退屈を再演しないで

――2005年10月22日。




 京也の話を聞き終えた潤は、固い表情で彼を見据える。


「じゃあ。今、恵となっちゃんは、依代としての適性確認のために、直彦んとこにいるんだな?」

「そういうことだ」


 聞くや否や、潤はふすまに手を伸ばし、部屋を出ようとする。

 が、すかさず京也は潤の着るジャージの首根っこを引っ掴んだ。


「待て。どこに行く気だ」

「決まってんだろ! あいつらのとこだよ!」

「時計をよく見ろ。もう日付が変わってる。

 今回の計画決行日は十月二十一日の夜だ。奈由ちゃんに適性があろうとなかろうと、日付が変わる前には終了する予定になってる。

 そもそもどこに行く気だったか知らんが、行ったところでとっくに解散してる、誰もいないぞ。

 奈由ちゃんを送り届けてから、ぼちぼち恵もこっちに来るだろうさ」


 その説明にぐっと言葉を詰まらせてから、潤は京也を睨んだ。


「お前。それ分かってて、この話するの、日が変わるまで引き伸ばしてたな?」

「決まってるだろ」


 あっさり京也は認めた。


「だから0時になったのを見計らって話し始めたんだ。まぁ他のメンバーの戻りを待ちたかったのだって嘘じゃないけど」

「こんの長髪ナルシストめ……」

「もう長くない」

「いっけね、つい癖で。ってもうこの呼称使えねーのか面倒だな!?」

「なにが面倒だって?」


 いつもの軽いやりとりを重ねてから、しかし潤は顔をしかめた。


「だけど。そんな事になってたのに、二人揃って隠しやがって。あいつらを巻き込むくらいなら、まだ私が」

「身内や友だちが怪しい計画に引き込まれるくらいなら、自分の方が遙かにリスクが高いと分かっていても、自分が危険な目に合う方がマシだって?」

「それは、……その」


 真正面から痛いところを突かれて、潤は京也から目を逸らす。

 なおも京也はたたみかけた。


「さっきも話しただろ。

 お前ならいざ知らず、適合さえしたならば、二人にかかる危険性は低い。

 どうしてわざわざ、一番高リスクのお前が出て行く必要があるんだよ」

「…………」


 京也の問いには答えず、潤は目を逸らしたままで別の話題に変える。


「……京也。さっきの話で、二つ、気になってることがあるんだけど」

「なんだよ」


 あからさまに話題を逸らされたことへ不満げに眉を寄せながらも、京也は続きを促した。


「どうして、今の話を私に話した?」

「最初に言っただろ。今の状況について説明するって」

「それは分かる。けど。

 だろ」


 ようやく顔を上げると、潤は探るような眼差しを京也に向ける。



「かいつまんで、概要だけ説明すれば。多分、私は納得したさ。

 お前は、スーのことについては……守護霊のことについては、伏せて話すことだってできたはずだ」



 潤の言葉に、京也は真顔で彼女を見返した。

 更に潤は続ける。



「恵たちは。私に話すと首を突っ込むだろうからって、話すなって言ってたんだろ。

 確かに日付は超したさ。けど、今日で全部終わりってわけじゃないんだろ。

 それとも。……当事者、とは言ってたけど。お前らは、一枚岩じゃないのか?」



 先ほどまで潤は、自分の左腕の事情や、依代候補として目を付けられていたことなどは、認識していなかった。

 単に状況を説明するだけであれば、恵と奈由が依代候補として選ばれたという説明だけで、事足りたのだ。


 そもそも先ほどの話の中で、廉治は、潤にこれらの話をすることを良しとせず、恵に口止めを依頼していた。恵だってそれには同調していたのだ。



「それから。これは、気にしすぎかも知れないけどさ。

 ?」



 黙って、京也は無言で先を促す。


「今の話で、恵となっちゃんは勿論だけど、レンが絡んでくる理由も分かったよ。

 だけど。その話には、お前は一回も出てこなかっただろ。

 確かに今は、アルスが家を抜け出たから尾行してきたってのがあるけど、そもそも今話してくれた事情を知らなければ、お前はあいつらと連絡取り合ってこの家に集合するようことだって、なかったはずだろ。

