第6話 天狗文書

「これを読んで欲しいんだ」


 さんざんもたついた後にキリトは私に例の古文書を見せて来た。


「これってあの時見せてくれた古文書じゃないの……読める訳ないって」


「じゃあ見てみて」


「……」


 急かされたので取り敢えずまた眺めてみる。うん、やっぱり相変わらず謎の記号が並んでいるだけだわ。

 キリトは私に何をさせたいって言うんだろう?


「やっぱり読めないよ」


「でも俺にはしっかり読めるんだ」


「それはあなたが前からこれを研究していたからでしょ」


 キリトの問いかけに私は当然過ぎるツッコミを入れる。

 けれど彼から返って来た返事は違っていた。


「俺も前は断片的にしか読めなかった……前と今とで何かが変わったよね?」


「何よ、ハッキリ言いなさいよ」


 なんで彼がこんなに説明をもったいぶるのか私には分からなかった。多分、何とか察して欲しかったんだろうなぁ。

 でも私がそんなのに付き合う義理は別にないよね。


 私がイライラしているとキリトはまたゴソゴソと鞄の中を漁り始めた。そうしてしばらくして私にそれを見せつける。


「これだよ」


 そう言ったキリトが見せて来たのは例の指輪だった。彼はすぐにその指輪を指にはめる。

 あの指輪、学校に持って来ていたんだ。まぁ……、私も一応持ち歩いてはいるけど。


「指輪?指輪をつけて読めって事?」


「そう、指輪をつけたまま古文書を開いたら、不思議な事に文字が分かるようになっていたんだ」


「なら最初からそう言いなさいよ、勿体つけちゃって」


「ごめん……」


 私のイライラもキリトが素直に謝ったからどーでも良くなっていた。彼、敢えて遠まわしに言いたいお年頃なのかな……。あー面倒臭い。

 取り敢えず彼の言葉が正しいのかどうか、私も指輪をつけて確かめてみる事にした。


「えーっと……」


 いつも持ち歩いている小物入れの中から指輪を取り出して指にはめる。今まで学校で指輪をつける事はなかったけど、まさかこんな時に役に立つとは。

 本当、人生って何が起こるか分からないね。


「これでいいのね」


「俺の推測が正しければ、指輪をつけた君ならこの文書が読めるはずだよ」


「そんな指輪をつけただけで……嘘……」


 半信半疑だったけど、本当に今度はあの文書の文字が読める。えっ?本当に意味が分からない。

 つまりこれってどう言う事?この指輪って――。


「やっぱり読める?やった!俺の仮説は正しかった!」


 指輪をつけた私が文書を読めた事で、キリトはテストのヤマが当たったみたいに喜んでいる。どうもこの反応からして、私が指輪をして文書が読めるようになるって主張はあんまり自信がなかったものなんだろう。

 私は彼の実験に付き合わされたような気がして、少し気を悪くした。


「あんた、自分の考えを証明したいだけにこんな……」


「違う違う!しっかり読んでよ!大事な事が書いてあるから」


 キリトはやたらこの本を読めって薦めてくる。読めるようになったのと読むのはまた別問題だよ。

 だってこの文書に書いてある言葉って、さっきのキリトみたいに訳の分からない言い回しばかりで素直に書いてないんだもん。


「何かこれ面倒臭い言い回しが多くてしんどいよ……。読んだんなら答えを言いなさいよ」


「原書で読むからしっかり意味が伝わるのに……。仕方ない、該当の部分はここ」


 どうしても自分で読んで欲しいのかキリトは大事な部分を指さして読むように薦めてくる。何か指図されているみたいであまり気は進まないけど、その部分を読んでみると――。


 天狗の宝その身に付けよ

 さすればやがて身体は馴染み

 天狗の力を得るものなり

 天狗の力を宿しその身の内

 程なくして天狗へと変わらん


「えっ……。これはつまりどう言う事?」


「この力は天狗の力――この力に目覚めたものはやがて天狗になるって事だよ」


「天狗って、あの妖怪の背中に翼が生えていて鼻が長いやつ?」


「そうそれ」


 私の質問をキリトはあっさりと肯定した。この指輪を使う事で私の身体が天狗に?

 ちょっと待って!そんなの冗談じゃないよ!

 って言うかこの本に書いてある事って本当なの?


