名有さんの電話

桜 導仮

名有さんの電話

 夕暮れ時。夕日が町を赤く染めていく。まだ四時半過ぎだと言うのに。

 さすが十一月だ。

 一人寂しく学校から帰りながら思う。

 学校側もなぜ学生寮を作らなかったのか。おかげで築何十年か分からない様な全六部屋のアパートで一人暮らしだ。空き室は残り二部屋だった。入居できて良かった。

 それにしても、さっきから人に出会わない。不気味なぐらい。

 と、コートに入れておいた携帯電話が震える。

 周りを見渡しても人が居ないので歩きながら画面を見る。

 画面には『非通知』と書かれており振るえ続けている。

 が、暇なので出てみる。

『私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』

 すぐに切る。どうせ悪戯だろう。

 と、すぐにまた携帯電話が震える。

 画面を見ると『非通知』

 出る。

『私メ――』

 切る。

 また震える。

 画面を見ると『名有向日葵』

 出る。

『私メリーさん。今あなたの後ろにいるの』

 足を止める。

『わ!』

 携帯電話から驚く様な声がし、背中に何かがぶつかる。

 振り返ると目線の高さには誰もいない。

「何で急に止まるのさ」

 下の方から声が聞こえるので、そちらに顔を向けると。

 小学校からの腐れ縁、別名幼馴染と言われる人種にして電話の発信者、名有向日葵がいた。

「お前、非通知になってなかったぞ」

 俺は名有に言う。

「え、本当? まあいっか」

「で、何のようだ」

「ん?」

 彼女は首を傾げる。

「何か用事があって電話したんじゃないのか」

「いや、たまたま後姿を見かけたから悪戯しただけ」

「後姿だけで俺って分かるのか?」

「そりゃあ、それだけ身長があればねえ」

 彼女は見上げてくる。

「百八十って何なの。何をしたらそんなに伸びるの」

「お前の方はどうなんだ?」

「何が」

「身長」

 彼女は一瞬口ごもる。

「相も変わらず百五十ですよ!」

 彼女は叫ぶ。

「高二にして百五十……小さいな」

「女子はこんなもんなの! 大体あんたの方がでか過ぎるのよ! このちくりん!」

「いや、ちんちくりんに言われたくねーよ。俺の名前は『ちくりん』じゃなくて『たけばやし』だ」

「別に『ちくりん』とも読めるじゃない」

「読めるけど違うから。でもあれだな、お前ぐらい背が低くて細身だと狭い所に入れて便利だろ」

「いや、あんたも十分細身でしょうが」

 沈黙。

「そう言えば」

 俺は沈黙を破るように言う。

「さっきの電話は何だ?」

 彼女はこの言葉に反応する。

「何、知りたいの?」

 なんだか面倒そうなので、

「別に」

 と答える。

「いや、そこは聞きたいって言う所でしょ」

「そこまで興味ないし」

「えー……」

 またも沈黙。

「しょ、しょうがないから説明してあげましょう!」

 彼女は無理やりな感じで切り出してきた。

「さっきのは『メリーさんの電話』って言って」

「いや、それは知ってる」

「何で」

「何でって、都市伝説だとわりと有名所だぞ」

「嘘! 私、今日初めて友達から聞いたんだけど!」

「どんな風に?」

「最近、この辺りで流行ってるって」

「かなり昔からあるぞ。その都市伝説」

「……そーなのかー」

「で、何で俺に電話した」

「それは昔あんたにメリーってあだ名付けられた事思い出して」

「そんな事あったっけ?」

「あったの。小二位だったかな?」

「何でメリーなんだ?」

「私の苗字が『名有』だから『なあり』『めいあり』『メアリー』『メリー』ってあんたが言ったんじゃない」

「無理やりだな」

「だからあんたが言ったんだって! あの日から皆からメリーメリーって呼ばれるし、挙句先生まで呼び出したんだから!」

「大変だったな」

 俺は歩き出す。

「ちょっと何所行くの」

「何所って、帰るんだよ」

「そう」

 またしても沈黙。隣にずっと名有が付いてくる。

「お前は何所まで付いて来るんだ」

「何所までって、私もあんたと同じアパートに住んでるんだけど」

 はて?

