木霊

第28話 木霊 前編

「雨が続くねー」


「梅雨だからなぁ」


 窓の外は降り続く雨。季節は本格的に梅雨に入っていた。私は部室で何となくぼうっとしながら暇を潰している。例えば図書室で本を借りて読みふけったり、鈴ちゃんと何となく雑談を楽しんだり。彼女の話す昔の学校の話は面白くてつい聞き入っていたりするんだよね。


 勿論キリトはいつものように天狗文書の解読を続けていたのだけれど、この件については私は特に何もする事がない。餅は餅屋だからね。

 今日は朝からずっと雨の降りしきる中、窓から校庭を見たりとかしてこの雨の雰囲気を楽しんでいた。

 そんないつもの光景の中、突然鈴ちゃんが私達に声をかけて来た。


「あ、あの……」


「何?」


 窓の外を見ていた私が振り返って反応すると、彼女は申し訳なさそうに小さな声で質問をする。


「雨、お嫌い……ですか?」


「ほら、聞いてるよ」


「ちひろに聞いてるんだろ?」


 私はちょっとふざけてキリトに話を振ったものの、彼は天狗文書から目を離さずにつまらなさそうに私に言葉を返した。何だかなぁ、もっと面白い反応をして欲しかったのに。

 反対に、このやり取りを聞いていた鈴ちゃんは真面目に反応していた。


「えっと、そうです。ちひろさんに聞いていました」


 全く、鈴ちゃんは真面目なんだから。それはそうと折角名指ししてくれたんだからここはちゃんと答えないとね。私は鈴ちゃんの顔を見ながら腕組みをして少し考えをまとめてから口を開く。


「私?雨の音を聞くのは好きだよ。キリトはどうなの?」


 ついでに自分だけ答えるのもアレだからキリトにも話を振ってやった。彼は文書をじいっと見つめたまま、ぶっきらぼうにその質問に答える。


「俺はちょっとじめっとくるのが嫌かな。濡れるのも嫌だし」


「そ、そう……ですか」


 私達の雨についての意見を聞いて鈴ちゃんは複雑な表情をしていた。この感想はやっぱ雨降らし妖怪なりにショックを感じたりもしているのかな?

 私は何とかフォローしようと彼女について聞いてみる事にする。


「鈴ちゃんって雨降らしだもんね。確か雨に関係してるんだっけ?」


「あ、はい。昔の話ですが、日照りが続いた時にはよく呼ばれていました」


 この返事から考えて、どうやらこの学校が出来る前は鈴ちゃんにも立派な仕事があったらしい。雨乞いの儀式に関係していたのかな?きっと昔は神様的な扱いをされていた事もあったりするんだろうな……。ここまで考えた私はふとある事柄が思い浮かぶ。


「あ、雨女ってもしかして鈴ちゃんの仕業だったり?」


「と、とんでもない!雨女とか雨男とかそう呼ばれる人は、もっとすごい存在が守護されているんですよ」


「へー、そうなんだ」


 私の突然の思いつきは鈴ちゃんに即座に否定されてしまった。普通、雨男雨女って悪い意味で使われる事が多い呼び名だけど、この彼女の反応からして本当はとんでもないすごい存在だったりするのかな?

 私が彼女の言葉に感心していると、それまでこの会話にほぼ無反応だったキリトがボソリとつぶやいた。


「確か龍神がついてるって言うんだっけ?」


「おお、博識」


 その言葉の真偽はさておいて、余りに当然にそれっぽく言うものだから、私は素直に彼の説を受け入れていた。するとすぐにその言葉を受けて鈴ちゃんが自分の知っている事を追加して話してくれた。


「龍神様そのものではないですが、眷属の方が守護されている場合が多いです」


「眷属?」


 私は彼女の口から出てきた聞きなれない言葉に思わす聞き返す。すると何故か鈴ちゃんではなく、キリトがため息を付きながら説明してくれた。


「簡単に言えば仲間みたいなもんだよ。一族とかそう言う感じ?」


「ほーん」


 まぁ私はそこまで興味がある訳でもなかったし、そこは軽く聞き流していた。これだけ会話に混じってくるんだから作業はうまく進んでいるのかと思った私はそれとなく彼に話を振ってみる。


「ところで、解読は進んでるの?」


「ああ、雨音は落ち着くからいい……」


 ここで雨音の良さを口走った彼の言葉に鈴ちゃんは敏感に反応する。


「キリトさん、嬉しい」


 彼女は雨の良さを聞くと自分が褒められたように感じるらしい。流石は雨妖怪だね。私はすぐにそんな笑顔の鈴ちゃんに声をかけた。


「おっ、良かったじゃん。雨の良さを褒められて良かったね」


「からかうなよ……あ、あれ?どこまで読んでたんだっけ?」


 この私の反応をキリトは変に受け取ったらしい。別に私も鈴ちゃんのご機嫌を取るために彼がそう言ったとは思ってないんだけど。

 それにしてもこの反応、これは変に意識しちゃったってヤツだね。面白そうだからその線でちょっといじってやろう。


「うは、焦ってる。かーわい」


「だから、からかうなって……」


 そう言ったキリトの顔を私は横目でちらっと見る。心なしか彼の顔は赤くなっているようにも見えた。ほほほ、ウブな奴め。

 次は何と言ってキリトをからかおうかと考えていたそんな時だった。急に教室全体に違和感が走る。私は思わず声を上げた。


「あれ?」


「何か感じたな」


「お客さんですね」


 某妖怪マンガの主人公みたいにいつの間にか私達は妖怪が近くに来るとそれを感じ取れるようになっていた。何かどんどん身体が妖怪に近付いていっている気がするよ……。こう言う変化はこれからも続いていくのかなぁ……。

 今はちょっとその状態を便利にも感じているけど、自分が変わって行くと言う感覚は正直ちょっと怖く感じる部分もあった。

 この感覚を信じれば、どうも妖怪は教室の前まで来ているようだ。私達は無意識の内に妖怪が立ち止まっているであろうそのドアに注目していた。


「……」


 しばらくみんな黙って待っていたけど、妖怪はそこから全く動く気配がなかった。しびれを切らした私はポツリとつぶやく。


「入って来ないのかな?」


 それからも5分位は様子を見ていたものの、全然変化がかなったので私はこちらから動く事にした。妖怪が立ち止まっているであろう教室のドアを私は勢い良く開け放つ。

 しかしそこに妖怪がいるようには見えなかった。自分の感覚を疑いながら、念の為にとりあえず呼びかけてみる。


「おーい」


 呼びかけた瞬間、何か動く気配を感じて視線を下に下ろすと、そこには身長30cmくらいの小さな妖怪がいた。最初に気付かなかったのはただ単純に小さくて気付かなかっただけみたい。


「うわ、びしょ濡れじゃない!早く入って!」


 雨具を持っていないのか、雨に濡れてすっかりびしょ濡れのその妖怪を私は教室に招き入れる。彼は小さく会釈してそろそろと教室に入って来た。

 鈴ちゃんがタオルを用意して彼の体を拭いていく。その様子を見ていたキリトが口を開いた。


「で、お前は?」


 質問を受けた妖怪はハッキリとした口調で自己紹介をし始める。さっきまで無口だったけど、別に喋れない訳じゃなかったんだ。


「私は天狗山の森に住む木霊です」


 どうやら彼は木霊って妖怪らしい。やっほーって言うと返してくれるあの木霊かな?確か有名なアニメ映画にも出て来たっけ。確かに言われてみればそんな感じかも。

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