんだ!なぁ!協力してくれよ!」


 カズキの訴える事情はよくありそうなパターンとは言え、心に訴えてくるものがあった。きっと飼い主は必死で彼を探したんだろうな。それでも既に死んでしまっていたから見つからない。だからもう二度と会う事は出来ない。その内に何らかの事情で家の引っ越しが決まってしまった。

 多分、そう言う事なんだろう――と、思う。と、言う訳で私は俄然彼の願いを叶えてあげたくなったよ!


「だって」


「何で俺を見るんだよ」


「キリトがOKすれば捜索を始められるから」


 私はキリトの顔を真剣に見つめる。こう言う場合は100の言葉より1の目ヂカラだ。彼には多分こっちの方が効くはず。黙ってじーっと見つめる事、約30秒。深い溜め息をついたキリトは渋々と言った感じで話し始める。


「ったく、モノ好きだな……大体、探し当てられるアテとかあるのか?」


「だって、今回探すのは人だから……近所の人に聞けば引越し先が分かるかもだし……。もしそこで分からなくて、もせめて飼い主の人の名前が分かればネットの検索とかで次に引っ越した場所も分かるかもでしょ」


 私の熱弁に彼は冷めた態度で反応する。


「そう言うのは普通探偵とかがやるものだろ」


「だから!やりようがあるって言いたいの!」


 余りにやる気がないキリトに私は激怒する。激怒って言うか、軽く気に触ってちょっと声を荒げた程度なんだけど。この私の言葉が効いたのか、彼はカズキの側に寄ってしゃがみ込む。そうして視線を合わせるとしばらくその顔をじっと見つめ、それから喋り始めた。


「なあ化け猫……」


「だから!俺の事はカズキって呼べって言ってるだろ!」


「じゃあカズキ、俺達はただの学生だ。出来る事も出来ない事もある。出来なくても文句言わないならやってやるよ」


 これは、そう、キリトが依頼を受ける時の定番の台詞だ。あれ?この言葉さっきも言ってなかったかな?まぁいいか。とにかく彼もやる気になってくれたって事で!これで今回の依頼は決まったね!


 で、当のカズキの方なんだけど、折角自分の依頼が通ったのにキリトの言い方が気に入らなかったのか、さっきから不機嫌なままだった。


「ふん、端からそんなに期待はしてねーよ!」


「何だと!」


 そんな彼の態度にキリトも声を荒げて応戦する。何だか喧嘩に発展しそうな雰囲気だったので私はすぐに止めに入った。


「ま、まぁまぁ、お互い落ち着いて、ネ?」


「そうです。喧嘩はよくありません」


 その休戦調停に鈴ちゃんも参加してくれたおかげでこの一触即発な雰囲気は何とか回避される。麦茶を飲んで落ち着いたカズキはさっきまでとは打って変わって深々と頭を下げて私達にお願いをする。


「やってくれるなら、頼む……。せめて手がかりのひとつでも見たかったら嬉しい……」


「ふふん、期待しててねん」


 素直になった彼に頼まれて気分の良くなった私は後先を考えず、つい調子のいい言葉を言った。するとすぐにキリトから当然のように冷静なツッコミが入る。


「何勝手に適当な事言ってるんだよ。簡単に見つかるとは思えないぞ」


「でもキリトもやる気になったんでしょ?きっと行けるって」


「はぁ……」


 キリトは諦めたような大きなため息を最後にもう何も言わなかった。こうして化猫カズキの飼い主を探すミッションはスタートする。

 考えてみれば妖怪は今までに何度か探した事はあるけど、本格的な人探しってこれが初めてだ。うまく探し出せるといいなぁ。


 まずはカズキの案内のもと、彼が生前に飼われていたアパートを目指した。うん、ここまでは順調だね。

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