「いたか?」

「は?」

「お前、あそこにいたか?」

「ちょっと酷くない?」

「でも、会った事」

「高校入ってからはあんまり喋らなかったからその……話しかけずらくて」

「そうだったのか」

「まあ今日話してみてあんまり変わってないみたいだからこれからは話に行くよ」

「身長も代わって無いしな」

「そこは触れるなー!」

 そんなこんなでアパートに帰るのだった。


『竹林流』

 自分の部屋の表札だ。

「それじゃあまた明日」

 名有はそう言って自分の部屋に入っていった。

「……隣の部屋だったのか」

 彼女の入っていった部屋には『名有向日葵』と表札が掛かっていた。

 俺が入って来た時、隣の部屋は空いていた。

「……俺の後に入ってきたのか」

 腐れ縁って怖いな。


 暇だ。

 とある日のバイト中。ここはチェーン店でもないコンビニのような場所。

 バイト募集をかけていたから受けてみたものの、他に志願者がいなかったため受かった。

 場所は大通りから少し外れた道に出来ており、大通りの方に大手のチェーン店があるため不良達もあまり来ない。来るとすれば、この近くに住んでいる常連の人達位だ。

 防犯も店内を見渡せる鏡位と随分と適当な物だった。強盗さんここなら狙いやすいですよ。売り上げが少ないからあんまりお金は無いですけどね。

 店内に時計の音だけ響く。

 だが、本当に暇である。休日の昼間と言うのに誰も来ない。他に店員もいないし。

 などと考えていると客が入ってくる。

「いらっしゃいませー」

 一応礼儀として言う。大体の客が常連なので言わなくてもいい気がするが。

「あんたこんな所で何やってんのよ」

 聞きなれた声がする。

「お譲ちゃんこんな怪しい所に一人で来ちゃ駄目だよ」

 俺は客に言う。

「私は一応客なんだけど?」

 客、もとい名有がこちらを睨んで来る。おお怖い怖い。

「で、そのお客様が品を探さず店員に話しかけると言う事は何かお探しですか? 身長をお探しなら残念ながら当店には置いてません」

「おちょくってんの?」

「いえいえ、お客様にそのような事は」

「その喋り方、腹立つんだけど」

「ですが一応お客様ですし」

「良いから。いつも通りで良いから」

「ん? そうかちんちくりん」

「その呼び方は止めろ」

「で、何か買ってく?」

「じゃあ、そこの肉まん二つ」

「二つも食うのかよ」

「別に良いでしょ。はいお金」

「丁度頂きます。レシートは?」

「貰っとく」

 俺はレシートを渡し、レジの隣にある蒸器から肉まんを二個取り出し紙に包もうとした時、

「あ、一個ずつ入れてもらえる?」

 一応客なので従い、二個別々に包んだ。

「ほれ」

「ありがとう」

 彼女はそう言うと一個だけ手に取る。

「一個忘れてるぞ」

「それはあんたの分」

「は?」

「だから、私があんたの分を買って上げたの」

「何で」

「別に良いじゃない。ただの気まぐれよ」

 言ってそっぽを向いてしまう。だが帰ろうとはしない。

「そっか。ありがとうな」

 物を貰ったので礼は言っておく。

「だが、今はバイト中だから食えないのだよ」

「そ、そうよね。ごめんね」

「まあ、後で食べておくよ」

「うん」

 彼女は体の向きを変え、出口に向かう。

「それじゃあバイト、頑張ってね」

「おう」

 店を出て行く彼女の姿を見ながら思う。

 肉まん、隠さなきゃな。


 バイトが終わり帰り道、冷めた肉まんを食べながら帰る。ふと気になり携帯電話を見る。留守電が一件入っている。相手は『非通知』。再生する。

『私メリーさん。今あなたを応援しているの』

 時間を見てみると名有が店に来てからおよそ十分後。

