聖少女領域(7)

「許婚云々の話は、ひとまずさておくとしても。

 依代計画については、協力してもらえるということで大丈夫?」

「あっ、うん!」


 度を超えた話に呆然としていた杏季だったが、直彦の呼びかけで我に返る。


「さっきも言ったけど、そっちは勿論、協力するよ!」

「ありがとう。最終的に白原さんが何を選ぶとしても、プランDに協力してもらえるのは、本当に助かるよ」


 直彦を見つめ、しばし逡巡してから。杏季は、ぽつりぽつりと慎重に、しかしはっきりと告げる。

 

「……派閥がどうかとか。今後の身の振り方とか。今はまだほとんど知識もないし、矢面に立つ覚悟もない。だから、さっきの話には、ちょっとまだ、すぐには答えられない。

 ただ、一つ言えるのは。もしこの依代計画でいい方法が見つからなかったとしても、私は、それで千花さんたちを見捨てるのは、本当に嫌だ。だから、二人を助けるためのことに関しては、直彦くん側についてできる限りのことをやるよ。たとえ、りょーちゃんが何を言ってきたとしても」

「……ありがとう」


 杏季の返事に、直彦はどこか寂しげに笑みを浮かべた。


「じゃあ。そろそろ、話を当初の目的に戻そうかな」

「当初の目的?」

「うん。話が途中から大幅に逸れたけど。そもそも今回の護衛者の件は、正直に言うと、白原さんを介して依代候補を探すことが目的だったんだ。何度も言ったけど、こんな事態になるとは俺も思ってなかったからね」

「こんな事態」

「宮代との決別」

「ああ……そうだね……」


 万感の思いを込め、杏季は深くため息を吐き出した。

 

「白原さんの周りには、夏に図らずもこっち側に関わってしまった人たちがいる。『理術界隈の事情を承知している』という条件をクリアしていて、かつ依代適性についてまだ検証していないとなれば、打診したいと考えるのは当然だろ。

 けど俺は、彼女たちと直接コンタクトを取って依頼するには少し距離があったからね。だから竜太に護衛者の話を持ちかけられたとき、自分に不利益のある策でも乗ったんだよ。竜太もそれは承知済みだった。

 もっとも白原さんが竜太と決別したから、姫様をこちらへ引き込むことに戸惑う理由がなくなったんで、真実を話して、幾つかのことは白原さんに直接、協力をお願いしたんだけど。

 けど、それはそれとして、依代計画のためには、依代も不可欠だ」


 杏季は指を四本立てて、それを一つずつ折りながら直彦の説明を思い返す。


「ええと。私が、『扉を開ける』のと『王女様のところまで皆を連れて行く』の、二つの役回りをすればいいんだよね。依代に魂を移す霊属性の役は、直彦くんがやるの?」

「俺がやれたらいいんだけど。俺は政治的な理由で出来ない」

「政治的?」

「さっきも言ったけど、竜太が宮代の当主なのと同じに、俺は高神楽の当主だからね」

「そうだった! そういえば一番最初に言ってたもんね!」


 かなり遅れて、今更になって杏季は目を丸くした。

 他に考える要素が多すぎたため、あまり言及されずにいたが、それだって彼女たちの常識からしてみたら規格外の話だ。


「それで、俺は正装をして、王女の魂を憑けた依代たちを迎えて、彼女たちの話を聞く側なんだ。だから依代計画の実行部隊としては参加できない。別に上手いこと立ち回れば、両方やれないことはないんだろうけど、そこは王女達への礼儀とか形式上の問題だね」

「なるほど」


 納得して杏季は頷いた。「けど」と直彦は付け加える。


「霊属性の術者は既に決まってるよ。プランDの術者は佐竹琴美だ」

「こっちゃんなの!?」

「だから彼女は杏季さんの護衛者を外れたんだよ。そちらの役目を担うことになったからね」

「……保護派の目論見が崩れたことについて護衛者としての責任を追わされて、加えて派閥間の軋轢を少しでも抑えるために、穏健派の進める依代計画を補佐する役割に回されたの?」

「勘が良いね。――白原さんは、向いていると思うよ」


 何をとは言わず、直彦はぼそりと呟いた。

 彼女の反応は待たず、彼は話を進める。

 

「白原さんがいれば、二つの問題はクリアできる。三つ目の霊属性の術者も選出済みだ。

 だからそうすると、あと必要なのは『二人の開眼した光属性の依代』だけだ」


 直彦はようやくそこで、他の面々に視線を向けた。


「という訳で、君たちも一緒に呼んだんだ。協力してくれないかお願いするためにね」

「だから今回の招集は、男連中が除外だったんだな」


 合点がいったように葵は腕組みする。


「俺は既に闇属性。京也とユウは、自然系統の縛りはなくなったとはいえ、肝心の依代適性は既にないって見なされてるってことか」

「皆が完全に対象外になった訳じゃないよ」


 頭を振って、直彦は葵の言葉を一部否定した。


「闇属性が確定している染沢はともかく。今であれば京也も臨心寺も視野に入る。まあ、依代適性があるか否かは別の話だけどね。

 直接誘わなかったのは、話す内容が内容だったから、この場に直で呼ぶかは白原さんの判断に委ねようと思ったのと。単純に男連中よりも女性陣の方が、依代の適性がある可能性が高かったからだよ」

「依代の適性があるかはどう見極めるんだよ?」

「……いくつか適性が生まれやすいとされる素質はあるけど。それをここで列挙するのは、少し躊躇するものがあるんだけどね」

「言わなきゃ始まんないだろ」


 葵の言葉に、一つ息を吐き出してから、直彦は淡々と告げる。

 

