第49話 天狗の下駄 後編
今までに下駄を履いた事は殆どなかったけど、これほどまでに履き心地の良い下駄を履いた事はないと断言出来る程のものがあった。
「どうだ?」
「履き心地はいいよ、あつらえたみたいにぴったりフィットしてる」
「でもただの下駄じゃないんだろうな……」
キリトのその心配も最もだった。天狗のお宝で特殊効果のついていないものは何ひとつない。きっとこの下駄だってそう言うアイテムに違いないのだ。
履き心地のチェックも終わった私はそれを確かめる為にこのままそこら辺を歩いてみる事にする。さて、この下駄の効果は――。
「じゃあちょっと歩いてみ……うわああ!」
「ちょ、おい!」
私が下駄を履いて一歩を踏み出したその瞬間だった。足に力がみなぎるのか、身体が異様に軽くなったのか、何も力を入れていないにも関わらず私の足は超高速で動いていた。しかも全然疲れない。なにこれすごい!歩く事が気持ち良くて快感で私は思わず言葉を漏らしていた。
「すごいすごい!めっちゃ早く歩ける!何これー!面白ーい!」
「おお、下駄はそう言うアレなのか……」
キリトが感心する中、私は下駄の力でその辺りを高速で歩き回っていた。歩いて高速だから走ればもう人の目で捉えきれないほどの速さが出る。
しかもどれだけ足を動かしても全く疲れない。その為、自分の足で歩きながら乗り物に乗っているような錯覚すら覚えていた。それと注目すべきは足音!
これだけ歩き回っても猫のように無音。下駄なのに無音。なにこれすごい!楽しい!超楽しい!
30分ほど調子に乗って動き回って天狗の下駄を十分に堪能した私は上気した顔でキリトに声をかける。
「あ~面白かった!キリトも履く?」
「え?い、いや、俺はいいよ、うん、俺はいい」
「あ、そう?面白いのに」
興奮した私の顔がちょっとアレだったのかな?下駄を勧める私の顔を見たキリトはすごく引いていた。ちょっと面白くなかったけど、下駄で歩き回るのが楽しくてその気持ちはすぐにどっか行っちゃった。
そんな感じで私がこの地下空間をこれでもかと歩き回っている時、彼はずっと腕組みしながら何かを考え込んでいる様子だった。
「問題はどうやってここを出るか……」
そう、キリトはここからの脱出方法を考えていたのだ。彼の言葉を聞いた私はこの空間の存在自体についての疑問を口にする。
「かなり落ちて来たもんね~。って言うかここ、どうやって空間を維持してるんだろ?」
「って、言うかやばくないか?だんだん狭くなって来ている気が……」
私がそう思ってしまったのが原因なのか、それとも下駄を祠から取り出したのが原因なのか、どうやらこの空間は縮み始めてしまっているらしい。
その収縮スピードはどんどん早くなっている。空間を維持する力が弱まってどんどん砂で埋まって来ているのだ。この状況はヤバイ。
私は焦って何も考えられなくなっていた。
「時間がないよ、早く脱出しないと!」
「は、はしごか何かどこかに……」
焦る私に対してキリトはどこかに脱出方法が用意されていないか空間内を探し始める。彼も相当テンパっているようだ。2人が2人、冷静でいられなくなってしまっているところで、私の頭に急にナイスアイディアが閃いた。
「そうだ、私に任せて!」
私はそう言うとキリトをお姫様抱っこする。この突然の行動に彼も動揺したのかされるがままになっていた。
「え?何?おい、ちょ……」
「手を離さないでね、行くよっ!」
キリトを抱いた私は腰を落として足に力を込める。素早く歩けるって事はきっと足の筋力が何十倍にもパワーアップしているって事だから、多分この作戦は成功するはず。今から何をするのか察しのついた彼は大声を上げる。
「え、まさか、うわーっ!」
この叫び声を合図に私は力一杯ジャンプした。天狗の下駄パワーで上空の地上へ向かって飛び上がる。何mも落下したはずなのにこのジャンプで呆気なく私たちは地上に生還する事に成功していた。しかも穴から飛び出ておまけに地上数mも余分に飛び上がっていたのだ。天狗の下駄パワーすごい。
「ふう~。地下空間脱出大成功!」
見事に着地した私はヒロイン状態のキリトを優しくそっと下ろした。ぺたんと座り込んだキリトは少しの間呆然としていたものの、すぐに何かに気付いて私に話しかける。
「あのさ……」
「ん?」
話しかけられた私は彼の方に顔を向ける。真顔になったキリトは私に向かって衝撃の事実を告げた。
「テンパってて忘れていたけど……俺達飛べたよな?」
「あ!そーだった!まぁいいじゃん、結果オーライだし」
そうだった。私達は空を飛べたのだ。地下何mに落下したとしても自力で戻れるのだ。そんな事もお互いに忘れてしまうなんてと、お互いに顔を見合わせた。その内にこの状況が何だかおかしくなってしばらく2人で笑い合う。
「結局あの穴は何だったんだろう?」
「さあ、天狗が作ったんだろ?あんまり考えても仕方ないよ」
「ま、そうだね、こうしてお宝は手に入ったんだし」
天狗の下駄を背負っていたリュックにしまって、目的を達成した私達はこの浜辺を後にする。2人共すっかりお腹が空いていたので、帰り道で見つけたファミレスで遅めの昼食を取る事になった。鈴ちゃんにいい土産話が出来たなと思いながらファミレスオススメのハンバーグ定食を口に運ぶ。
この食事中、私は窓の外のもくもくと膨らむ真夏の入道雲を眺めていた。
もうすぐ夏休みが始まる――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます