第26話 見知らぬ、少女

 目を開けると、見知らぬ天井が視界に拡がっていた。

 ここはいったいどこだろう?

 何が起きたのか分からないまま上半身を起こす。

 俺は白を基調とした狭い部屋の一室にあるベッドに寝ており、腕には点滴や包帯が巻かれてあった。

 ――ああそうか。春風にぶっ飛ばされて意識を失った俺は、病院に来ているんだな。

 部屋に置いてあるデジタル時計を見てみると、時刻は午後四時を過ぎており、窓の外は夕暮れに染まっていた。

 状況を理解した俺は、リラックスしながらベッドに倒れこみ再び天井を見上げる。

 うーん、悪気はないとはいえ、天然と剛力のコラボってほんと厄介だぜ。

 悪意のない暴力ほど危ういものは無いと痛感させられる。そこを見誤れば、こうして病院送りになっちまうってわけだ。

 それにしても、病院送りになるほどのクリーンヒットは久しぶりだな。

 ……これも全部あのハゲのせいだけど。

 まあそれは置いといて、春風の奴、罪の意識を持っていなければいいのだが。

 あいつは天然ゆえに傷つきやすい。正直者が馬鹿を見るではないけど、ピュアな奴ほど泣きを見るのだ。

 逆に、元凶であり悪魔の化身みたいなあのハゲは、どんな状況でも泣きそうにないけどな。

 ……いや、そういえば照山さんのハゲを初めて目撃したあの時、泣いていた気がするな。

 今までうやむやになっていたけど、そもそもどうしてあの公園に一人でいたんだろうか?

 ふむ……まあ考えてもわからないし、その前に病院送りになったことへの仕返しを考えることの方が先か。

 さあて、どんな仕返しをしてやろうか。……とりあえずおっぱいをベースに考えてみよう。


 パシャッ!!!


「うっ!」

 突然、シャッター音がしたと思ったらまばゆい光に包まれた。

 思わず閉じた瞼を開けてみると、部屋の入り口には俺の方にスマホを構えたまま立っている小柄な少女がいた。

 さっきのシャッター音はこいつが俺を撮ったんだろう。

 とりあえず、そいつの顔をじっと見て、

「………………」

 ……思わず見とれてしまった。

 初めて見た。見知らぬ、少女。

 背が小さく、見た目は俺よりも年下っぽい。胸はそれなりと言ったところか。肩にかかるくらいの黒髪と白い肌、幼さを残した可愛らしい顔にうちの学園の制服をラフに着こなしている、今どきの若者といった恰好。

 でもどこか清らかな印象と儚げな美しさを兼ね備えている、大人っぽい照山さんや三角とは対照的な清純系ロリ美少女と言ったところか。

 だけど、その子の顔には感情が感じられない。まるで人形みたいだ。

 今日初めて会った美少女の黒い瞳が、無表情で俺をジッと見つめている。

「えっと……誰ですかあなた?」

「…………」

 少女から返事は返ってこない。

 ……いや、それどころか無視する形でスマホをいじってやがる。

 なんとなく気まずい時が流れていると、


 ガラッ!


 病室の扉が開き、大きな紙袋を手にした照山さんが入ってきた。

「――みゆきち、リンゴと額縁とマジックペンを買って来たわよ。……って何よ。モブッチ起きてるじゃない。せっかく落書きした寝顔に額縁をはめて遺影を撮ろうと思ってたのに……ほんと空気の読めないやつね」

「空気を読んでないのはどっちだよ。怪我人の寝顔で遺影を撮ろうとか不謹慎にもほどがあるだろうが。大体、俺がこんな目になっているのはお前のせいだぞ。分かってるのか? 分かったら今すぐおっぱいを見せろ。その柔らかそうなおっぱいを思う存分揉ませてくれ」

「その発言といい、セクハラで殴られたのは自業自得じゃない?」

「…………ふんだ!」

 俺は照山さんに背を向ける形で病院のベッドに横になる。

「もうモブッチったら。いい加減に機嫌直しなさいよ」

 いや、怒るだろ。こいつの裏切りさえなければ、すべては丸く収まったのだ。

 あの画像さえ無ければ、こうして病院のベッドで収まることはなかったのだ。

 固い意思で籠城を決め込んでいると、子供の駄々に困る母親のようなため息をつくのが聞こえた。

「まったく、そんな子供みたいに拗ねてちゃ女の子にモテないわよ。……あっ、元からモテてないか。ごめんなさい。モテないあなたに辛い思いをさせたわね。モテない気持ちってよく分からないけど、とりあえず心の底から謝るわ」

「とりあえずで謝るんじゃねえ! つうか謝るポイントがズレすぎだろ! モテないことに対しての同情なんていらないから! ズレるのはお前のカツラだけにしといてくれ!」

「ふふっ、四連続ツッコミとはやるわね。元気が出たようでなによりかしら」

 ベッドから起き上がった俺を見て、してやったりと笑う照山さん。……何か手玉に取られたようでムカつくな。

「……で、その子はお前の知り合いなのか?」

 見知らぬ少女に指をさすと、隣にいる照山さんが少女の肩に手を乗せた。

「そうよ。この子の名前は真冬まとうみゆきち。一年生ながら私の右腕についていた可愛い後輩よ。今日はあなたのお見舞いに行くって話したら付いてきたの。ほら、あなたも挨拶しなさい」

「……よろしくです」

 抑揚のない柔らかな声で少女はペコリとお辞儀した。

 ……右腕って、ハゲがばれる前にあった学園最大の照山さんのグループのナンバー2だったってことか?

 でも、見た目からは特にこれといった印象は受けない。可愛いのは可愛いんだけど、パッとしないっていうか物静かっていうか……それこそ人形のようだ。

 そんなことを考えていると、みゆきちはゴソゴソとカバンから写真を取り出して、なぜか俺に差し出してきた。

 ――こ、これはっ⁉

「お見舞いの品と言うか、プレゼントです」

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 興奮のあまり声を押さえきれない。

 それは、同級生の女の子たちが体操服に着替えているときの写真だった。

「ありがとうごぜえます! ありがとうごぜえます!」

 感謝の言葉を口にしながら手にしようとすると、なぜかヒョイっと避けられてしまった。

 みゆきちは見せつけるように写真をヒラヒラとさせながら言う。

「ただし、三千円です」

「金を取るのかよ! つうかなんでお前こんな写真を持っているんだ⁉」

「……企業秘密」

「大事なところを秘密にするんじゃない! どう見ても盗撮だろこれは!」

 まあそうと分かっていても手にしようとした俺が言うことじゃないかもしれないけど。

 するとここで、みゆきちをかばう形で照山さんが前に出てきた。

「可愛い後輩を犯罪者扱いしないで頂戴。みゆきちは幼い妹や弟たちのために写真を撮って、お金を稼いでいるだけよ。まあ撮ると言っても、女の子の恥ずかしい写真を勝手に撮ってるんだけどね」

「それを盗撮と言うんだよ! つうかお前が色んな暴露写真を持っていたのはこいつの仕業か!」

 コクリと無言でうなずく照山さんとみゆきち。

 今まで疑問だった謎がようやく解けた。このみゆきちってやつが色んな写真を撮っては、照山さんに売っていたのだ。

「でもどうしてそんな写真を撮るんだ? 弟たちのためってさっき言ってたけど、もしかしてお金に困ってるのか?」

 家族のために危ない橋を渡る。アニメやマンガじゃおなじみの展開で、もしそうだとしたら犯罪とはいえ幾分か同情の余地がある。同じ妹がいる身としては、なおさらそう思ってしまう。

 素朴な質問に対し、みゆきちは真剣な趣で声のトーンを落としながら答える。

「……家族がみんなモバゲーにハマってるせいで、課金が止まらないからお金がいくらあっても足りない。だから、普通の写真より高値で売れそうなプライベートな写真ばっかり撮ってるの」

「ビックリするくらい同情の余地が一つもないな! 満場一致でアウトだよお前!」

「需要と供給が合ってるからいいじゃない。みゆきちの家は課金だけに家計がグラブルっているのよ」

「グラグラブルブルみたいな意味でグラブルって言葉を使うんじゃない! 完全に自業自得じゃないかそれ!」

 みゆきちはピコピコとスマホを扱いながら少しびっくりした様子で、

「あっ、ゼウス出た」

「えっ? マジ? 見せて見せて」

「お前ら人が怒ってるのにグラブってるんじゃねえ! みゆきちってやつ、さっきからスマホを扱ってる理由それかよ!」

 俺の言葉を右から左へ受け流すようにスマホをいじり続けるみゆきちと照山さん。

 ……こいつら嫌がらせに来たのか?

 思わず呆れていると、いつの間にか机の上に置かれているリンゴの存在に気づいた。

 ……どうやらお見舞いに来たってのは嘘じゃないようだな。

 仕方ない。その思いに免じて、ある程度の無礼は流してやることにしよう。

「でも驚いたな。ハゲがばれた照山さんに、俺や春風以外に付き合う奴がいたんだな」

「ハゲとかどうでもいい。照山さんは昔から大事な取引相手。関係を断つことや裏切ることは簡単だけど、お金よりも信頼を失うことの方がずっと高く付くってことを、私は知ってる」

「ふーん。でもお金が欲しいんなら三角に付いた方がよくないか? あいつ、ああ見えてもこの町一番のお金持ちだぜ?」

「あれは決められたルールを破ることを嫌うタイプだから逆にやりにくい。それに下手に手を出して親が出てきたりしたら私じゃ対応できない。本物の金持ちを相手するには、それなりの覚悟がいる。そのぶん、照山さんは金払いもいいしやりやすい。女子高生ビジネスにはピッタリな相手」

「可愛い顔して女子高生ビジネスとか言うんじゃない。いかがわしい香りしかしねえ」

 まあ実際にいかがわしいことをやってるわけだけど。……でもこいつ、本当に高1か?

 考え方もそうだが、金にがめつすぎるだろ。

 またもや調理しきれない、味付けの濃いキャラが増えたことに頭を痛めていると、

「あらやだ。もうこんな時間じゃない。早くしないとワカメのバーゲンセールが始まっちゃう。それじゃモブッチ、またね」

「おい、そこのハゲちょっと待て。さりげなく遺影を置いていくんじゃない そして、よりにもよって俺がお前の胸を覗き込んでる写真を入れるんじゃない。こんな遺影だったら死んでも死にきれないから。あとこれを見られたら見られたで死にたくなっちゃうから」

 するとここで、なぜかみゆきちが両手でピースをした。

「イエイ」

「イエイと遺影を掛けてるつもりかこんにゃろう!!! そんな冗談を言ってる暇があるならさっさと帰りやがれ!」

 俺の言葉通り、照山さんたちはさっさと帰っていった。

 ……はあ、なんかドッと疲れたな。

 嵐が去った後というか、爆撃が終わった後のようだ。

 いい加減普通の人と絡みたい俺が、ナースコールを押して先生を呼ぼうと思っていたところ、


 コンコン。


 ドアを叩く音がした。

 ……誰だ?



――――――――――――――――――――――――


あとがき

みなさん、お久しぶりです。ハゲこと久永道也です。

無事に出張が終えて投稿が出来ました。

これからは以前通りに一日一投稿を目指していきますので、どうかよろしくお願いいたします( ;∀;)

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