 まあ、まだ話途中なのかもしんないし、どっかで偶然、知るタイミングがあったってだけなのかもしれないけど」

「いいところに気が付いたな」


 後半はやや自信なさげに声が小さくなるが、それに被せるように、京也はようやく口を開いた。

 京也は、まじまじと潤を見つめる。



「お前は。ただの直情型のバカじゃない」

「今、私の悪口言う流れだったか!?」



 思わず声を荒らげるが、気にせず京也は続ける。


「最初の話については、結論から言えば。

 僕も恵もユキも同じ考えて足並みは揃ってる。そこは安心していい」

「じゃあ。さっきの話の後で、路線変更があったってことか」

「そうだな……」


 京也は悔しげに唇を噛んだ。



「奈由ちゃんにバレたのは。

 本当に――本当に、失敗だった。

 だから、バレたからこそ。お前のことは、何がなんでもこっちに引き込む必要があるんだよ。

 リスクを犯してでも。

 そろそろお前に話さないといけない時期だと、僕らで判断したからだ。

 今回は、後悔しないように」



 含みのある京也の言葉に、潤はきょとんとして目を瞬かせる。


「後悔?」

「後悔なら既にしてきたからな。これ以上は御免だ。手を間違えれば

「前回?」


 疑問符だらけの潤を置き去りにしたまま、京也は話を続ける。



「そして。二つ目の疑問に答えるなら。

 今回の状況についての話は、今のでほぼ全部だよ。けど、言われてみればお前の言うとおり、僕の出てくる場所がなかったな。

 実際はお前の指摘とは逆なんだ。この話の後に、事情を知ったわけじゃない。

 僕が絡んでたのは、


「――何を、言ってんだ?」


「何を、言ってるかって?

 そうだな。……もう、探り合いは止めようか」


 意を決したように目を閉じると。

 京也は、一呼吸置いてから、告げる。




「月谷。

 お前、タイムリープしてるだろ」




 彼の言葉に、思わず息を飲んで。

 いよいよ潤は、困惑したように高い声を上げる。


「た、タイムリープ? なんだよ、それ?」

「この単語に馴染みがないなら、言い換えてやる。

 ?」

「いや、単語なら知ってるけど! そうじゃない、そうじゃなくって!

 京也、お前、なにをとんでもないことを言って」

「知らないとは言わせない」


 強引に潤の言葉を遮り。

 京也は、強いながらも静かな口調で告げる。




「僕らが今回、時間を遡るよりも前に。

 お前は、




 断定系で言った京也の台詞に。

 潤は咄嗟に答えられず、口をつぐんだ。


 戸惑ったような潤の顔を見つめると、京也は後悔に苛まれるように、顔を歪めた。息を吐き出しながら、右手で顔を覆う。


「――本当に。この先は、せめて恵かユキのどっちかが来てから話すつもりだったんだけどな」


 困惑したまま、しかし真剣な面持ちで潤は尋ねる。


「……お前が。時間を、巻き戻したって言うのか?」

「僕が巻き戻したんじゃない。

 お前のタイムリープに、巻き込まれたんだ」

「私のタイムリープぅ!?」


 京也の言に、潤は先ほどよりも更に怪訝な色を浮かべた。

 京也は気付いたように、ああ、と声を上げる。



「自分でループした覚えがないって?

 それは、そうだ。

 お前は。直近のループ時の記憶を失ってるんだからな。

 お望みとあらば、公開してやるよ。お前が忘れた前の世界で、何が起きたのか」



 もはや、潤は呆然と京也を見返すことしか出来なかった。

 彼女の視線を捉え。

 京也は、いよいよ覚悟したように唇を引き結ぶ。




「……話そうか。

 時間を遡った張本人であるはずのお前が、記憶を失っている理由を。

 そして今の一つ前の世界と、二つ目の世界で、一体、何が起きたのかを」








(第3部:コウカイ編……完)

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