「なら、教えるけど。一般的に依代の素質がありやすいとされるのが。

 多胎児であること。

 共鳴現象を起こしたことがあること。

 過去に近親者を亡くした経験があること。

 この三点だ。

 全員。どれかには、当てはまるだろう?」


 列挙しながら、直彦は親指から中指まで、三本の指を立ててみせた。

 自分で促しておきながら、葵は息を飲み込む。


「……だからか? チームCに俺たちが集められたのは」

「そうだよ。当たり前だろう。その為のチームCだったんだ。廉治の意向で、途中から盛大に脱線したけどね。

 そして図らずも、白原さんの周りの人たちの多くはこの条件に該当する。畠中さんが該当するかどうかは分からないけど」


 一呼吸置いてから、直彦はちらりと潤に視線を向けた。


「因みになんだけど。今挙げた三つの条件の中で、一番、適性がありやすいとされるのは、一つ目の条件なんだよね」

「わ・し・か!」

「そうだよ月谷さん」


 素早く反応する潤に、直彦は頷く。

 

「というわけで。今日は白原さんに真実を話すのと同時に、君たちをスカウトしに来たんだ。主に月谷さんをね」

「よっしゃ、やるか!」

「軽いな!」


 二つ返事で了承した潤に、思わず葵はつっこんだ。

 頭の後ろで手を組んで、気楽に潤は言う。


「だって。さっきの説明からすっとさー、べっつに依代って危険なものでもないんだろ? あっきーだって夏にサクッとやってるしさ」

「古属性のあっきーと比較するのはともかくとして」


 奈由はすっと挙手する。


「そういうことなら。私も協力するのはやぶさかではないです」

「わーい! なっちゃんとランデブー!」

ねタラシ」

「辛辣ゥ!」


 潤をばっさり切り捨ててから、奈由は真面目な口調で続ける。


「夏の一件は。あっきーと同じく、部外者ながらに思うことはあったんですよね。あっきーが参戦するなら尚更、それを側で見守りたいってのもあるし。

 ま。そもそも適性があるかどうかは、やってみないと分からないですけど」

「なゆなゆと同じーく! 潤さんが一肌脱いで、世界を救ってやろーじゃん!」

「それは言い過ぎ」

「ぬはは」


 笑う潤を余所に、京也は首を傾げる。

 

「だけど、僕や葵みたいに既に附加属性が発現してるならともかく、そうじゃない場合はどうするんだ? 女性陣は誰も出てないだろ。わざわざそのために附加属性の発現を促すのか?」

「いや。もうちょっと簡単な確認方法があるんだよ」

「確認方法」

「どちらの附加属性となる体質か、判定出来る器具を使うんだ。

 それでHUNTER×HUNTERの水見式みたいなのをやる」

「カッケェーーーーー!!!」


 目を輝かせて潤が拳を振り上げた。

 

「なにそれ! なにそれ! 超やりたい! すぐやろう今すぐやろう!!!」

「待って待って月谷さん待って」


 既に乗り気すぎる潤を、直彦が片手で制止する。


「前向きでいてくれるのは大変ありがたいけど。今日はその器具を持ってないんだ。悪いけど、どこか都合の付く日に、俺の家まで来てくれないかな」

「えーなんだよケチー! こういう依頼すんだったら最初から持ってこいよなー。あ、あるいは今からちょっくら実家から持ってきてくんない!?」

「家は遠くないし、持ち歩きはできる大きさではあるんだけど、めちゃくちゃ貴重なやつなんだよ。だからあまり外に持ち出したくないんだ」

「貴重」

「一千万くらいする」

「いっせ!?!?」


 両手を上げて数秒フリーズした後、潤は静かに手を下ろして頷いた。


「高神楽邸でやりましょう」

「助かるよ」


 直彦も静かに頷いた。

 彼の言葉に、葵は微かに口元を引きつらせる。

 

「……なあ、ナオ。夏に活動したとき、佐竹にCレーダーを壊されたことがあったけど、あれもまさか」

「附加属性の判定装置よりは普及してる品だから、値段はそこまでいかないけど」


 言葉を切って、一瞬迷ってから、直彦は言葉を濁した。

 

「多分、染沢の精神安定上、聞かない方がいいと思うよ」

「そのセリフで十分、駄目だ……」

「気に病まなくて良いよ、経費で落ちてるし、あれは悲しい事故だったんだし」


 直彦にフォローされるも、葵は額に手を当てて遠い目をした。

 直彦は腕時計で時間を確認してから、皆を見回す。


「持ち出しは勘弁して欲しいとはいえ。もし皆の都合が付くなら、今日これから行くのでもいいけど。どうする?」


 彼の提案に、しかし奈由は気乗りしない声を挙げる。

 

「あー……今はまだ平気だけど、これから移動して検査してってなると、ちょっとタイムリミットかな。ぼちぼち塾なので」


 奈由の申し出に、無理矢理に気を取り直した葵も付け加える。


 「なら別日にしようぜ。俺は対象外だけど、そういう趣旨だったら一応ユウも連れてくるよ。……俺も見てみたいし」

「助かるよ」


 直彦は頷いた。

 日程調整の後、早速、彼らはまた明日に集合する運びとなった。




「それじゃあ。今日はお開きということになるけれど」


 直彦は、本日三度目となった敬意を払う体勢で、杏季の前に跪いた。そしてそのまま、ごく自然に手の甲へ軽く口づける。

 びくりと杏季が動揺すると同時、部屋の中にシャッター音が鳴り響く。思わず当事者以外の目が奈由に向いたが、カメラマンは意に介さない。


「また明日お会いしましょう、姫君。それまでどうぞ御息災で」

「……はい」


 直彦の笑顔に気圧されながら、緊張気味に杏季は答えた。

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