 あいつもよくやる。


 明くる日の朝。俺はインターホンの音で目が覚めた。

「おーい。起きてるー?」

 相手は名有のようだ。時間を確認すると十時。俺は渋々起き上がり玄関に向かう。午前中に起きる事になるとは。

「何のようだ」

 扉を開けると名有が意外そうな顔をして立っていた。

「流がちゃんと起きてる」

「お前に起こされたんだよ」

「いつもはぎりぎりに学校来るのに」

「あれ? クラス一緒だったっけ?」

「違うけど」

「何でぎりぎりに来る事知ってるの?」

「それは……そっちのクラスの子に聞いたのよ」

 女子の情報網って怖いな。

「で、何のようだ」

「これから買い物に付き合いなさい」

「何で」

「どうせ今日一日暇でしょ」

 確かに今日は休日で、バイトも入っていない。だが、

「無理だ」

「何でよ」

「折角の休み、家で休むのが普通だろ」

「若者なら外に出ろよ」

「実は持病のしゃくが」

「あんたは持病持ってないでしょ」

 このままではらちが明きそうに無い。

「分かった。降参だ」

「なら早く着替えて」

「買い物ってコンビニじゃないのか?」

「普通にショッピングモールだけど?」

「あそこ人多いじゃん」

「それはそうだけど」

「面倒」

「駄目」

「ほら、女友達とか誘って行けば良いじゃん」

「皆予定があるんだって」

「俺だって予定が」

「どうせ部屋の中で読書ぐらいでしょ」

「……彼氏とかと行けば良いじゃん」

「……彼氏いないし」

「……」

 何だか気まずい空気になってしまった。

「分かったよ。分かりましたよ。行けば良いんでしょ行けば」

「それで良し」

 彼女は嬉しそうだ。たまにはこんな休日も良いか。そう自分に言い聞かせる事にした。


「あんた普通の服装なのね」

 着替えが済み、外に出た途端これだ。

「何? 制服にでも着替えれば良かったのか?」

「そうじゃなくて、こんな可愛い子と買い物なのよ」

「自分で言うのかよ」

「うるさいわね。行くわよ」

 名有は先に歩き出す。部屋に鍵を掛け、後を追う。

「でも、何で急に買い物に誘ったんだ?」

「他に相手が思い付かなかったからよ」

「一人で行くって手もあったのに」

「一人で買い物とか寂しいじゃない」

「そんな物かねー」

 しばらく歩くと名有が話しかけてくる。

「さっき、あんた自分で言うなって言ったけどさ」

「おう」

「あんたから見て私ってどう?」

「何? そんな事が気になるの?」

「私だって女なんだからそれぐらい気になるわよ」

「うーん。何と言うか、男っぽいかな」

「私ってそんなに男っぽい?」

「だって小学校の時はスカートなんか着ないでズボンだったし、休み時間なんて男子と遊んでたじゃん」

「そ、それは昔の事であって今は違うもん。私服は大体スカートだもん」

「確かに今はスカートだもんな」

「それで今はどう?」

「今?」

「うん」

 俺は彼女の方を見る。

「昔よりはちゃんと女の子らしいよ」

「そっか。なら良かった」

「髪型は昔のままポニーテールなんだな」

「この方が動きやすいからね」

「身長が低いのは?」

「うっさい」

 その後はたわいも無い話をしながらショッピングモールに向かった。


 さすが休日のショッピングモール、家族ずれやカップルなんかで賑わっている。

「さて。どこから行こうかな」

 名有が呟く。

「決めてなかったのか?」

「何となくは決めてたけど、いざ来ると色々回りたくなるでしょ」

 そんな物なのだろうか。

「と言うか、俺朝飯も食べて無いんだが」

「男なら我慢して付いてきなさい」

 こいつは笑顔でなんて恐ろしい事を言うんだ。

