第21話 化け狸の依頼 その2

「で、師匠っていつからいなくなったの?」


「ひと月前くらいだべ」


 ここでキリトがこの会話に割り込んで来た。お、やる気が出て来たのかな?


「師匠ってどんな感じのヤツなんだ?」


「師匠は一風変わっていて、いつもオラをからかっていただよ。でも化ける技術は仲間内でも群を抜いていて……」


 イチの師匠自慢はそこから延々と続いてしまった。無碍に話を切る訳にも行かず、私達は顔を見合わせて思わず苦笑い。20分位話が続いたところで痺れを切らしたキリトが流れを断ち切る為に新しい質問をする。


「一応聞いておくけど、師匠も狸なんだよな」


「当たり前だべ!」


 キリトにこの質問にイチは声を荒げて返事をした。ちょっと怒らせてしまったかな?別に他意のない質問だったとは思うけど。それから私はこの室内に怪しい物がないか探し始めた。彼の師匠の失踪に繋がるヒントのようなものがこの部屋の何処かにないかと思って。


 部屋をよく見るとあからさまに怪しい物が私の目に飛び込んで来た。そのシルエットはまさに狸そのものだ。あんまり堂々としていたから逆に全くおかしく見えなかった。あれってもしかして……。私はすぐにそれを指差してイチに声をかける。


「あれは?」


「これはただの狸の置物だべ」


 あらら……ただの置物だったか。一応置き換わってるかも知れないと、その置物を調べてみたけど、やっぱりそれは紛う事のないただの狸の置物だった。残念。

 結局この室内にそれ以外特に怪しい物が見つからなかったので私はキリトに助けを求めた。


「ねぇ、この家にヒントがあると思う?」


「お前、自信があったんじゃなかったのか?」


 私の言葉にキリトは冷たく返して来た。何よ、その態度は。

 でもこう言う返ししか出来ないって事は、彼も何の手がかりも掴めていないって事だよね。うーん、手詰まりだなぁ。


「家に着いたら何か分かると思っていたんだけどさ、自信なくなっちゃった」


「ほれみろ。安易に首を突っ込んでいい問題じゃなかったんだよ」


「でも何とかしたいじゃないの」


 最初から乗り気じゃなかったキリトは、全く話が進まない事ですっかりやる気なしモードになっていた。ここまで歩いて来て、ここまで苦労してすぐに諦めてそれで成果がないだなんて、そんな勿体ない事言わないでよ……。

 うーん、どうすれば彼をやる気にさせられるんだろう。


 キリトは何とかこの事件を解決したい私に対して正論っぽい事を言って来る。


「思うだけで問題が解決したら世話ないんだよ。得意の予知夢にでも頼ってみるか?」


「くっ……」


 この言葉に私は何も言い返せないでいた。悔しいな……。

 でもそんなにすぐに解決するようならきっとイチが自力で何とかしちゃってるよ。この問題はもっと時間をかけて丁寧に対処しなくちゃいけないんだ。

 私達のこの不毛なやり取りを聞いてイチが不安そうに私に話しかけて来た。


「やっぱり、何も分からないだべか」


 イチのこの困った顔を見ると、どうしても彼を助けたくなってくる。謎が解けないのはきっと情報がまだ足りないんだ。情報が増えればきっとヒントが何か見つかるはず。私はもっと情報が欲しいとイチに師匠の情報を再度求める事にした。


「あの、師匠がいなくなる前に何か気付くような事はなかった?例えば変によそよそしかったとか……」


「全然いつもと変わらなかっただ」


 その言葉の通りに失踪前にその予兆を見せなかったとなると――これは意図的な失踪ではないのかも知れない。


「もしかして……何か事件とかに巻き込まれたのかも?」


「そうだとしても何か痕跡とか見つからなかったら俺らには無理だろ……」


 私のこの推測に対して、またしてもキリトがツッコミを入れて来た。だから出来る出来ないの判断が早過ぎるってば。


「じゃあその痕跡を……探し出す!」


 私は彼の言葉を挑発と受け取った。ならばその勝負、受けてやろうじゃないの。

 取り敢えず私は一旦深呼吸して心を落ち着かせると、真剣に室内を見渡し、少しの違和感も見逃さないように集中して現場をくまなくチェックし始める。その真剣さに近くにいたイチも思わず言葉を漏らしていた。


「な、何だべ……」


「じっと見ていれば何か見つかるってもんでもないだろ……」


 この私の真剣行為にもキリトはすぐにツッコミを入れて来た。いいよね、文句を言うだけの立場の人は。少しは私と同じくらい真剣に考えて欲しいもんだよ。

 一見あまり意味のないように見えるこの行為も、心を研ぎ澄ませる事で感度が上がったのか段々何かを感じられるようになっていた。


「いや、何か見えてきた気がする……イチの師匠は……家じゃないね、これは」


「何か分かっただべか?」


 私のこの言葉にイチも興味深そうに聞いて来た。間違いない、この感覚は確かなものだ。イチの質問に私は静かにうなずいて外に出た。

 もしかしたらこれも天狗の指輪の効果かも知れない。あの時妖怪が見えるようになったみたいに他の何かを感じる感度が上がったのかも。


 梯子を降りて地面に降り立った私は確認の為に再度イチに尋ねた。


「ところでイチ、他の狸仲間は?」


「他の仲間は山をまた3つ奥に行った先だべ。ここにいた狸はオラと師匠だけだ」


「そっか、有難う」


 となると、今感じるこの感覚はイチの師匠のものである可能性が高いな。私は自分の感覚を信じて結論を言った。


「師匠はこっちの方角にいるよ」


 私はひとりうなずくと、その感覚が続く山の方向に顔を向けて指を指す。この言動に疑いを持ったのか、キリトが私に質問して来た。


「本当に何か見えているのか?」


「雰囲気の残り香みたいなのが分かる気がするんだよ……気のせいかも知れないけど」


「じゃあその野生の勘みたいなのに頼ってみるか?」


「だ、大丈夫なんだべ?」


 キリトもイチもこの私の行動に半信半疑らしい。私はこの2人の態度に段々腹が立って来た。人に頼っておきながら、何か行動を起こしても自分が納得出来ないとそれをすぐに否定する。そんなだから結局何も進展しなかったんじゃないのかな。文句ばかり言って動こうとしない2人を前に私は啖呵を切った。


「2人共、信用しないならここで待っててよ。私は行くよ!」


「ばっ、ひとりじゃ危ないだろ。俺も行くって」


「お2人が行くならお伴するべ!」


 私がキレてひとりで山道を歩こうとすると、慌てて2人が走って付いて来た。内心私はそうなってホッと胸をなでおろしていた。あのまま2人が付いて来なかったら途中でいじけて何もかも放り投げて帰ってしまっていたかも知れない。結果オーライだね。


「うーん、この道が怪しいよ、うん」


「イチ、この道の先には何があるんだ?」


「この道はその奥の山に続いているだけだべ」


 イチはこの道が特別な道ではないって事が言いたいんだろう。多分ただの通り道に師匠の手がかりがあるなんて思っていないんだ。

 でも私の超感覚はこの道に確かにイチと同じ化け狸の雰囲気を感じるんだ。ここまで来たら私だけでもこの感覚を最後まで信じるしかないね。


 私が自分を信じて歩き続けていると、辺りがやたらと暗くなって来た。急に不安になった私は後ろを歩くイチに尋ねる。

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