第45話 火の玉の依頼 その3
「なーんだ、気分が悪くなるくらいなら平気だよ。まーかして!」
火の玉の語る花の注意事項が想像よりも思いの外軽かったので、私は拍子抜けしてつい大口を叩いていた。これはそんな心配するものではないなと思った私はすっかり安心してキリトに声をかける。
「じゃあ、行こっか」
「ちょい待てよ、まだ大事な事を何も聞いてないだろ?大体、その花はどこに咲いているんだ?」
私が先を急ごうとするとそれをキリトが呼び止める。そう言えば私、大事な事何も聞いていなかったよ。こう言う時、彼の慎重さは大いに役に立つね。
この質問を受けた火の玉は申し訳なさそうな声で答える。
「それは……分かりません。私も隈なく探したつもりなんですけど、見つからないんです」
「花がどこに咲いているか分からないのにその花が原因だと?」
「それは間違いありません、漂ってくる瘴気から魔界の花の成分を感じるんですから!」
火の玉とキリトの話を黙って聞いていた私はここで軽くツッコミを入れる。
「じゃあその元を辿っていけば良いんじゃ……」
「私も最初はそう思ったんです、けれど途中から瘴気が濃くなり過ぎて辿れませんでした」
「どうする?」
この火の玉の言葉を聞いた私はキリトに意見を求めた。彼は少しの間沈黙して、それから火の玉に質問を投げかける。
「今もその瘴気は漂っているのか?」
「瘴気はずっと放出しっぱなしじゃなくて、決まった時間に漂い始めます。一晩に3回……そろそろ1回目の瘴気が放たれる頃でしょう」
この言葉を聞いた彼は更に質問を続ける。
「完全な特定は出来なくても大体の方向とかは予想がつくんだろう?」
「それは……はい。こちらの方角から漂ってくるのは間違いありません」
火の玉はそう言って身体代わりの炎の一部を特定の方角になびかせる。どうやらその方向の先に目的の魔界の花があると、そう言う事のようだった。黙って話を聞いていた私はここまでの会話から得た情報の中で気になった事を口にする。
「その瘴気って私達にも感じられるのかな?」
「それは分かりません。普通の人間には感じられないとは思いますけど、貴方方はかなりこちら側の感性をお持ちのようですし……。だとしたら感知も出来るかも知れません」
「だって」
「いや、だからなんでこっちを見るんだよ?行くんだろ?早くしようぜ」
これで十分必要な情報を得たと確信したキリトは私に早く行くように促した。一歩を踏み出そうとした私はそこで火の玉にひとつお願いをする。
「あ、電気点けていい?私達、明かりがないと暗くて歩けないんだ」
「それは勿論です。私の事はどうかお構いなく……」
許可を得たのでライトのスイッチを入れかけた私は一番大事な事を聞き忘れていた事を思い出して火の玉にそれを質問をした。
「あ、最後に!その魔界の花ってひと目で分かるものなのかな?」
「私も姿は確認していないので憶測ですが、多分ひと目で分かるはずです。この世の花ではありませんからね」
これで聞きたい事は全部聞けたと思った私はようやく重い足を踏み出す事にする。ライトのスイッチを入れていざ出発だ。
「よし、行こう!」
「ちょ、ま、そんなに急いで行くなよ!」
意気揚々と私が歩き出すと、ワンテンポ遅れてキリトも後をついてくる。どうしてそうなるかと言えば、彼はライトを持って来ていなかったからだ。夜中に行動するのを分かっていながら何故そんな最低限の準備をしていなかったんだろうと思いつつ、私達は火の玉が示した方角に向かって歩いていく。
想像通り、夜の霊園はどこか不気味であまり気持の良いものではない。時折吹くどこか生暖かい風はこの季節の特徴とも言えるものだけど、場所が場所だけにただの風以上の何かを感じさせていた。
個人的に言えば普段はこう言う雰囲気の風も苦手ではないのだけど、場所が場所だけにゾワッと来るものもあるのもまた事実。私ですらこう言う感覚を覚えるのだから後ろを歩くキリトは更に怯えながら歩いているのではないだろうか。
結構長く歩いた気がするものの、魔界の花らしきものはまだ見つからない。もうすぐ山の天辺に辿り着いてしまうよ。何処かで道を間違えたのかな?
少し不安になった私は後ろを歩く彼に話しかける。
「さて、怪しげな花は見つからないね……」
「あの話、信用出来るのかな……」
私の問いかけにキリトはこの話自体を疑うような事を言って来た。その言葉に私は憤慨する。
「ここまで来てそれはないでしょ!ちゃんと探そうよ、時間はあるんだから」
「時間あるって、明日も学校あるんだぞ?」
「う……それは分かってるって……」
多少調子が戻ったのか、私の言葉にいつものキレの良いツッコミが返ってくる。少しはこの雰囲気にも慣れたのかな。私が彼の言葉に何とか返事を返した、そんな時だった。急に何か重い気配に辺りが包まれ始めたのは。
「……って、何これ?」
「このちょっと気分が悪くなる気配……これが瘴気か?」
キリトもすぐにこの異変に気付いたらしい。これが瘴気なのだとしたら、今丁度魔界の花がそれを吐き出し始めたと言う事なのだろう。私はすぐに後ろを振り向いてキリトに声をかけ、そのまま駆け出した。
「この気配を辿ろう!私達なら出来るよ!」
「だから、先に行くなって!」
この正気らしき気配を辿れば魔界の花に辿り着ける。そう信じて私達が走っていると急に持っていたライトが消えてしまった。
「あれ?電気が消えた……おかしいな、スイッチは消してないし電池がそんなすぐに切れるはずもないし……」
この緊急事態に私は足を止め、何度もライトのスイッチを押してみたり、中の電池を入れ直したりと何とか復旧出来ないか出来る事はみんな試してみる。
真っ暗になって焦っている私に対し、キリトは冷静にその原因を推測していた。
「瘴気の影響じゃないのかそれ。きっと近くに例の魔界の花があるんだ」
「でも暗くて何も分からないよ!ここまで来てそんな……」
「仕方ないな……」
私が悲痛の叫びを上げると、キリトはゴソゴソと何かをし始める。暗いのでハッキリとは分からないけど、その様子から見てどうやらポケットから何かを取り出しているみたいだった。
「えっ?ライター?」
「念の為に用意していたんだ。まさか使うとは思わなかったけど……」
キリトが取り出したのは何とライターだった。ライトは持って来なかった代わりにそんな物を持って来ていたなんて……。
でも助かったよ。どうやら炎は瘴気の影響を受けないみたい。ぼうっと浮かび上がるその明かりは、場所が墓地と言うのもあって何か霊的なものすら感じさせていた。
「ライターの火は消えないんだね」
「相手は魔界のものとは言え所詮植物、きっと火が嫌いなんだ」
キリトは炎が点いた理由をそう推測していた。明かりを持つ人物が交代したので位置関係も攻守逆転。今度はキリトが先頭を歩く事になった。こんな状況になって怖がっていないかなと思ったら、覚悟を決めたのか案外普通に歩みを進めている。ライターの炎は明るい範囲が狭いので私もピッタリと彼の後について歩いていく。
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