「でもほら、朝飯はちゃんと食べなきゃって」

「良いから行くわよ」

 あんまりだ。


 最初に訪れたのは服屋だった。

 ショッピングモールとかの中って同じジャンルの店が何店かあるけど、纏めておけよと思う。

「女子ってしょっちゅう服屋に行っているイメージがあるよな」

「そこに同意を求められてもねー。私はそんなに服屋には来ないけどね」

「じゃあ今日は何で来たんだ?」

「少し気が早いけど新年に向けて新のを買おうかと」

「別に新年入ってからでも良いんじゃない?」

「女子は色々大変なのよ」

 女は良く分からん。

 それにしたって暇だ。何でこう女は買い物が長いのだろうか。

「なあ、俺暇なんだけど」

 俺は名有に言ってみる。

「そう? じゃあその辺りでもぶらぶらしてくれば。あ、お店からは出ないでね」

「へーい」

 付きっ切りでは無くなったが、店の中をぶらついた所で何かあるようには思えない。


 何にも無い。いや服はあるけどそれ以外が特に無い。アクセサリー類は俺は着けないし。非常につまらない。

 暇になったので名有の所に向かおう。

 と、丁度良い所に名有の姿が見えるが、店員に絡まれていた。

 どうやら店員が一方的に何か言っている様だが、距離があるため何を言っているかは分からない。

 すると、名有の方は俺の事に気が付いた様でちらちらとこちらを見てくる。仕方が無いので助ける事にした。

「おーい」

 と、名有の方に近づきながら声を掛ける。

 店員は俺の事に気が付き、振り返る。

「大丈夫か?」

 名有に聞くが、何も言わずに俺の後ろに隠れてくる。

「あの、その子のお父さんですか?」

 店員が聞いてくる。

「あー」

 別に親ではないのだが、違うと言うと何だか面倒そうなので、

「まあそんな所です」

 と、答えておく。

「駄目ですよ、ちゃんと娘さんの事を見ておかないと」

「はあ、すみません」

 何故か店員に説教された。

「お父さん見つかって良かったね」

 店員は俺の後ろに隠れている名有に対して言うが彼女は答えない。

「それではごゆっくりどうぞ」

 そう言って店員は去っていった。

 俺はもう一度名有に聞く。

「大丈夫か?」

「別に……」

 今度は答えてくれた。

「そんなに店員と話すのが嫌だったか?」

「それより親子として見られてたのが……」

「それだけ若く見えたんじゃないか?」

「単純に身長でしょ……」

 何なんだろうか。この空気は。

「まあ、そんな事より買い物続けようぜ」

「そんな事って……もう良いや」

「お、帰るか?」

「帰りはしないよ。そうだ!」

 いきなり元気になるな。

「折角だからあんたが服選んでよ」

「はあ? 何で俺が」

「こう言う時位、良いじゃない」

「俺服とか興味ないし」

「私のを選んでくれるだけで良いのよ?」

「……保障はしないぞ」

「うん!」

 かくして俺は名有の服を選ぶ事になったが、女物の服は種類がありすぎて分からなくなる。


「ど、どうかな?」

 試着室のカーテンを開け、名有が聞いてくる。

 名有のアドバイスの下、とりあえず色を揃えてみると言う方針で白い服を何着か選び、名有に着て貰ったが、

「凄く似合ってるよ」

 思った以上に似合っていた。

「子供っぽく無い?」

「まったく子供っぽく無いと言えば嘘になるが、そこまで子供っぽく無いぞ」

「そっか。なら良かった」

「その服はどうするんだ?」

「折角選んで貰ったから買うよ」

「そっか」


「服、着替えなくて良かったのか?」

 あの後名有は選んだ服を買い、そのまま出てきた。

「折角選んでくれたからねー」

「そんな物か?」

「そんな物なの」

