天狗の笛

第24話 天狗の笛 その1

 その日、私達はイチの師匠の源太郎じいさんの情報を元に人里離れた野原に天狗のお宝を探しに来ていた。野原は野草が好き放題に生えていて短いものでも腰の高さはあった。そんな訳で草をかき分けながらのお宝の探索は本当に骨の折れる作業だった。


「ふぅ、一筋縄じゃいかないね」


「天狗のお宝がそんな簡単に見つかるはずがないだろ」


「そりゃそうだけどさ」


 あの後、源太郎じいさんは大雑把な場所しか教えてくれなかった。それ以上の事は知らないらしい。季節は初夏を過ぎてすっかり梅雨に突入している。

 そんな時期にこの草むらをかき分ける作業ははっきり言ってすごくキツかった。蒸し暑くて死にそう。それに空模様が既に怪しい。


「雨降りそうだけど大丈夫かな」


「予報だと40%だけど……」


 この状況に対してキリトは実際の空の様子から判断するのではなく、天気予報の降水確率の数字を信じていた。見上げれば重い雲が空一面を覆っている。

 それに彼は梅雨時の降水確率の読み方を理解していないんだ。仕方なく私はその事をキリトに告げた。


「この時期の40%は油断出来ないんだよ!あーもう、降り始めたら私帰るから!」


「好きにしろよ。俺は続けるけどな」


 どうも彼は雨が降り始めても探索を続けるらしい。まぁ、御立派な覚悟だ事。汗をタオルで拭きながら探索するキリトのその顔は真剣そのものだ。

 でも雨に濡れながら作業されたら私が困っちゃうよ。濡れながら作業なんてしてたら体を悪くしてしまうし、一緒にいたのにそれを阻止出来なかったってなったら私が罪悪感を覚えてしまうじゃない。


「ダメよ、風邪ひいたらどうするの!」


「少しくらいの雨なら平気だって」


「そう言う油断が一番危ないんだって」


 私の忠告にキリトは雨に濡れる事を舐めた発言をしていた。風邪をひいてしまってからでは遅いって言うのに。私がどうやって説得したらいいか言葉を探していると彼は独自理論を駆使して私に反論する。


「海外の人とか雨降っても基本濡れっぱなしなんだぞ、日本人は雨を怖がり過ぎなんだよ」


 この謎理論を聞いた私はちょっとにやけ顔になって皮肉っぽくキリトの理論の隙を突いた。


「へぇ~、キリトは日本人じゃなかったんだ」


「そう言う事言ってんじゃないよ、それより手を動かそうぜ」


「ま~た誤魔化すんだから」


 重箱の隅をつつくような揚げ足取りになってしまったけれど、私の言葉は彼の心に確実にダメージを与えたようだ。実際、本当に雨が降り出したらキリトがどれだけ拒もうが無理矢理にでも作業を中断させて帰らないとね。

 それはそれとして、今探しているお宝について彼は詳しい事を知っているんだろうか?私は源太郎じいさんから聞いたこの場所にヒントがあるって事しか分からないんだけど。


「ねぇ、今度のお宝って何だろうね?」


「見つかれば分かるだろ」


 私の質問にキリトはそっけない返事を返した。そりゃ見つかれば分かるけどさ……。この反応から見て、彼もここで見つかるはずのお宝の正体については何も知らないんだろう。全く、頼りないなぁ。単調な作業に飽きてきた事もあって、私はお宝についてキリトに改めて聞いてみた。


「お宝ってどんなのがあるんだっけ?今見つかっているのが指輪にうちわでしょ?」


「前に天狗文書見せてやったろ?他のお宝は服に下駄に印籠に蓑、それから別の指輪に……後は、えーと……笛だ」


 流石に当事者だけあってこの質問に対するレスポンスは早かった。その即答ぶりに私は素直に感動していた。


「おお、さっすが文書所有者!すごいじゃん」


「このくらいはきっちり覚えておいてくれよ……」


 私が褒め称えると逆に彼からお叱りの言葉が飛んで来た。どうして私が文書に書いている事柄をそんなに正確に覚えていなくちゃいけないんだろう?

 ちょっと文句のひとつでも言おうと口を開きかけて、私はお宝のある共通点に気が付いた。早速それをキリトに披露する。


「でもさ」


「え?」


 私のこの言い方に彼も食いついて来た。ようし、いい感じだ。それじゃあ早速本題に入りますぞ。


「天狗のお宝ってまるでコスプレセットだよね。ほら、服とか下駄とかさ。ちゃんと2人分用意されているのかなあ……」


 私のこの大発見を聞いた彼は感心するどころか呆れたようだった。ため息をひとつ吐き出すと、冷たい視線をこっちに向けながら口を開く。


「別に着る必要はないだろ……大体、天狗のお宝が集まっているって言う事に意味があるんだから」


 そう、文書によればお宝を集めれば天狗に会えると……確かそう言う設定だった。その内容に従えば、装着可能だとしても無理に身につける必要はない。

 それでも私はそこではいそうですかとすぐに自説を引っ込めるつもりはなかった。そこでキリトに力説する。


「でもさ、指輪もそうだったし、うちわもそうだったみたいに、残りのお宝も、えーと、あの……そう!神通力、そう言うのが宿ってるぽいじゃない?」


「まぁお宝って言うんだし、宿ってるんじゃないか?」


 ここまでは彼も普通に納得している。そりゃお宝だもんね。今後見つかるであろう残りのお宝もただのコスプレセットである訳がないよ。それでお宝が手に入ったら、好奇心が疼くもの当然の自然の摂理な訳で……。調子に乗った私はそのまま話を続ける。


「見つけたら使ってみたくなるじゃん?」


「まぁな」


 私のこの訴えも何か軽く流されてしまった。あれ?キリトはお宝そのものにはそこまで興味は抱いていない?予想した返事が帰って来なかった事で私は急にテンションが下がっちゃってこの話はここで終わってしまった。ああ、もっとお宝談義したかったのにな。


 テンションが下がったままの私はやる気もなくなって、段々とこの地味で暑くて辛い作業に嫌気が差して来た。


「でも本当、この草むらの何処にそんな物があるのよもー!」


「あーもう分かったよ、ちょっと休む?」


 私がキレ気味に愚痴を叫んだので、彼も気持ちを組んでくれたようだった。私達は休める場所に移動して、その場に座り込んでしばらく休憩する。

 持って来た鞄からお茶を取り出してコップに注ぎ、私はそれを一気に飲み干した。瞬間、水分が体を駆け巡って、苛ついていた心も少し落ち着いたような気がした。


 時期が時期なので水分を摂ればすぐに汗が噴き出してくる。タオルでそれを吹きながら私はまず根本的な疑問を口にしていた。


「大体、あの爺さんの言葉が正しいのかどうか……」


 そう、そもそも私はこの情報をくれたあの爺さん自体を少し疑っていた。だってこんな山奥の誰も知らないだだっ広い野原の、野草が生え放題のこんな無法地帯に、そもそも天狗のお宝のヒントが眠っているだなんて……。

 けれど、この私の意見にキリトは真っ向から反対する。


「いや正しいだろ、そもそも嘘をつく理由がない」


「いやいやいや、相手は化け狸の師匠ですよ?騙すのが本職じゃないですか」


 キリトがあっさりとあの化け狸師匠の事を信用しているみたいなので、私はちょっと意地悪っぽく反応してみた。勿論本心から言っている訳じゃないけど、妖怪とは言え、あんまり簡単に誰かの言葉を信用するのは危険かなってそう言う教訓を秘めた反応だった訳で。

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