第46話 火の玉の依頼 その4
この時は恐怖心と興奮が先にあったのでこの体勢に何の疑問も抱かなかった。
「あ、あそこ見て!」
「うわっ、なんだありゃ」
彼にくっついて歩く事数十m、私はキリトの背中越しに不思議な見慣れない何かを発見する。それは何かに怯えるような仕草をする謎の植物っぽい生き物だった。
グロテスクで、でもどこか悲しそうな何とも形容のしがたいそれが瘴気の発生源である事は間違いないみたいだ。瘴気はその生き物の頭部に当たる花っぽい部分から吐き出されている。至近距離まで近付くとその瘴気の流れが肉眼でも確認出来る程だ。
明らかにこの場所にあってはならないそいつは自分の存在を証明するように瘴気を吐くのを止めはしなかった。
「何だか火を怖がってるみたい……ちょっと可哀想になってくるね」
「この期に及んで何憐れみを持ってるんだよ。こんなものは無慈悲に抜いたらそれで良いんだよ」
「え、ちょ……」
キリトは躊躇なく魔界の花に近付くとそれを掴んで一気に引き抜いた。そこに慈悲の心はなく、引き抜かれた植物はショックで謎の雄叫びを上げる。
「ギュニュアワラワラ~ッ!」
それはまるでマンドラゴラだった。至近距離でその叫び声を聞いたキリトは植物を握ったまま気絶する。魔界の花はマンドラゴラではないはずなので流石にその声を聞いて死ぬなんて事まではないはずだけど……。
植物が抜かれた事で瘴気も消え、ライトが復活した私は安否確認の為、倒れた彼に光を照らす。
「あちゃあ……」
照らされた彼は白目をむいていた。多分命に別状はないっぽい。私がキリトの手を取って脈拍を確認していると、遠くから火の玉がやって来た。
「瘴気が消えたんで様子を見に来たんですが、これは一体……」
「魔界の植物を遠慮なく引き抜いたらこの有様で」
私は火の玉に事情を説明する。話を聞いた火の玉は彼に近付き様子を見た。そうして穏やかな口調で私に話しかける。
「大丈夫です、気を失っているだけですよ。軽くショックを与えれば起きます」
「そうなんだ、良かった」
火の玉を話を聞いて安心した私はキリトの頬を軽くビンタした。軽くショックを与えると聞いてそれしか思い浮かばなかったのだ。私にビンタされた彼はすぐに気が付いて声を上げた。
「ハッ!ここはっ!」
「ここは墓地だよ。まさか何も覚えてないとか言わないよね?」
目覚めたばかりのキリトはどうにも要領を得ないらしく、頓珍漢な事を口走る。
「え?何が?」
「その右手に持っているものを見れば?」
「うわっ?何だこりゃ!」
私の言葉に彼は右手に握ったままの萎びた魔界の花を見る。目にしたキリトはびっくりして反射的にそれを放り投げた。放り投げられた魔界の花はとっくに死んでおり、地面に投げつけられても復活する事はなかった。うん、これで事件は解決だね。
その後、彼もゆっくりと記憶を取り戻してやがて全ては元通りになった。依頼を無事完遂し、火の玉は改めて私達にお礼を述べる。
「今回は本当に有難うございました。これでこの霊園も静かになります」
「でもどうして魔界の植物がこんな場所に咲いていたんだろう?」
この私の素朴の疑問に火の玉は淋しそうに声のトーンを落としながら返事を返す。
「それは……全く心当たりがありません」
「じゃあ、これで終わりじゃないかもですね」
「仰る通りです……またいつどうなる事か……」
不安を煽るつもりじゃなかったんだけど、悪い事を言っちゃったかな……。辛そうにしている火の玉を見て私は自分の出した言葉を反省する。
「でもそれはそれ!これはこれ!じゃあお宝の事を教えてよ!」
状況がどうであれ、折角仕事をこなしたんだからその分の報酬は頂かないとね!私は暗い顔をする火の玉に明るく話しかける。これが良かったのか彼もすっかり調子を取り戻し、私達に天狗のお宝の情報を教えてくれた。
火の玉に見送られながら霊園を後にした私達はあまり遅くならないようにと寄り道もせず、まっすぐそれぞれの家に帰ったのだった。
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