「それはそうと、そろそろ飢え死にしそうなんだけど」

「あ、ごめん」

 時間はすでに十二時を回っている。朝から何も食べていないと結構辛い。

「じゃあお昼はそっちが選んで良いよ」

「無難にファーストフードで良いか?」

「お任せするよ」

 俺達は近くにあったファーストフード店に入る。

「何が良い?」

「んー、何でも良いよ」

「何でも良いって結構面倒なんだけど」

「まあまあ気になさるな」

「じゃあ適当に席取っておいて」

「はーい」

 そう言って彼女は席を探しに行った。俺は適当に会計を済ませ名有を探しに行く。

 彼女は窓際の二人席に腰を掛けていた。

「おまたせ」

「待ってました」

 彼女は俺が持ってきた物に手を出す。

「いただきまーす」

「これからどうするんだ?」

「どうするって?」

「まだどこか行くのか?」

「んー、特に考えてないや」

「じゃあ食べたら帰るか」

「折角外に出たんだから遊ぼうよ」

「遊ぶって言ってもな」

「じゃあ映画見よう、映画」

 確かにこのショッピングモールには映画館があったが、

「映画始まるまで時間あるだろ」

「じゃあ次に始まる奴にすれば良いよ」

「そんなんで良いのかよ」

「良いの良いの」

 そんな訳で俺達はこの後、映画館に行く事にした。


「お前大丈夫か?」

「だ、大丈夫」

 映画館の方に行き、時間表を見ると次のは十分後とあったので、それのチケットを買ったのは良かったのだが、

「次のがホラー物だけど」

「大丈夫、私だってもう大人だし」

「昔からホラーは駄目なんだな」

「別に平気だもん」

 逆に心配になる。

「無理して見る事は無いんだぞ?」

「でも、折角だから」

 何が折角なんだ?

 時計を見るともう入場出来る時間だ。

「時間だから行くぞ」

「どんと来い」

 それは何か違う気がする。


「中々面白かったな」

「……」

 名有は映画が始まってから腕にしがみついて離そうとしない。

「凄く動きづらいんですけど」

「しばらくこうさせて」

「……他に寄る所は無いか?」

 そう聞くと彼女は頷く。

「じゃあ帰るか」

 頷く。

 何だか心配になる。


「今日はありがとうね」

 アパートに着くと名有は弱々しく言う。余程映画が怖かったのだろうか。

「それじゃあね」

 そう言って部屋に入ろうとする彼女を、

「ちょっと待って」

 と引き止める。

「何かあるの?」

 俺はポケットの中から一つの包みを取り出す。

「はい、プレゼント」

「へ? 私に?」

「他に誰がいるんだよ」

「あ、ありがとう」

 彼女は包みを受け取ってくれる。

「開けてみても良い?」

「良いぞ」

「何かな」

 まるでクリスマスにサンタから貰ったプレゼントを開ける様に嬉しそうに開けている。

「ネックレス……」

 俺が彼女にあげたのは青い石が一つだけ付いているシンプルなネックレスだ。

「お前が連れ出してくれなかったら多分、一日無駄に過ごしてただろうからそのお礼」

「そっか……」

「嫌だったか?」

「ううん。とっても嬉しいよ」

 彼女は今日一番の笑顔を見せてくれた。

「それなら良かった」

「これで……どうかな?」

 彼女はネックレスを着け、聞いてくる。

「予想通り似合ってるよ」

「ありがとうね」

 二人して何を言う訳でもなく見つめあう。

「それじゃあな」

 俺は恥ずかしくなって部屋に入ってしまった。

 柄でもない事をしてしまった気がする。


 十二月。町がクリスマスだかなんだかの準備で騒いでいる中、俺は昼前に起きた。時間を確認するため手近にあった携帯電話を確認すると十一時、更に留守電が数十件。確認すると全て『非通知』。

