妖怪よろず相談所

第38話 妖怪よろず相談所 前編

「いやぁ、いい調子だねぇ」


「何が?」


 放課後、私が部室で上機嫌でつぶやいていると、キリトがさほど興味なさそうに突っ込みを入れて来た。彼は相変わらず天狗文書とにらめっこしている。

 無視しても良かったんだけど、今は機嫌がいいからそのツッコミに答えようかな。


「天狗のお宝。この調子だとすぐに集まりそうじゃん」


「まぁ、言ってみればそうかもな」


 キリトは文書から一ミリも視線をそらさずに答える。まぁ、彼はいつもこうだから今更その態度に感情を動かす事はない。私は希望的観測を持って今日もそんな展開になる事を願っていた。


「きっとまた妖怪からの依頼があるよ♪早く来ないかな」


「そんな都合良く行く訳ないだろ」


 私の願望をキリトは一言でバッサリと斬る。本当に毒舌が板についちゃったなぁ。これが本来の姿なのかも知れないけど。この会話で私達の仲が険悪になりかけたその時、鈴ちゃんがそれを防ごうと助け舟を出してくれた。


「あ、でも希望を口にするのは言霊的にはいいんですよ」


「お、鈴ちゃんいい事言うね。病は気からって言うものね」


 私が鈴ちゃんの言葉に感銘を受けて返事を返すと、またすぐにキリトからのツッコミが入る。


「それを言うなら笑う門には福来るだろ」


「意味一緒じゃん」


 いきなり揚げ足を取られた格好になった私は憤慨して言葉を返す。

 でもそこは負けていられないとキリトは自分の言葉の正しさを訴えるのだった。


「印象が違うだろ。病を気にする格言より喜びが福を呼ぶ言葉の方がイメージがいい」


「ああ、まぁ……それはそうかも」


 彼の言葉を似正しさを見出した私はちょっと悔しいけど自説を引っ込める事にする。くっ、キリトの癖に……。やり込められた私はこの雰囲気を変えようと思い、話題を切り替える事にした。


「ああ、今度はどんなお宝が手に入るかなあ」


「そう言うのを取らぬ狸の皮算用って言うんだよ」


 出たよ、どんな話題を出してもまず批判から入るやーつ。そう言うのって何て言うか現実を見過ぎいてつまらないよね。

 でもここで喧嘩腰になってまた鈴ちゃんに気を使わせるのも悪いから抑えなくちゃ。


「まぁまぁ、想像するのって楽しいじゃん。後残ってるのって……」


「残りは下駄と別の指輪と袋と蓑、それと印籠な」


 流石専門家は答えが正確で素早い。私が話題を出した瞬間に即答だったよ。キリトの出したその答えに私は指折り数えて返事をする。


「ひふうみい……まだ残り5つもあるのかあ。こりゃ先も長いねえ」


「その前に、入手方法がこれからも同じとは限らないんだからな。ちひろは簡単に考え過ぎだ」


「逆にこれからも同じパターンで全部手に入るかもだよ?」


 いつまでも言われっぱなしは癪だったので私も反撃のつもりで彼に言葉を返した。すると私の答えが楽天的過ぎたのかまたしてもツッコミが入る。


「それこそ漫画やラノベだよ」


「えっとあの、取り敢えず麦茶を飲んでください」


「おお、鈴ちゃんありがと。ああ、やっぱ夏は冷たい麦茶だねえ」


 この言葉の応酬に胸を痛めた鈴ちゃんが場の雰囲気をリセットしようと私達に麦茶を差し出した。実はこの部室、冷蔵庫があるんだよね。勿論出資者はキリトなんだけど。これから暑い夏に向けて冷蔵庫が部室にあるっていうのは嬉しい話だねえ。ここは彼に感謝しなくちゃだよ。

 とは言え、話し合いは一切妥協するつもりはないけどね。


「はい、キリトさんも」


「ありがとう」


 鈴ちゃんに麦茶を差し出されてキリトもそれを素直に受け取っていた。私の前でも素直になってくれないかねぇ。と、その時彼を問い詰める良い攻撃材料を思いついた私は早速それを彼に向けて口にする。


