第51話 顔のないお客様 中編
「正気も正気だよ!先生は私達のために顧問をしてくれてるんだよ!これくらいの役得は当然でしょ!」
私が必死に自分の言動の正当性を訴えると、キリトは腕組みをしてしばらく沈黙し、それから少しして口を開く。
「まぁ、あの先生なら……口も硬そうだし……」
「大体、妖怪の話なんて普通に口にしたら引かれるだけなんだから、大抵は事情が分かっても誰にも喋らないと思うよ」
「お前がそれを言うのかよ……」
私の続きの一言に彼は呆れたようだった。何にせよこれで反対者もいなくなったと言う事で私は改めて先生に今までにゲットしたお宝を紹介する。普段お宝は金庫に入れて大切に保管している訳だけれど、私はその鍵を持ってはいない。この金庫の責任者は金庫の持ち主のキリトだ。
彼から鍵を預かって私はうやうやしく金庫の扉を開ける。そこには今まで集めた天狗のお宝が綺麗に並べられて保管されていた。
「じゃあ先生!これが今までに見つかった天狗のお宝です!」
「おお!これはすごい!どれも興味深いねぇ」
金庫の中身を目にした先生は爛々と目を輝かせる。私も先生に喜んで貰えて嬉しくなっていた。先生の興奮具合が手に取るように分かった私は更に一歩踏み込んだ提案をする。
「触ってみます?」
「……いや、それはやめておくよ」
何故か先生は私の申し出をあっさり断ってしまった。あれ?読みが外れた?先生の表情を見ていたらすごく興味を持っている事は間違いないと思っていたんだけど……。おかしいな……。
「え?何故ですか?」
「君達みたいに妖怪化してしまってもいけないからね。だから僕は見るだけで十分」
「あ、そっか、それもそうですね。私すっかり忘れてました」
やっぱり先生は大人だった。自分の気持より先の事までしっかり冷静に考えていたよ。私だったら興味のある事なら後先考えずに触っちゃってたよ。
この天狗のお宝が触る者をみんな妖怪にしてしまうかどうかはまだ分からないけど、それを証明出来ない以上、危険な物には変わりないよね。
先生は金庫内の天狗のお宝を興味深そうにしばらく眺めると、満足したように口を開いた。
「今日は貴重なものを見せてくれて有難う。僕がいるとほら、妖怪が部室に入って来辛かったりするんじゃないかな?だから今日はここで帰る事にするよ」
「えっと、分かりました。またいつでも気軽に部室に顔を出してくださいね」
私は金庫の扉を閉じてそう先生に話しかける。この言葉を聞いた先生は優しい笑顔で人間に戻る為に頑張る私達を応援してくれるのだった。
「うん、君達も頑張ってね」
「はい!」
先生が出ていった後、用事で部室を離れていた鈴ちゃんが入れ替わりで戻って来た。彼女はさっきまで先生が部室にいたと知って淋しげな顔になる。
「私も武田先生とお話したかったです」
「鈴ちゃんと先生だったら話も合うかもね」
私がそんな鈴ちゃんを慰めると、彼女はにっこりと笑って先生の印象を口にする。
「はい、あの方からはいい雰囲気を感じます」
「また今度機会があったら鈴ちゃんと話をするように言ってみるよ」
「本当ですか?是非お願いします!」
私のこの提案に鈴ちゃんの顔がパァァと明るくなる。うんうん、この笑顔だよね。この笑顔に救われるよう、私は。
しばらくすると、また私達に話を聞いて貰いたい妖怪達が部室に現れる。うん、夏休みになっても変わらないね。そうして変わらないルーチンワークでこの日も平穏に過ぎていく。今日は3組の妖怪の相談を受けたけど、結局お宝情報は得られなかった。うん、明日があるよね!
夏休みが始まって6日後、私達は窓全開の部室で暇を持て余していた。妖怪相談は特に時間を決めていない。だから来る時は来るし、来ないと気は全く来ない。そもそも相談って別に仕事でやってる訳でもないし、妖怪は時間に厳密な訳でもないからね、仕方ないね。
そんな訳で夏休みと言えば夏な訳なんですよ。何が言いたいかと言うと、とにかく暑いんですよ。部室にクーラーがあったらいいんだけど、当然のようにそんな文明の利器はないんだなこれが。
幸い、コンセントはあるのでそこに冷蔵庫と扇風機は持ち込んでいるんだけどね。冷風が欲しいよねやっぱり。
「ふいー。暑いねぇー」
「あんまり飲み過ぎるなよ」
私は冷蔵庫からペットボトルの麦茶を取り出して一気飲みしていた。別にそこまで勢い良く飲むつもりじゃなかったんだけど、夏だからそりゃ一気に飲めてしまうよねえ。これはうまく飲む分量をコントロールしようと思っても無理なんだよ、だって夏なんだもの。
しかし麦茶は美味しいけど一気に体を冷やしてくれるね。ちょっと気分が悪くなっちゃった。今度からコップで飲むようにしなくちゃ。で、この冷蔵庫なんだけど普通の冷蔵庫なので当然のように冷凍室もついている。
だけど、こっちには今のところ氷しか入っていない。考えてみたらこれってすごく勿体ないよね?
「折角部室に冷蔵庫があるんだから今度アイス買ってこようよ。キリトも買うでしょ?」
「あのなぁ……前にも言ったけど俺達は遊びで夏休みも学校に来ている訳じゃ……」
「それは私も分かってるってば!全く真面目星人なんだから」
私がこの冷凍室の有効利用を訴えると、冷蔵庫の持ち主のキリトは真面目な顔をしてつまらない事を言い始める。この唐変木には人生には遊びが必要だって事を言わなきゃ分からないのかな……。
私達がそんな些細な事で言い合っていると、鈴ちゃんがこの場を治めようと会話に入り込んで来た。
「文書の解読は進みましたか?」
「いや、ちょっと解釈に詰まってるんだ」
このキリトのテンプレ回答を聞き飽きていた私はつい本音をぽろっと口にしてしまう。
「頑張らなきゃいけないのはキリトの方だよ。ずっとひとりで文書とにらめっこして……ちゃんとしてよね」
「あ?やってるっつーの!五月蝿いなあ。自分は何もしてないくせに」
「は?そう言うなら私にも文書見せてよ!解読手伝ってあげるからさ!」
ああ、売り言葉に買い言葉になってしまった。油断したなぁ。喧嘩がしたい訳じゃなかったのに。私はすぐに間違いに気付いて、どうやったら上手く治まるか頭の中で言葉を探し始める。
けれど、彼の方では全くそんな事は考えていないらしく、火に油を注ぐように私に向けて挑発を続ける。
「お前……今まで何か文書の解読で役に立つような事を言った試しがあったか?解読は俺ひとりで十分だから!」
「ほら、またそーやってすぐに閉じこもる。決めつけ過ぎなんだよ。発想が柔軟じゃないと難問は解けないよ」
流石に無能扱いされると私も気が収まらない。だからついその流れでキリトに挑戦的な言葉を使ってしまう。もうどうしたらいいのこれェ……。
私達がそんな不毛な言い争いを止められないでいると、突然鈴ちゃんが大声を出して無理やりこの流れを断ち切ってくれた。
「お2人共、喧嘩は止めてくださーい!」
「そうだど!喧嘩はいけないだ!」
鈴ちゃんの隣にはいつの間にか別の妖怪がやって来ていて、彼も一緒になって喧嘩を止めてくれた。そのちょっとおかしい光景に私達はあっけに取られてすぐに口喧嘩は収まった。
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