 ……再生。

「私メリーさん。今あなたの部屋の前にいるの」

 あいつの中ではメリーさんが流行っているのか。

 時間を見ると今から三十分前。さすがにもういないだろう。

 腹が空いたので冷蔵庫を見てみるが中身は空。面倒だが買いに行かなくては。

 外に出かける為着替え、イヤホンをする。出かける時は大体ラジオを聴くと言うのは我ながら爺臭いと思う。

 靴を履いている時携帯電話が震える。画面を見ると『非通知』。あいつはまだやっているのか。

 イヤホンを片方だけ外し電話に出る。

『私メ――』

「あー俺これから買い物行って来るから」

『え、ちょっと!』

 切る。イヤフォンを付け直し、靴を履き、家を出る。外気は冬らしくとても寒い。思わず目を瞑る。俺はさっさと部屋の鍵を閉め、足早に出かける。


 帰って来ると部屋の前で誰かが蹲っている。

「どうした?」

 イヤホンを外しながら聞いてみる。

 蹲っている人が顔を上げると名有だった。ただし、泣いていた。

「おい、本当にどうした」

 彼女はフラフラと立ち上がると殴ってきた。殴ると言っても弱々しく、逆に心配させるようなパンチだった。

「大丈夫か?」

「バカ……」

「へ?」

 彼女は喋った。小さな声で。

「何で私の事を無視するの……」

「えっと」

「何で私の声を聞いてくれないの……」

「あの」

「何で!」

 彼女はそう言うと崩れていった。

 彼女は顔を手で覆いながらただただ泣いている。

 それに対して俺は、

「ごめん」

 それしか言えなかった。


 あれから名有は動こうとしなかった。

「その……ごめんな」

 時折言ってみるが反応は無い。

 困った。このままではどうしようもない。

 ふと思いつく。

 俺は彼女に背を向け、電話を掛けた。『非通知』で。

 これで彼女が携帯を持っていなかったら打つ手は無い。

 数回コール音が鳴る。

『……』

 名有が出る。

「えっと……」

 思い付きで電話を掛けたが何を言えば良いか思いつかない。

「……わ、私メリーさ――」

 切られた。

 いや、さすがに悪いとは思ったよ。でも他に思い付かなかったんだからしょうがないじゃん。

 俺はもう一度掛ける。

 次はすぐに出てくれた。

「いや、さっきのは本当にごめん。その、こう言うのは苦手で」

『何のよう』

 明らかに不機嫌だ。だが、ちゃんと電話には出てくれた。

「……その、な。俺はなんと言うか、その……ああもう!」

 俺は携帯電話を放り捨て、名有に近づく。

 俺は彼女の肩に手を置き、彼女に言う。

「俺は人の心を読み取るのが苦手だ! だから、今何でお前が泣いているのか分からない! だから、お前が何で泣いているのか、俺の何が駄目だったか言ってくれ!」

 辺りは静かになった。

 彼女は顔を上げた。

「全部だよ……」

「え?」

「全部だよ。人が頑張っているのに気づいてくれない所とか、人がアピールしてるのに見てくれない所とか、身長が無駄に高い所とか」

「最後のはちが――」

 俺の言葉を遮り、俺の目を見ながら彼女は言う。

「でも、そんなあなたの事が大好き」

「……へ?」

「今まで私はあなたの事を追いかけて来た。あなたに近づく為に同じ学校に行ける様に頑張った。あなたに見てもらう為にオシャレにも気を使った。でも、どれもあなたは気が付いてくれなかった。」

「……」

「でも諦められなかった。ずっと、ずっと好きでした。だから私と付き合ってください」

 息が詰った。

 何て答えれば良いか分からなかった。

 長い沈黙。俺はようやく声を出す。

「……こんなお前の事を分かってやれない俺なんかで良いのか?」

「最初に言ったでしょ、そんなあなたが大好きって」

「……俺なんかよりもっと良い男なんて――」

「ああもう!」

 そう言うと彼女は俺の首に手を回し顔を近づけ、唇を重ねる。

 どれぐらいそうしていただろう。

 長いような短いようなどれだけ時間がたったか分からない。

「……これで、どう? 分かった?」

 俺は首を立てに振るしかなかった。

「……本当に俺で――」

「何回も言わせないで」

 睨まれてしまった。

 俺は彼女を抱きしめ言う。

「不束者ですがよろしくお願いします」

「はい。あ、でも」

「何だ?」

「ちゃんとあなたの口から聞いてない」

「……言わなきゃ駄目か?」

「私だけ言わされるのはずるいでしょ」

「……愛してる」

「んー、聞こえないなー」

「愛してる」

「誰の事を言っているのかなー」

「お前の事を愛してる!」

「ありがとう」


「大きいねー」

「そうだな」

 クリスマス当日。町の広場には大きなクリスマスツリーが立てられていた。

「もっと他に感想は無いの」

「お前の何倍なんだろうな」

「身長の話はするなー!」

「ほら、寒いからもう帰ろうぜ」

「まったく。あ、そうだ!」

 向日葵は俺の隣から走り、クリスマスツリーの下に行く。ああ、天然カイロが行ってしまった。

 彼女はなにやら携帯電話を操作し耳元に当てる。

 それと同時に俺の携帯電話が震える。ポケットから取り出し画面を見ると『非通知』。

 俺は電話に出る。

 彼女はこちらを向いて笑顔を見せている。

「もしもし」

『私メリーさん。今とても』


『幸せなの』

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