「って言うかさ、妖怪からの依頼待ちって状況になったのってキリトのせいだよ」


「な、なんで?!」


 おお、私からの攻撃に彼が珍しく動揺している。突っ込みは得意でも突っ込まれるのは苦手なんだな?ここはひとつ掘り下げて追求しよう。


「だってそうでしょ、折角天狗文書ってテキストがあるのにしっかり解読出来ていなから妖怪に頼る形になってるんじゃないの」


「解読は!……しっかりやってるよ……」


「おやぁ、声が小さくなっていますぞ?」


「なっ!」


 しまった、ちょっと追い込みすぎたかな?この会話の中でキリトの顔が段々赤くなっていくのが目に見えるようだった。別に喧嘩をしたくて挑発している訳じゃないんだけど、いつも正論棒で攻撃される側だったから立場が逆転して嬉しかったから調子に乗りすぎちゃったかも。

 この一触即発の雰囲気を前にそれをどうとか止めようと可愛らしい声が飛んで来た。


「け、喧嘩はやめてくださいーっ!」


「ご、ごめん鈴ちゃ……誰ですか?」


 最初は鈴ちゃんが止めてくれたものだと思っていたらその声は別の人物から発せられていた。気がつくと可愛らしい男の子が目の前にいたのだ。

 見たところ10歳位の背格好の可愛らしいこの男の子、キリトも私もどちらの知り合いでもない。と、言う事は――。


 この部室に前触れなく現れる見慣れない存在なんて妖怪に決まっている訳で。つまりはカモ――じゃない、私が待ち焦がれていた待望のお客さんの登場だった。

 私に声をかけられた男の子はうつむいてモジモジと恥ずかしそうにしながら話を始める。


「僕は……あの……お二人に相談があって来ました」


「えっと、名前を聞いてるんだけど……」


 名前を聞いたのにいきなり話の本題に入ろうとする男の子に、私は改めて名前を問いただした。すると彼はようやく私の言葉が耳に入ったのか、驚いた顔をしてそれから改めて私達に自己紹介をするのだった。


「これは失礼しました!僕の名前は豆腐小僧と言います。特に何の取り柄もない弱小妖怪です……」


「そんな、どうか自分を卑下しないでください」


 この彼のあまりの自虐的な自己紹介に鈴ちゃんが声をかける。そのやり取りを横目に、キリトが冷めた顔で冷徹に要件を聞いた。


「で、その豆腐小僧がここに何の用?」


「何でキリトが上から目線なのよ。ごめんね、こいつ、言葉を知らなくて」


「おい!」


 そのキリトの態度が気に入らなくてつい私は口を挟む。その言い方が気に障ったのか彼も負けじと私に向かって声を荒げた。

 もう、どうしていつも喧嘩腰になっちゃうんだろう。この様子を見ていた鈴ちゃんがまた私達を止めようと口を開く。


「だから喧嘩は……」


「うん、分かった。喧嘩はしないよ」


 彼女を心配させちゃいけないと思った私は、事態を穏便に済ますように努めると誓った。さて、それじゃ頭を切り替えて彼に話を聞かなくちゃだね。

 まずは一番大事なこの話題からと、私はしゃがみこんで豆腐小僧の目を見ながら尋ねる。


「ところで……ここに来たって事はお宝の事を……」


「ご、ごめんなさい!お宝については何も知らないんです!」


「えー」


 私の期待は彼の一言で見事に裏切られてしまう。ま、ここを訪れる妖怪がみんなお宝の事を知ってるって、それこそ都合の良すぎる話なのかも。

 でも今までは私達がお宝の情報を欲しているのを知って、敢えて頼み事をして来ていた訳で――。豆腐小僧がそれを知らずに部室に来たって線は考え辛い。


 手土産も何もないのに相談に来たってちょっとひどくない?そう私が思っているとまたしてもキリトから言葉のナイフが飛んで来た。

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