第29話 木霊 中編
アレと違って目の前の木霊はちゃんとした顔を持ってるところが違うけどね。
けれどそれ以上に私の耳を奪ったのは彼の言った天狗山って言葉だった。知っている地名が出て来るとテンション上がるね。
「天狗山!知ってる知ってる。私ね、そこでこの天狗の指輪を見つけたんだよ!……でもあなたは見た事ないなぁ」
この私の言葉に対して木霊はクールな瞳で私を見つめ、冷静に言葉を返した。
「それは別の天狗山です。ご存じないかも知れませんが、この辺りには天狗山と呼ばれる山は5つあるんです」
この彼の言葉を聞いて私は唖然としてしまった。あの天狗山以外に天狗山があるだなんて知らなかったからだ。私はつい元地元民であるキリトに確認を取ってみる。
「知ってた?」
「それな、天狗文書には書いてあった」
このキリトの反応から、5つの天狗山については彼も最近知った事が分かる。地元民も知らないような事なのかな?
でも文書にはその失われた他の天狗山の事も載っていると――興味を持った私はその事を詳しく聞く事にした。
「どう言う事?」
「天狗の指輪の祠があったところがまずひとつ目の天狗山。その山を中心に東西南北にある同じ規模の山も天狗山って言っていたらしい」
5つの天狗山の位置関係を彼はそう説明した。なるほど、結構単純な話なんだ。後はこの話で気になった事を追求しとくか。
「らしいって事は、今は山の名前変わってるんだ」
「まぁな。色々あったんじゃないか。知らないけど」
私達が納得したところで木霊は話の続きを話し始めた。
「私は北側の天狗山に住んでいます。それで、あなた方の噂を聞いてやって来たんです」
どうもこの木霊も何か困って私達の元に来たらしい。何だかこのパターンがテンプレになりつつあるな。一体誰が噂をばらまいているんだろう?
それはそうと困り果てた木霊の顔を見ていると、やはり気になってしまう訳で……。私は無意識の内に彼にその理由を尋ねていた。
「何かお困りなんですね。一体それは……」
私がそこまで言いかけて、すぐに横槍が入って来た。そう、キリトだ。彼は急に機嫌が悪くなって私に向かって声を荒げる。
「ちょい待ち、俺達は慈善事業で妖怪何でも相談屋をしてる訳じゃないんだぞ」
まだ木霊の依頼を受けるかどうかの段階でもないのに、キリトは話を聞く気すらないらしい。流石にそれはちょっとあんまりだと思った私は何とか彼をなだめようとする。
「まぁまぁ、折角ここまで来たんだしさ、話だけでも聞いてあげようよ」
このやり取りを聞いていた木霊は少しでも話を聞いてもらおうと言葉を続けた。
「あの……話は聞いています。天狗様のお宝をお探しになっていらっしゃるんですよね?」
やはり私達がお宝を探している事も広まっているらしい。それを知っていたからこの教室まで来ていたんだ。きっとお宝の話を出せば私達が助けてくれるぞと、そんな感じで噂が広がっているんだろう――。そこで私は木霊に質問する。
「何か知ってるんですか?」
この質問を聞いた木霊は待ってましたとばかりに口調が明るくなり、ハキハキと答える。
「はい!お願いを聞いてくださったなら、私の知っている事を全てお話します!」
「よし!やろう!」
私はこの木霊の言葉に自信を感じ、すぐに彼の言葉を信用した。
しかしキリトは当然のようにその私の決断に注文をつけてくる。
「だから、早過ぎるって何度言えば……。学習能力ないな」
「何よ!これでまたお宝コンプリートに近付くんだからいいじゃないの!」
言われっぱなしは気分が悪いので流石に私も反論したけど、彼は私の言葉を聞く耳なんて持ち合わせてはいなかった。急に席を立つと私の方に顔を向けて真剣な顔をしながら話し始める。
「いいか、俺達には出来る事と出来ない事がある!なのに話を聞く前から決断してどうする。いつもうまく行くとは限らないんだぞ!」
「そんなの、分かってるよっ」
その正論を前に私はうまく言い返す事は出来なかった。言い返しは出来なかったけど何だか悔しい……。大体慎重過ぎるんだよキリトは。責任感が強いとも言えるけど――。やれば出来るって言葉はきっと彼の辞書の中にはないね。
このやり取りを黙って聞いていた木霊は場を収めるように口を開いた。
「大丈夫です。そんなに難しい事ではありません」
「本当に?」
この木霊の言葉を聞いて思わず私は聞き返していた。少し落ち着いたところで改めて彼は話し始める。
「はい。少し話を聞いてくれますか」
「う、うん」
一体彼にどんな事情があったと言うのだろう。改めて木霊の話を聞く事になった私は思わずつばを飲み込んでいた。
「あの、その前にお茶、どうぞ」
ようやく話を聞けるような雰囲気になったところで、鈴ちゃんが彼にお茶を差し出した。こう言う気遣いが出来る彼女はやっぱり優しいなぁ。殺伐としたこの部にいなくてはいけない存在だよ。
「ああ、これはご親切に。有難うございます」
お茶を出された木霊はお礼を言いながらそれを受け取る。小さな両手でしっかりと湯呑みを持つその姿はとても可愛らしかった
木霊はちびりちびりとお茶を飲み始める。その間にかなり落ち着いたのか、彼の表情から焦りとか様々な感情は消え去ったみたいだった。
お茶を全て飲み干して、ふうとひとつ溜息をつくと彼は話し始める。
「あれは……少し前の事でした。当時私は木霊の使命に則って森の平和を守る為、パトロールをしていたのです」
「へぇ、木霊ってそんな事をしてたんだ」
「まぁ元は木の精霊だしな……」
私が木霊の仕事に感心していると、キリトがしれっと突っ込みを入れる。こう言う事に関しては彼の方が知識は詳しい。う、ちょっと悔しいぞ。
そんなやり取りをしながらも木霊の話は更に続く。
「そんなある日、いつものように泉で身を清めようと私は森の泉に出向いたのです……けれど、そこはもういつもの泉ではなかった、穢れていたのです」
「穢れていると……どうなるの?」
当然のように私はその事について質問をする。質問を受けた木霊は急に寂しそうな顔になって私に訴えかけて来た。
「穢れた泉の水を浴びると同じように私も穢れてしまいます。泉の水はやがて森全体に流れて行く事でしょう。すると最後には森全体が穢れてしまう」
「大変な事になっちゃったね。それで森全体が穢れたらどうなるの?」
森全体の穢れ、何だか響き的に大変な事になるのは分かったけど、具体的にどう言う事になるのかはまだ分からなかった。なので私は更にそれがどんな影響を及ぼすのか聞いてみる。この言葉に木霊から返って来た言葉は結構深刻なものだった。
「森全体が穢れたら、森全体の負の連鎖が加速します。やがてはそれは麓の町にも浸透してしまうでしょう。そうなれば不幸な事件や事故が増える事になります」
「え?何で?」
私はこの言葉に全く納得がいかなかった。穢れが不幸な事件を起こす?どんな因果関係があってそうなるって言うんだろう?私のこの疑問に木霊は分かり易く丁寧に説明してくれた。
「穢れが人の心を侵食していくからです。目に見えないし匂いもしない、普通の人が穢れに気付く事はありません」
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