第4話 お宝の正体

「この指輪が……っ!お宝っ!」


 私は思わずその指輪を指にはめた。その瞬間、何か不思議な力が私の体を駆け巡って私の体に異変が起こった。


 ブワッ!


「おまっ……それっ……」


「え……っ?」


 私の姿を見たキリトが驚嘆の声を上げる。


「翼……」


 そう、私の背中に翼が生えていたのだ。これが指輪に秘められた不思議な力なのだろう。

 そこで私ははめていた指輪を外してみた。


「あ……」


 指輪を外すと背中の違和感は消えた。つまり、指輪を装着すると背中に翼が発生する仕組みのようだ。


「マジかよ……」


 その様子を見たキリトは腰を抜かしている。こいつ、案外ヘタレなんだな。

 見た目結構芯がありそうに見えたのに。


 そこで私はもうひとつの指輪の方も試す事にした。もしかしたら今度はまた別のものでも生えてくるのかも知れない。

 そう、例えば……角とか?


 ブワッ!


 けれど、もう一つの指輪の能力も背中に翼を生やすものだった。その結果に私は何だか少し残念な気持ちになってしまった。

 折角指輪が2つあるんだから、どうせならその能力ももっと別のものだと良かったのに。

 それで結局この2つの指輪の能力の違いって何だろう?


「今度は黒い翼……」


 へたり込んだキリトがつぶやく。


「ん?そうなの?」


 どうやらこっちの指輪で生えるのは黒い翼のようだ。私は少し翼を動かしてその色の確認をする。確かにそれは黒い翼だった。

 翼を動かすのは少し意識すれば簡単に出来た。動かしている内に、すぐ自分の手足と同じように感覚で動かせるようになっていた。

 これは……少し訓練したら空を飛べるかも。


「このお宝は渡せないっ!」


 私が背中の翼を意識していると急にキリトが襲いかかってきた。


「キャッ!」


 そして私が手にしていた白い翼の出る方の指輪を私の手からかっさらった。


「何すんのよ!2つあるんだから欲しい方をあげるわよ!」


「2つとも我が一族に伝わるお宝だ!どっちも渡さん!」


 キリトはそう言いながら自分の指に指輪を装着した。


 ……けれど、キリトの背中に翼は生えなかった。

 辺りに立ち込める奇妙な沈黙……。


「な、なんで?」


 キリトは混乱していた。この指輪が一族のお宝なら、彼に反応が出ないのはどうにも説明がつかない。

 そもそも無関係のはずの私はしっかり反応している。

 これは一体……?


「もしかして、このお宝自体君の一族の物じゃないんじゃないの?」


「そ、そんなはずはない!」


「だって私はどっちも翼を出せたよ……夢のお告げは当たってたし」


「くっ……」


 キリトはすごく悔しい顔をしていた。そして何とかして翼を出そうと気合を入れて頑張っていた。


「うおおおおお!」


 私はしばらくそれを見ていたけど、一向にキリトの背中から翼の出る気配はなかった。あんまり頑張っているので、その姿を見た私はチャンスをあげてみようと彼に声かける。


「ねぇ……」


「何だよ……」


 翼が出なくてキリトはすっかりすねている。こいつ…結構器が小さいな…。


「結局ずっと頑張っても翼は出ないと思うよ?」


「うるさいっ!」


「だから、チャンスをあげるよ」


「はぁ?」


 私の言葉にキリトは納得がいっていないようだった。私は彼の態度を気にせずに話を続ける。


「今私がつけているこの指輪、これを試してみてよ。こっちなら反応するかも」


「あ、ああ……」


「あ、でもそっちの指輪と交換ね!」


 私は指輪を外して彼に渡した。キリトも条件を飲んで私に指輪を渡す。私から黒い翼が出る方の指輪を受け取った彼は恐る恐るそれを自分の指に装着した。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。


 ブワッ!


「おおっ!」


 キリトの背中に生える黒い翼。どうやら彼にはこっちの指輪の方が相性がいいみたい。


「これで決まりね!それ、あなたにあげる!」


 私はそう宣言して、白い翼が出る方の指輪を指に装着した。装着した途端、私の背中に翼が生える。


「ま、待てっ!だからこのお宝は」


「この場所は私が見つけたのよ!私にも権利あるでしょ!」


「ぐ……」


「大事にするからさ……いいでしょ?」


「ま……まぁ……貸しだぞ!貸すだけだからな!」


 私の頼みにキリトは顔を赤らめながらそう答えた。こいつ……女子に免疫がないな。

 私はその様子がおかしくて、つい笑ってしまった。


「わ、笑うなっ!」


 騒動も落ち着いたと言う事で、私はこの翼を体に馴染ませる事にした。翼を自分の体と同じように自在に動かせるように、何度も動かしてその感覚を覚えていく。


 バサッバサッ!


