第14話 ボッチ飯

 水泳対決があった翌日の昼休み。

 クラスで俺以外に、一人でお弁当を食べる者がいた。

「………………もぐもぐ」

 照山照美。かつて学園の女王と呼ばれていた美少女だ。

 そんな彼女が隔離されているかのように、クラスの隅っこでボッチ飯を食べている理由。

 それはもちろん、ハゲや本性がバレてしまったからである。


 水泳対決が終わった後、今までハゲを隠していたことや三角に対する卑劣な行為に対して、台風が直撃したように誹謗中傷が吹き荒れた。

 それは人から人へ、ネットからネットへと瞬く間に広がっていき、現在、照山さんを慕うものは誰もいなくなっていた。

 あからさまに人から避けられ、両隣に机を離されるなど、もはやクラスの汚物扱い。

 スクールカーストの頂点にいた照山さんは、リーマンショックも真っ青な急転直下を果たし、みごと地の底へと辿り着いたようである。

 三角の思惑通り、照山王国は崩壊したのであった。


『ハゲ……』


 男子グループの誰かがボソリとつぶやくと、照山さんからギロリと睨まれる。

 しかし、照山さんは一瞥いちべつをくれただけで、すぐにまたお弁当を食べ始めた。


『……ちっ、てるてる坊主が。驚かせやがって。……おい、お前。あのズラ取って来いよ』

『い、いやだよ。ワカメ女に近づいたらワカメぶつけられるかもしれないじゃん。昼間から磯臭くなりたくないよ俺』

『いやー、でもさすがに女子高生がハゲってのはないわー』

『おーい、てるてる坊主ー。今日は晴れだし、メシがまずくなるからどっかいけよなー』


 ヒャハッハッハッ! と、耳障りな笑い声が聞こえてくる。

 ……完全に孤立しているな。

 しかし、どんな罵詈雑言に晒されようが、照山さんは土下座して以来ずっと沈黙を貫いている。

 ……なんか言い返せばいいのに。

 黙っている間に、『ハゲ女』や『ワカメ女』、『豆電球ピカリン』や『黒い照山ブラックライト』など、続々とハゲにまつわるあだ名が付けられているぞ。……聞いてる感じ、『てるてる坊主』に統一されつつあるようだがな。

 自業自得とはいえ、ここまでされるとさすがに可哀想になってしまう。

 ……ハゲはハゲでも、おっぱいがすごいハゲなんだけどなあ。

 学校生活が終焉している、Good-byグッバイ schoolスクール daysデイズ状態になってしまっている。そんな彼女をかばうものなど誰もいないかと思えた。

 そんな中、ハゲに余計な世話を焼いた人間がいる。


「――照子ちゃん! 一緒にご飯食べるばーい!!!」


 そう、一つ隣のクラスで俺の幼馴染、空気を読めないことに定評のある夏野春風である。

 無言でお弁当を食べる照山さんに対し、シュークリームを頬張りながら一方的に話しかける春風。

 昼めしがシュークリーム十個とか……あいつは色んな意味で空気読まないなあ。

 そんな二人の様子を見たクラスメイト達は。


『すごいね春風さん、てるてる坊主に話しかけてる』

『春風、優しいもんね』

『春風ちゃん、おっぱいもでかいしマジ天使だぜ』

『それに比べてあのハゲは……あんなそっけない態度することないだろ』


 ……優しくすることで照山さんの評判を下げているとは、本人も思っていないだろうなあ。

 けどまあ評判とか抜きにして、これでいいのかもしれない。

 罵詈雑言に晒されている照山さんだけど、春風がいればなんとか孤立することはなさそうだ。

 出る杭は打たれるじゃないけど、ここまで叩かれたんだ。

 これからは大人しく、残りの学生生活を送ることだろう……。


 ホッと胸をなでおろし、俺はクラスで唯一のボッチ飯を見られまいと屋上へこっそり移動する。

 この時点での俺はまだ、照山照美という人間をよくわかっていなかった。

 ――照山さんの目が死んでいないことに気づかなかったのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る