第52話 顔のないお客様 後編

 その妖怪は身長は160cmくらいでちょっと小綺麗な和服を着ている。容姿から見て今まで相談に訪れたどの妖怪とも違っていた為、私の記憶が確かならば彼は初めてのお客さんと言う事になる。


「ん?誰?」


「これは紹介が遅れたど!オラはこう言う者だど!」


 その妖怪は丁寧に挨拶をして私に名刺を手渡して来た。ただ、わざわざ名刺を見なくても見た目でその妖怪はハッキリと確認出来る。だってその妖怪、顔がないんだもの。こんな妖怪、のっぺらぼう以外にありえないよね。なので名刺を貰いはしたけど、私はつい口を滑らせてしまう。


「や、名刺なくても見たら分かるから」


「種族名じゃなくて名前を知って欲しいんだど!」


「あー、そっか。うん、それもそうだね」


 どうやらこののっぺらぼうには個別の名前があるらしい。つまり、彼以外にも沢山ののっぺらぼうがいるって事なんだろうね。人を見分ける時は大抵顔で判別しているから、顔のないのっぺらぼうを見分けるのって結構難しそう。

 そんな訳で私は改めて彼が渡してくれた名刺をまじまじと見つめる。名刺の文字は人間にも分かりやすく日本語で書かれていた。そこに書かれていた彼の名前を私は読み上げる。


「えーと、斎藤さん?」


「そうだど!そう呼んで欲しいど!」


 名前を呼ばれたのっぺらぼうはすごく嬉しそうだった。表情がないから声の調子で判断したけど。彼、口もないから多分テレパシー的なもので話しているんだろうな。

 しかし、斎藤さんか……。何だかすごく普通って言うか、妖怪っぽくないと言うか……。まぁそれは気にしたら負けかな。

 この斎藤さんも私達に会いに来たお客さんには違いない訳だから、ちゃんと話を聞いてあげなきゃだね。


「じゃあ斎藤さん、私達にどんな御用ですか?」


「勿論話を聞いて欲しいに決まっているんだど!」


 私の言葉が少し気に障ったのか、斎藤さんは少しキレ気味に返事を返した。まぁ、こう言うパターンも今までに何度かあったからね、もう慣れちゃったよ。

 と、言う訳で私はマニュアル対応するファーストフードの店員のように淡々と相談をする時の注意事項を彼に説明する。


「一応最初に言っておきますけど、私達は万能じゃないんで出来ない事は出来ません。それで良かったらお話しください」


「大丈夫、きっとお前らにも出来る事だど」


 斎藤さんはそう言うと偉そうにふんぞり返った。その態度が気に障ったのか、今までこのやり取りの間傍観していたキリトがいきなり口を挟んで来た。


「相談に乗るくらいなら何もなくていいけど、俺達に何かさせたいならそれなりのものは必要だからな」


「ちょ、キリト!」


「当然だろ?ギブアンドテイクだよ!」


 さっきの斎藤さんに負けない程の上から目線。流石はキリトだわ。私は彼の傍若無人な態度に感心してしまっていた。

 しかしそこで怯む斎藤さんではなかった。無表情ながらもどこか威圧的な態度を崩さないまま彼は話す。


「それもちゃんと用意してあるど!お前ら天狗のお宝が欲しいんだろ?」


「何か情報を持っているのか?」


「頼みを聞いてくれたら教えてやるど。悪い話ではないはずだど」


 斎藤さんが私達に妙に強気だったのはどうやら天狗のお宝情報を持っていたからのようだった。それなら……うん……強気にもなるよねえ。この言葉には流石のキリトも折れるしかなくなった。

 とは言え、そこは彼らしくちゃっかり条件をつけるのもまた忘れない。


「分かった。ただし出来なくても文句言うなよ」


「出来なかったらお前らがお宝の情報が聞けなくだけの話だど」


「ぐ……」


 しかし斎藤さんもまた言葉が巧みだった。言い返せなくなったキリトは悔しそうに下唇を噛んでいる。その様子を眺めていた私はここらが潮時だと満を持してこの会話に割って入った。


「まぁまぁ、とりあえず話を聞いてみましょ。出来るかどうかの判断はその後だよ」


「もういいか?それじゃあ話すど……」


 こうしてようやくのっぺらぼうの斎藤さんの話が始まる。一体彼は私達に何をさせようとしているのか。余りに意味深に語り始めた斎藤さんの雰囲気に、私はゴクリとつばを飲み込んで話の続きを待つのだった。


 その頃の鈴ちゃんはと言うと、顔のないのっぺらぼうにお茶を出してもいいものかどうか、それだけをずっと悩み続けていた。

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