 彼の話を聞いて私は頭にはてなマークが沢山並んでしまった。なのでキリトにそれを全部ぶつける事にする。


「そもそもこれってなんなの?」


「これは天狗文書――我が一族に伝わる古文書――原本じゃないけどね」


「……?」


「事の謂れはこうだよ……」


 キリトの話によると


 昔キリトのご先祖様が傷ついた天狗を山で助けた事から始まる。

 助けられた天狗がお礼に願いを叶えてやると言うのでご先祖様は天狗になりたいってお願いをした。

 その願いを聞き入れた天狗が寄越したのがこの天狗文書と言う事だった。


 天狗文書は元々本家に家宝として保管していたものだったんだけど、キリトの一族が分家として別れる時に一族としての証が欲しいと、書き写して写本として残したのがこの本。

 本家の方はその後の動乱とか色々あって残念ながら滅亡してしまったらしい。


「で、そのご先祖様が天狗になる望みを叶える為に、天狗がこの指輪を用意してたって事?」


「多分」


「じゃあどうしてそんな厄介なものが私の夢に……」


「そんな事は知らないよ……それはそっちの事情じゃん」


 まぁ、それもそうか……。

 でも何で私他人の事情に首を突っ込むような夢を見てしまったんだろう。

 予知夢は見るものじゃなくて見せられるものだから……もしかしてキリトのご先祖様が?……って、そんな事はないか。私はキリトとはあの山で会うまで何の繋がりもなかったし。


 まぁ、答えの出ない事を延々と考えていても時間の無駄かな。取り敢えずは今後の事を前向きに考えないと。


「で……?指輪の力に目覚めた私達は天狗になっちゃうの?今から返してもダメ?」


「翼出ちゃったし。それに適正なら白黒両方出せたちひろさんの方が……」


 これって、キリトにとってはもう確定事項のような扱いになってるのか。もしかしてキリトはご先祖様みたいに天狗になりたがっているとか?

 私は嫌だよ!背中に翼はいいけどまだ人間のままでいたいよ。うーん、何か人間のままでいられる方法ってないのかなあ。


「その本には他に何て書いてあるの」


「読めるんだから読めば」


「読んだんだったら教えなさいよ!」


 飽くまでも本を読めって言うキリトに、私はまたちょっとイラッとしてしまった。どうしてそんなにまどろっこしい事を私にさせようとするんだろう?

 自分から話を振っておいて……。大体、そっちの事情に巻き込まれたのは私の方なんだから、分かっている事は全部分かりやすく教えてくれるのが筋だよね。


「……この本には他の天狗のお宝の所在も書いてあるんだ」


「へぇ、指輪以外もあるんだ……って、今大事なのはそこじゃないでしょ」


 私の反応に驚いたのかキリトはやっと要点を話してくれた。全く……最初からそうしてくれればいいのに。

 でも一番知りたい事はすぐには話してくれない……意地悪だなぁ。


「いや、実は結構大事な事なんだ」


キリトは真面目な顔をしてそう力説する。


「何で?」


 私はまだ要領を得られずにぼけっと言葉を返した。この質問に彼はニヤリと笑って話の核心を告げる。


「天狗化を止めるためにね」


「何で?って言うかやっぱり止められるんじゃん!そっちを早く言ってよ」


 キリトは言うにはこの天狗化を止める事は出来るらしい。ま、そうでもなけりゃここまで長々と話をする事なんてないよね。

 でも何だか手続きが難しそう……。キリトは更に説明を続ける。


「天狗化を止めるには天狗の里に行って天狗の大将にお願いするしかないんだ」


「待って……。天狗の里なんてどこにあるの?」


 えぇ……急に話が荒唐無稽になって来たぞ。何?天狗の里って……。私の質問にキリトはすごく真面目な顔をして文書から紐解いた里の詳細を語った。


「天狗の里は天狗しか入れない天狗の聖地……。普通の人間が行ける場所じゃない」


「じゃあどうやって?」


「そこで他の天狗のお宝だよ……。全部揃えれば天狗の許しがもらえて、天狗の里に行けるようになるらしい」


 なるほど……。そう言う事ね。それで話は繋がったよ。何だか色々と面倒な事になっちゃったなぁ。

 そしてその感想がつい私の口から漏れていた。


「……何かそれってゲームのクエストみたい」


「今となっては巻き込んでしまって悪かったと思ってる……。あの時、もっと解読が進んでいたら君を止められたのに」


「いやいや、あの時の私はどんな妨害があっても指輪を手に入れていたと思うよ、それより前を向こう!」


 過ぎてしまった事を後悔しても仕方ないしね。それより今は出来る事をしなくっちゃ。それが困難な道でもそこに可能性があるって言うのなら――。

 キリトは私に改めて私に協力を要請してきた。


「手伝ってくれる?」


「これは私の問題でもあるしね……。仕方ないなぁ」


 こうして私は天狗のお宝探しと言う困難なミッションを遂行しなくてはならなくなってしまった。実際天狗化がどんな現象を巻き起こすのかは、まだ始まってもいない状態ではよく分からない。

 けれど起こってしまってからでは遅過ぎるし、文書が読めた以上はこの話を信用するしかない。今私が出来る事と言えば、残りの天狗のお宝がみんな手に入りやすいものである事を願うくらいだった。

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