第62話 化け猫の来訪 後編

 ほう、この猫妖怪、案外ちょろいぞ。つまり生きていた頃に名前をつけられていて、その名前が気に入って今もそう名乗っているって事だよね。――と、言う事は彼は元々野良ではないと。見た目からしてそんな気はしていたよ。だってどこか人に慣れている風だったし。


「そっか、カズキは元飼い猫ちゃんなんだ」


「今は見ての通りの立派な化け猫だ!」


 私の言い方に反応したのか、カズキはドヤ顔で今の境遇を自慢する。胸をそらして大きくは見せているけど大きさは普通の猫と一緒で、パッと見可愛さしか見当たらない。そんな彼が立派な化け猫だって宣言しているのが面白くて私は思わず吹いてしまった。


「ふふ、立派ねぇ」


「あ?」


 この言い方が気に障ったのか、カズキがジロリと私を睨む。やばいね、怒こらせちゃった。確か化け猫って怒らせたら大変だって聞いた事があるよ。

 見た目は普通の猫と変わらなくても、だからってあんまり機嫌を損ねない方がいいね、うん。そう思った私はすぐにご機嫌取りモードになる。


「う、うん。立派立派!すごく立派だよ!」


「お前、馬鹿にしてないか?」


「し、してないよ!失敬だな君は!それから私の事はお前じゃなくてちひろと呼び給えよ」


 この後も色々となだめすかして、何とかカズキの機嫌を治める事が出来た。鈴ちゃんも必死にフォローしてくれたからね、助かったよ。

 そんな訳で場が収まった所で、改めて彼が私達の方に顔を向けてここに来た理由を口にする。


「で、話を聞いてくれるか?」


「話?相談じゃなくて?」


 私はいつものようにこのカズキも何かの相談に来たのだと思っていた。

 けれど、どうやらそうではなくて私達に何かをさせたいと言う目論見があってここに来たようだ。まぁたまに相談以外の要件も応じているからなぁ。

 彼は一呼吸置くと真剣な顔をして口を開く。


「ちょっとお前らにやって欲しい事があるんだ」


「何か見返りがあるんだろうな」


 きっとこうなるとは思っていたけど、予想通り話がこの展開になったところでキリトが口を挟んで来た。何よ!さっきまで自分には関係ないって態度だった癖に。


「ちょ、キリト!」


私の彼の態度に異を唱えた。この言動に対し、彼は逆ギレ気味に反応する。


「何だよ?タダ働きするつもりか?」


「こんな可愛い猫ちゃんが頼んでくれてるんだよ?それだけで十分じゃない!」


「そんな訳に行くか!」


 私が見返りなしで動こうとしていると知ってキリトは更に逆上する。そんなに嫌なら今回は私だけで行動するってーの!

 それはそれとして、このやり取りでもしかしたら気を悪くしたかも知れないと思った私はこっそり耳打ちするようにカズキに謝った。


「ごめんね、カズキちゃん。あいつがロクデナシで」


「な、どうしてそうなるんだよ!」


 この謝罪の言葉はしっかりキリトにも聞かれてしまい、彼は更に声を張り上げる。うう、面倒臭いなあ……。

 一方でカズキは真剣な顔を崩さずに私達の顔を見上げ、懇願するように口を開く。


「いや、もちろんタダでとは言わない。だから頼む!」


「話の中身次第だな……それと何でも出来るとは思わないでくれ。俺達は人間だ、出来ない事も多い」


 ここでようやく納得したキリトは話を聞く時のお約束のテンプレワードを口にする。彼がこの言葉を口にする時は話を了承したって事でもあった。

 何だかんだ言ってキリトも付き合いがいいよね。私はその様子を微笑ましく笑いながら眺めていた。

 カズキはキリトの言葉を受けて言葉を続ける。


「それは分かってる。やってもらいたい事は別に難しい事じゃない……ケホッ」


「取り敢えず、お茶を飲んで下さい」


 少し意気込み過ぎたのか、カズキは頼み込む依頼を話す途中で咳き込んでしまう。その様子を見た鈴ちゃんが気を利かせて彼にお茶を手渡した。


 カズキは両手でしっかりお茶の缶を握ってゆっくりとそれを喉に流し込んでいく。人のように飲み物を飲む姿は見た目が猫でも妖怪なのだなと言う事を実感させていた。

 その可愛らしい飲み姿に私がキュンとしていると、彼はやっと落ち着いたのか飲むのを止めて鈴ちゃんにお礼を言う。


「有難う」


 お茶を飲んで落ち着いたカズキは、またしっかり私達の方に向き合ってさっきの話の続きを語り始めた。


「じゃあ改めて……俺からの依頼は……」


 部室に漂う緊張感。暦の上ではもう秋の走りとは言え、残暑の厳しいこの時期、当然のように順調に気温は上がり続けている。そんな状況なのに今の部室はどこか寒気を感じさせる程の独特な雰囲気が支配していた。一体カズキは私達に何をさせようとしているのだろう。


 周りの雑音がほぼ聞こえないくらいの重い圧の中で夏の代名詞である蝉の声だけが遠く私の耳に響いていた。

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