パンツの神様

森林 貝(ごりら)

第1話 転生、できたらいいのにね

 人生は一度きり。後戻りはできなくて、かといって未来を見ることもできない。人はそれがわかっていても、それでも時折、過去に戻りたがったり、未来を知りたがったりする。今の自分とは違う自分を望んだりする。


 それはもちろん、大多数の人間の生涯が、その人の思った通りにいかないからだ。

 俺もその一人だった。人生上手くいかないことのオンパレード。彼女いない歴=年齢。就活に失敗してフリーター。親の脛かじり。天パ。高校の時、女子に陰で呼ばれてたあだ名は「陰毛骸骨」。


 そんな俺が人生で初めて、そして最後の、良い行いをした。


 俺は、日課である「彼女が暴漢に襲われたときのための格闘術」の練習を終え、公園が見渡せるベンチで休憩していた。最近重点的に練習している「思わぬ反撃に暴漢が激高し、取り出したナイフを左の手刀で払いのけてからの渾身の右ストレート」のシミュレーションが完璧に成功し、気分が良かったのを覚えている。青天を仰ぎながら、丸二日間迷っているエロゲの選択肢は果たしてウィンナーかソーセージのどちらが正解なのか、どうでもいいような思索に耽っていた俺を現実に引き戻したのは、ミシミシという何かが壊れる前兆のような異音だった。


 (俺、ベンチ壊すほど太ったかな?)


 ふと思ったが、体重48キロの俺がベンチを壊す可能性はかなり低い。それに、音がするのは下からじゃない。上か、横か。辺りを見渡すと、公園の外周に植えられているケヤキの内のすぐ近くの一本が、不自然に折れ曲がっていることに気が付いた。その幹の倒れる先には、一人の女の子が。あの木が折れれば確実に潰される。彼女はそれに、まるで気付く様子もなかった。


 この時俺は、正直なところ、チャンスだと思った。颯爽とあの子を救えば、きっと俺はあの子にとってのヒーローになれるかもしれない。誰にも褒められたことのない俺のことを、みんなが賞賛してくれるかもしれない。邪な正義感が俺を包んだ。


 俺は既にこの時点で間違いを犯していた。

 俺はそもそもヒーローと呼ばれるような人間じゃなかった。それなりの努力もしていない、甘い考えの、ただのフリーターだった。


 気付けば俺は駆け出していた。決して速くはなかったが、十分間に合う速度だった。

 グシャリ。人体の潰れる音が、自分の体から発せられたものだと理解するのに数秒かかった。実際にはもっと短かったかもしれない。しかし俺にとっては、永遠に続くかのような、数秒だった。

 倒れそうな木に気付いて驚き、足のすくんだ女の子を押し飛ばして、俺はその場に倒れこんだ。結果として俺がその木に潰された。動けない。ものすごく痛いし、苦しい。それに、少し寒かった。


 最期、薄れゆく視界に映ったのは、彼氏と思わしき男に駆け寄り、抱きつく女の子の姿。


 あれ、思ってたのと違うな。俺、君を助けたんだけどな。


 いっそのこと、このまま死んで、この間読んだラノベみたいに異世界に転生して、チートキャラに……

 そこでぷつっと、意識が途切れた。

 

 かくして俺は、何事もなく普通に死んだ。

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