 頭の中に羽ばたく鳥の翼の動きをイメージする。そうやって私が翼を動かしていると、やがて周囲に風が発生し始めた。


「な、何をしてるんだよっ!」


 私のこの行為で舞い上がった土埃を腕でガードしながらキリトが叫ぶ。

 えぇ……?見て分かんないかなぁ……。


「勿論飛ぶ練習だよ……背中に翼があったら飛ばなきゃ嘘でしょ?」


「お前……」


 私の返事にキリトが呆れた顔をしている。え?何?私の考えって変なの?

 ただ背中に翼が生えているだけだなんてちょっと良く出来たコスプレじゃん。


「自在に動かせる翼があるなら空を飛ばなきゃ!」


 私はそう言って空を飛ぶイメージを反芻していた。私は飛べる!飛べて当然!

 自己暗示もしっかり掛けた。

 え?どうしてそんなに自信があるかって?だってこの事は夢に見ていたから!

 私の予知夢が外れるなんてありあえない!


 ゴオッ!


 その時、不意に不思議な風が吹いてきた。私の背中の翼はその風を上手く掴み取る事が出来た。それが偶然なのか、必然なのかは分からない。

 でも結果的に私はその風を上手く利用して――。


 ふわっ……。


 次の瞬間、私の足は地面から浮いていた。そのまま私は翼を使ってもっともっと高く飛び上がった。


「マジかよ……」


 飛んでいく私の姿を見たキリトは、ただ声を漏らすだけだった。


「キリトもおいでよ!」


「お……おう……」


 私が空を飛んだのを見て、キリトも懸命に背中の翼を動かしている。ふふ……上からその姿を見下ろすとちょっと面白い。

 やっぱりすぐには慣れないのか、羽を自在に動かす事すら苦労しているみたいだった。


 一方、一度空を飛ぶ感覚を掴んだ私は色んな飛び方に挑戦していた。

 急上昇、急下降、きりもみ、滑空……試せば試すほど翼の感覚が体に馴染んでいくのが分かった。


「早くおいでよー♪たーのしぃーよー♪」


「ぐぬぬ……」


 挑発するつもりはなく、純粋に楽しいからそう言っただけなんだけど、キリトはどうも私の言葉をそうは受け取らなかったみたい。


「そこで見てろよっ!」


 怒ったようにそう叫ぶキリトの声は震えている。ああ……勝手に勘違いして切れる男子って困ったものだわ……。


 空を飛びながら街の景色を見ると、ちょうど空が赤く染まり始めていた。上空から眺める夕暮れに沈むその景色はとても美しいものだった。


 ハァ……ハァ……


 私が夕暮れの景色に見とれていると、背後から怪しげな息遣いが聞こえてきた。うそ?やだ?こんな上空に変態?

 私が驚いて振り返ると、そこには何とか頑張って空を飛べるようになったキリトがいた。


「どうだ……。俺も飛べたぞ」


 その顔は既に疲労こんぱいの御様子……本当に負けず嫌いなんだなぁ……。

 でもその頑張りがまた微笑ましかったので、私も彼を称える事にする。


「あら♪おめでとう♡」


「ばっ、バカにしてっ!」


「そんな事ないよ?」


「ふ、ふんっ!」


 私の言葉を受けてキリトは私から顔を逸らした。その顔が赤かったのは夕暮れのせいなのか、それとも――。


 空が赤く染まれば暗くなるのも早いって事で、私はそろそろ帰る事にした。


「じゃ、私は帰るから。じゃあね」


「え?ちょ……」


 本当は飛んだまま家に帰っても面白いと思ったけど、どの方向に飛んだら家に帰れるのか自信もなかったので、とりあえずは山から下の道に降りてそこからまたバスで帰る事にした。

 私が迷いなく下の道に降りていったのでキリトも最初は戸惑っていたけど、結局彼も私の後をついて来ていた。


 すたっ。


 地面に降りた私が翼をたたむと翼自体が背中にみんな収まってしまった。つまり他人からも翼が見えなくなったって事。

 うわ、これ便利だわぁ。


 もう一度意識するとまた普通に翼が出て来る。しばらく私は背中の翼を出したり収めたりしてその感覚を楽しんでいた。


「何やってんだよ……」


 私のその様子を見てキリトが呆れたようにつぶやいた。


「あ、降りて来たんだ」


「俺もこのバスで来たからな」


「そうだったんだ。途中まで一緒だね」


「う……」


 私がキリトに笑いかけると、やっぱり彼は顔を逸らしていた。ふふ、本当に可愛いやつめ。


 そうやって遊んでいるとバスがやって来た。私とキリトは仲良くバスに乗って――そして別々の席に座った。ま、普通そうなるよね。

 キリトはある程度進んだ所で先に降りて、私は終点間際の最寄りのバス停で降りた。


 これで別れるのも少し寂しい気もしたけど、今日偶然出会ったばかりの薄い関係でそれ以上でもそれ以下でもなかったので、結局お互いに連絡先を交換する事もなく私達は普通に別れていった。


 バスを降りた後にふと見上げると空はすっかり濃い群青色に染まっていた。

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