第11話 水泳対決

 照山さんと三角が朝から言い争ったその日の放課後、私立京陵学園のプールには数多くの人々が集まっていた。

 プールサイドは満員に近く、学園の窓からはたくさんの生徒たちが顔をのぞかせており、噂を聞きつけた他校の生徒や近所の人たちが外のフェンスをよじ登る形で集まっている。まさにお祭り騒ぎって感じだ。

 もちろん、オーディエンスたちの目的は照山さんと三角の水泳対決。

 あの後、勝負を了承した三角が教師と水泳部に話を通したことで、この状況が作られた。

 学園長の孫で、たびたび水泳部の助っ人としてかり出されている三角だからこそ実現した対決だと言えるだろう。

 学園のナンバー1とナンバー2の謝罪を賭けた――互いのプライドを懸けた一騎打ち。

 この世紀のドリームマッチは大いに生徒たちの心を打ったようで、どちらが勝つかなどの話題を中心にみな楽しそうに談笑しているようだ。

 ……まあなかには賭けをする者や、照山さんや三角の水着目当てでスマホやカメラを待ち構えているカメラ小僧もいるようだが。

「……あーあー、見苦しい奴らだぜ。ちっとは人の目を気にしろってんだ。見ろ、お前らに対する女子の目を。みんなドン引きしてるじゃねえか。……ったく、俺を見習えよな」

 ブツブツと独り言をつぶやきながら誰もいない学園の屋上で、わざわざ中退してから家に取り帰ったプロが使うような長いカメラを俺は構えていた。

 ここは誰の目も気にせずプール全体を見渡すことができる――上から胸の谷間をバッチリおさめることのできる、まさにベストポジション。

 近ければいいってもんじゃない。むしろ、距離を置くことで見える大切なものがこの世にはあるのだ。

 スナイパー気分で隠し撮りに近いことをしていると、俺の思考をかき消すような大きな歓声が上がった。

 おっ、どうやら、三角が現れたようだな。

 俺はカメラを構える。

 学園指定の紺のスクール水着を着て、三角軍団トライアングラーと呼ばれる多くの取り巻きを引き連れながら登場してきた三角。

 歓声と多くのシャッター音に包まれながら、4番コースのスタート位置まで歩いていく。

 しかし、俺がシャッターを押すことは無い。

「……あの野郎、パッドを付けてやがる」

 形、揺れ具合、左右のバランス。見習いのフィギュア職人が作ったように違和感のあるおっぱい。

 多少の距離はあっても、おっぱいソムリエの俺の目をごまかすことはできない。

「偽物の乳など撮る価値もないぜ。……強がったりするとかさりげなく隠したりするとか、そういう恥じらいにこそ貧乳の価値があるのに……三角はちっともわかっちゃいないんだよなあ」

 べつに三角のスタイルが悪いとは言っていない。スラッとした美脚やきれいな形をした桃尻は素晴らしく唯一無二のものだ。

 その証拠に、エロ同盟の一人であり尻愛好家ヒップマイスターの異名を持つ江尻くんが無我夢中といった様子で三角を写真におさめている。

 乳派と尻派。男ならばどちらかの派閥には必ず所属し、太古の昔から言い争われてきた決して交わることのない両者。

 江尻君とは、きのこたけのこ戦争みたく乳と尻を巡って何度も殴り合いの喧嘩をしてきたけれど、それぞれがそれぞれを認め合っている、良きライバルみたいな関係なのだ。


「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」


 たけのこ派の俺がそんなことを思っていると、先ほどよりも大きな歓声が上がった。

 カメラをそちらに向けると、胸にスピード社と書かれた白い競泳用水着を着ている照山さんの姿が見えた。

 頭にぴっちりと水泳キャップが張り付いていることから、どうやらカツラは外してあるらしい。

 俺は無言でシャッターを押しまくる。

 衣服の上からでもわかるスタイルの良さが、露出度の高い水着になってあらわとなり、すらりとした白い脚や豊満な胸に目がいってしまう。さらに白い水着だからか、よく目を凝らせば乳首とかが透けて見えそうだ。

「なにあれ、クッソエロいんですけど。……さすが照山さん、男のツボを分かってやがる」

 改めて思う。三角や春風も悪くないんだけど、照山さんのおっぱいというか身体のスタイルは美しすぎる。

 例えるならミロのビーナスみたいな黄金比ボディー。もはや芸術の域に達している。

 思わず鼻血を垂らしていると、三角が照山さんを指さした。

「来たわね、照山さん。さあ、勝負を始めようじゃない」

「ええ。始める前に一応確認しておくけど、この勝負に負けた方が謝罪するのよね?」

「当たり前じゃない、まあ勝つのは私だけどね。覚悟しなさい。クロールで県内二位の私に勝負を挑んだことを後悔させてやるんだから」

「……そう。分かってるならそれでいいのよ。永遠の二番手さん。それじゃあ始めましょうか」

「誰が永遠の二番手じゃい! 絶対に土下座させてやるんだからァ!」

 叫びを無視する形で照山さんが目で促すと、審判役を務める水泳部の部長が4番コースにいる三角と5番コースにいる照山さんの間に立ち、観衆たちに向けてペコリとお辞儀をした。

「今から三角さんと照山さんによる100m自由形の勝負を行います。スタート音が聞こえないといけないので、みなさんスタートの合図があるまで静かにしといてください」

 そう告げると、水を打ったように場内が静まり返る。


「それでは両者、位置について――」


 それぞれが位置につき、スイミングゴーグルをはめる。

 そして飛び込む姿勢になった三角。なぜか照山さんは胸の谷間に手を突っ込んでいる。


「よーい――」


 水泳部の部長がスターターピストルを構えた瞬間、


「あーれー、手が滑ったー」


 わざとらしいセリフを放った照山さんの胸の谷間から、複数の写真がばらまかれた。

 それに気づいた三角が驚愕の表情をあげる。

 ――その写真は、水着の中にパッドを詰め込む自らの写真だったからだ。


「――ちょ! アンタなんでそんなの持っているのよ⁉」


 パンッ!


 乾いた音が鳴り、照山さんがドボンッとプールの中に飛び込んだ。

 対する三角は飛び込むことはせずに、大慌てでばら撒かれた写真を回収している。

 こうして、学園始まって以来の醜い水泳対決が始まった。

 ……この勝負、一体どうなるんだろう?

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