第48話 天狗の下駄 中編
「それはそうだけど~」
私がアホみたいに空ばかり眺めていたらキリトからのツッコミが入った。彼は真面目なので私が空を見上げている間もずっと浜辺を凝視してお宝のヒントがないか探していたのだ。そんなに目を酷使していたら眼精疲労になっちゃうよ。ま、私は彼じゃないからいいか。好きに探してちょうだいナ。
しかしこうして砂浜を歩いているとなぜこの場で私達普段着なんだろうってふと疑問に思っちゃう。目の前は海なのに。
「って言うかさ、海がそこにあるのに泳げないのがもどかしいなぁ~」
「お前水着持ってきてんの?」
「や、持っては来てないけど……」
真面目キリトはやっぱり真面目な返ししかしない訳で。男子ってアレだよね。共感する返事ってしてくれないよね。正直たまに空しさを感じるな。
そんな感じでお宝探しに精神的限界が近付いた頃、変化は突然に訪れるのだった。
「うおっ!天狗文書が……っ」
そう、今回の探索でもキリトは懐に天狗文書を忍ばせて来ていたらしい。流石だよ。真夏の浜辺の服装はどこまでも軽装にすべきこの条件下なのに。
それはともかく、文書に何か反応があったなら彼のこの行動は大正解って事だよね。やった!私はすぐに何が起こったのか彼に尋ねる。
「え?何っ?」
「何か熱を感じる……」
熱?文書は前に夜に光るって謎の芸当を発揮していたけど、今度は発熱を始めましたか。あの文書ってどう言う仕組みなの一体。
でも簡単に信用するのも危険だよね、だって今は夏で、真夏で、しかも日中で一番気温の高い時間帯なんだもの。判断は慎重にしないと。
「この気温のせいじゃないの?」
「いや、これは多分お宝が近いんだ」
「ふーん、ま、何のヒントもないしそれで探っちゃう?」
あの何でも疑ってかかる彼がそこまで言うならその路線で行ってみようじゃないの。もうお腹も空いて来たしね。ちゃっちゃと片付けてご飯を食べなくちゃ。
私がその話に乗った次の瞬間、キリトは文書の反応を手がかりにして突然走り始めた。
「こっちだ!」
「ちょ、ま、何でこんな暑いのにそんな急げるの~!」
この暑い中、しかも砂地の浜辺なのに彼はとても興奮してそれまでの疲れもなかったように全速力で駆け出していく。正直そんなにテンションの上がっていなかった私は彼を追いかけるので精一杯になっていた。もしこの浜辺がむっちゃ広かったら私は彼の後を追うのを断念していたと思う。
でも安心して欲しい、この浜辺は端っこまで移動しても十分視認出来るそこそこの広さしかないのだよ。私は走ったり休んだり汗を拭いたりしながら自分のペースで彼の指定する場所まで辿り着いた。そこに辿り着くとキリトが自身の足元を指差して見解を述べる。
「ここだ、何かそんな感じがする」
「またそんなふわっとした意見を……どうするの?ここほれワンワンって砂地を掘るの?」
「えーと……」
場所の特定が出来たところでそこから先の事はまだ何も考えていなかったらしく、私のツッコミに彼は沈黙で答えていた。ここに来て振り出しに戻る訳にも行かず、私は思っていた事を素直に口に出す。
「その天狗文書に何か書いてあるんじゃないの?肝心なところで役に立たないなぁ」
「何だよその言いか……」
キリトが反論を言いかけたその時、急に立ちくらみがした私はその場にしゃがみ込んだ。やっぱ暑い中で突然走ったりしたのが原因だよこれェ……。
「ううっ……」
「おいっ、大丈夫かっ!」
私が急にしゃがみ込んだのが流石に心配だったのか、キリトが声をかけて来た。何だ、彼もちゃんと人間らしい感情が残っていたね。
私はすぐに大丈夫な事をアピールしようと立ち上がろうとする。
「ごめんごめん、立ちくらみだよ……わあっ!」
「な、何だっ!」
踏ん切りをつけようと砂地に手を置いて力を入れようとしたその時だった。急に周囲半径2mくらいの場所がそのまま崩れ、私達は地面から数m下の謎の空間に落ちてしまう。
落下時間から言って結構な距離を落ちたはずなのに不思議と落下の衝撃は何も感じなかった。下が砂地だったからなのかな?
一緒に落ちたキリトも全く無傷のようで、落ちてすぐに立ち上がると、落ちて来た元の場所を見上げて感想を口にする。
「まさかこの浜辺にこんな落とし穴があるなんて」
「これ、知らない人が落ちたら大変だよね」
私が彼の意見に同意すると、キリトは視線を正面に移し、不思議な事を口走る。
「いや、多分知らない人は落ちないよここ」
「えっ……」
一体キリトは何を言っているんだろうと思った私は、彼が見てるその場所に視線を向ける。するとそこにあったものはお宝探して必ず目にするあの構造物だった。それを目にした私は思わず声を上げる。
「嘘?こんな所に祠が?」
「取り合えす行ってみよう、ほら」
落下してからずっと尻もち状態だった私に彼が手を差し伸ばす。この珍しい状況にちょっととまどったものの、その手を無視する訳にも行かず、私はお礼を言って彼の行為を素直に受け入れた。
「あ、うん……有難う」
祠に近付いた私達は、それがお宝の収納されている本物だと確信し、どちらがそれを手にするか目で合図をし合う。その結果、彼が引いたので私は一応確認の為に口に出して言質を取る事にする。
「私が開けていいの?」
「順番なんだろ?」
「あ、ありがと……」
どうやら前回のお宝はキリトが手にしたから今度は私の番、と言う事らしい。全く馬鹿真面目だね、この男は。折角なので私はその好意を素直に受け取る事にした。
後で気が変わって止めたって遅いんだからね。
と、言う訳で、さ~て今度はどんなお宝かな~って期待に胸を膨らませて祠を開けると、中に入っていたのは小さな下駄だった。勿論小さかったのは祠から出す時までで、しっかり取り出すとその瞬間に私達が履けるくらいの丁度いい大きさになっちゃったんだけど。
「今度は下駄だね。良かった、サンダルで来てて」
私は早速その下駄を履こうと今履いているサンダルを脱ぎかける。するとその様子を見たキリトが私に声をかけて来た。
「やると思ったよ、ほら、サンダル持っててやる」
何と、今までだったらその行為を止めていた彼が私の行為を容認してくれたのだ。そればかりか何とサンダルまで持ってくれると言う。一体どう言う風の吹き回し?
私はキリトの言動が信じられずについ聞き返してしまった。
「は、はい?」
「だから持っててやるって」
そう口走った彼の顔は真っ赤だった。ああ、これよっぽど恥ずかしがってるんだなと思った私はちょっとキリトが可愛く思えていた。なので少しからかってやろうと彼に向けて言葉を返す。
「いいの?履いちゃうよ?」
「今更止めやしねーよ」
私の上目遣いの言い方に対して彼は顔を見ないようにそっぽを向いて答える。あんまりからかうと逆ギレしかねないから面白がるのはこの辺にして、リクエスト通りに履いているサンダルを彼に持ってもらう事にした。
「ようし、じゃあ履いてみるよ!」
サンダルを脱いで彼に預けつつ、私は天狗の下駄に足を収める。この下駄、履き心地はこの上ないほどしっくり来るものだった。履いた瞬間に下駄と足が吸い付くようにピッタリとハマる。まるで下駄が足の一部になったような感じだ。
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