第22話 化け狸の依頼 その3

「ちょ、やたら暗くない?この山道はいつもこんな風なの?」


「おかしいだべ、ここがこんな暗いはずがないべ」


 どうやらイチもこの道の異常な暗さに戸惑いを覚えているみたい。やっぱりこれは普通じゃないんだ。

 そこでふと気になった私は彼にもう少し詳しい事を聞いてみる。


「イチがこの道を通ったのは?」


「この道を前に通ったのは3年位前だべか……」


「じゃあ少なくともその3年の間に何かが……」


 3年前から今までの間にこの道中に何があったって言うんだろう?見たところ陽の光を遮るような大きな木が特別多く茂っている風でもない。

 嫌な雰囲気はさっきからずっと感じているけれど――これは一体どこから――。


「待て、何かいるぞ」


 この雰囲気の中でキリトが急に意味ありげな事を口走った。その言葉を聞いた私はすぐに身構えて辺りを警戒する。すると木々の葉っぱがざわざわと揺れ始め、緊張感は一気に高まった。

 しかしそれからも特に何も起こる気配もなく、私は警戒を解いて騒動を引き起こした張本人に声をかける。


「風じゃん。警戒し過ぎなんだよ」


 そんな感じで小さなトラブルはいくつかあったものの、山歩きは意外とスムーズに進み、やがて道は別れ道に差し掛かった。

 初めてこの道を歩く私達に正解の道が分かるはずもなく、自動的にここはイチの意見を聞く流れになる。


「あれ?おかしいだ、ここは一本道だったはずだべ」


 どうやらイチもこの道の分岐について何も知らないようだった。地元の人?が知らない道をどうやって判断すればいいんだろう。しばらく考えた私は増えた道を判断するのにいい方法を思いついた。


「で?どっちが古い道か分かる?」


「さっぱり見当付かないだよ……おかしい、何でだべ」


 確かイチは3年前にはこの道を通っているはず。その頃の記憶が全然ないなんて事が有り得るんだろうか?もしそれがありえるとしたら――。


「これ、化かされてるのかも」


 私の口からポロッと出たその言葉は、この依頼が化け狸からのものだと言う事を思い出した上でのものだった。この私の言葉を聞いたイチは、何かに気付いたようなドキッとした顔になって言葉を漏らした。


「まさか、師匠が?」


 ここに来て自分の師匠がこの道を通る誰かを混乱させようとして幻術を使っている可能性が出て来て、イチは迷い始めた。この別れ道のどちらかに進めば師匠への手がかりが掴めるのかも知れない。

 しかしそれがどちらの道なのか――師匠の弟子であるイチにもその答えは即断出来るものではなかった。


 あんまり足止めの時間が長くなったので、痺れを切らしたキリトが声を荒げる。


「で、どっちに進むんだ?」


「ここはイチに決めてもらいましょ、それが正しいみたいだし」


 私はこの道の選択をイチに任す事にした。私達が勝手に選ぶよりその方が正解に近いと思ったからだ。

 イチは私のこの決断を聞いて真剣に悩み始めた。背後の、特にキリトのプレッシャーがすごく、彼は即断を迫られる。


「何か責任重大だべな……」


 首をひねったり指に唾を付けたりと、イチは考えられる様々な方法を駆使して自らの進むべき道を検討する。色々悩みつつも結局最後は自分の勘に頼る事にしたようだった。


「分かっただ!折角だからオラはこの右の道を行くだよ!」


「良し!行こう!」


 そうしてイチが決めた道を私達は歩き始める。さて、鬼が出るか蛇が出るか。注意しながら歩いていくと、暗かった雰囲気が段々明るくなってくるのを感じた。心なしか足取りも軽くなったような気がする。心も軽くなって、さっきまで感じていた不安感が嘘のようだった。

 やがて道の先が見えて来た。ついに山道を抜けたのだ。目の前には素晴らしい山頂の景色が広がっている。


「うーん、いい空気!」


 私は重苦しい気配から抜けだした開放感から思いっきり背伸びして自由を謳歌していた。と、その時、キリトが不意に口を開く。


「なぁ、考えてみたらこの道って選んだらいけないヤツじゃなかったのか?」


「ちゃんと奥の山に通じる道に辿り着いたのにだべか?」


 この彼の言葉にイチは疑問を覚えていた。上手く山道を抜けた事でイチは本来の目的を一時的に忘れてしまったらしい。キリトはこのままイチに話を続けても埒が明かないと今度は私に質問を投げかけて来た。


「ちひろのその勘は今どうなってる?」


「うん、今は何も感じないねえ」


「そら見ろ、戻ってやり直しだよ」


 キリトが言いたいのはこうだ。あの怪しげな別れ道で選んではいけない道は本来のルートに繋がる道だった。新しく別れた方の道を進めば、そこにはいなくなったイチの師匠に関する何らかの手がかりが見つかったに違いないと。

 この彼の言葉の真意が分かるとイチは素直に謝った。


「ああっ!ごめんなさいだべ」


「いや、そんなに落ち込まないで。間違いなんてどんまいだよ」


「そう言ってくれると有り難いべ」


 ここでイチをあんまり責めるのも違うと思った私は彼を慰めた。間違いなんて誰にでもある。大事なのは同じ間違いを繰り返さない事。

 私達はすぐに来た道を引き返してあの分岐点の場所まで戻って来た。普通の分岐点じゃない事を示すようにその道の形はさっきとは微妙に違うような気がしていた。


「ここ……だったよな?」


 キリトもさっき見た時と違う別れ道の違和感に戸惑っている。


「道の分岐自体はあるけど、さっきと違うような?」


 私もこの違和感に対して思った事を素直に口に出していた。これじゃあイチに選んでもらうにしても、また選んではいけない正しい道を選んでしまう可能性がある。うーん……正直、何度も騙されるのは嫌だなぁ。


 私達が次の手を考えあぐねている中、イチは自信を持って一本の道を指し示しす。


「分かっただ!きっと怪しいのはこの道だべ!」


 彼が急に正解ルートを何の迷いもなく導き出した事に対して、私はその根拠をイチに尋ねる。


「え?どうしてこの道を?」


「さっき正しい道を選んでしまったのは、実は怪しさを感じない方を選んでしまったからだべ。今度はしっかり怪しい方を選んだだ」


 なるほど、さっきも今もイチはイチなりに根拠があって道を選んでいたんだ。だからこそ別の道を選ぶのに悩む事はなかったと。私はこの意見を聞いてひとりウンウンとうなずいていた。


「なるほど……でも……」


 納得はしたものの、相手が騙しているの言うのなら、またその裏をかいて正しいルートを選ばされる可能性もある。判断は慎重にしなくちゃと、私はイチの示した道に進むと言う事をすぐに行動に移せないでいた。


 そんな私の優柔不断な態度を見て、今度は逆にキリトが意見を述べる。


「行ってみようぜ、ここまで来たんだし」


 意見が2対1になり、多数決の法則で私達はイチの示した道へと進む事になった。道を歩きながら私はふと頭に浮かんだ事を口にする。


「ねぇ……もしこっちが在り得ない場所を歩かされているのだとして、安全な道なのかな?」


「今更泣き言を言っても仕方ないぞ、それに……」


「それに?」


 キリトのこのもったいぶった言い方に興味を惹かれた私は思わず聞き返していた。化かされているとしてその対処に彼はどんな秘策を思いついたって言うんだろう……。願わくばその方法が私を納得させるほどのちゃんとしたものでありますように。


「やばくなったら飛べばいい」


「あ、そっか」


 キリトの言う意外過ぎる方法に私はポンと手を打った。

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