第8話 光るちっぱい

 恐怖に慄く左近を抱える三成と、落下の影響で足を引きずるタカムラは、通路で気絶している女を見下ろしていた。


「しかしなんだ。打ち所が良かったというか悪かったというか、あのカリナを倒したのか。サキっちのお手柄だな」


 倒れた時に後頭部を強打したカリナはそのまま失神。

 どうにか事なきを得た二人であるが、左近もタカムラも手負いとなっている。


「おいタカムラ。ちっぱいとは何だ」


 何故か無性に気になる言葉として頭に引っかかっている。


「いやあ、それはだな。まあ、神だ。うん」


 タカムラは答えながら荷物をあさり、一本のロープを取り出すとカリナを後ろ手に縛り上げた。


「ふむ、こうして触ってみるとホルスタインも悪くねえ」


 どさくさ紛れどころか、堂々とカリナの巨乳を揉みしだく。


「やめよタカムラ。見ていて虫唾が走る。それよりもイシヌマは良いのか? 四天王とやらに挑んでおるのであろう。助太刀に参るならば早いほうがよいぞ、機を逸する」


 本当ならば話す事さえ憚られる心境である。

 言うなれば、今のタカムラの行動は三成にとって『生理的に無理』というやつだ。


 カリナの胸を揉みしだきながら、タカムラの心には沸々と欲望が満ち溢れていく。


「……やっぱりダメだ。 ちっぱいじゃないとダメだ」


 鼻息は荒くなり、軽蔑するような目でカリナを地に放置した。

 そして欲望が滾る瞳を三成へ向けた。


「サキっち」


 刹那、空気が振動した。


 凄まじい振動に三成の鼓膜が揺れ、目眩を起こし、意識を朦朧とさせながら地に倒れる。


「はぁはぁ、やっぱり、ちっぱいが良い。サキっち」


(なんだ……タカムラの仕業か)


 歪む視界に耐えながらどうにか状況を確かめようとする三成であったが、その両腕がタカムラに掴まれた。


「サキっち……はぁはぁ」


「た、タカムラ、やめよ! ぐぬぬ」


 超音波と表現すべきであろうか、タカムラが作り出した空気の振動は強烈で、左近は既に白目をむいて卒倒している。


「この胸当て外すよ。ちっぱいを見せてくれ」


 タカムラの手が三成の胸当ての留め金に触れた。


(なんという屈辱。この俺が男に……このような陵辱を)


 目眩の所為もあって身体がいう事をきかない。

 身体が自由だったとしても、三成の細腕ではタカムラに抗う事は難しいだろう。


(くそう、どうという事はない。耐えるのみ)


 三成の思考ではそうだが、少女の心境は大いに異なる。


(なぜこうも恐ろしいのだ。ただこの男に身体を許すだけだろう。なんだ、なぜ涙が出る)



 三成が生きていた時代、名のある権力者に小姓として近習している男児は大抵の場合、その主君と肉体関係を持つ。


 戦場にあっては女人禁制が当然であり、そこで主君の夜伽を務めるのは当然であった。ましてや裏切りが常の世、寝屋を共にするような間柄こそ、何より信頼関係の構築となる。


 三成自身も言うに及ばず、小姓の立場で主に仕えていた時期が長かったのだが、三成に関して言えば少々特殊である。


 そもそも公家の文化として花開いた衆道と呼ばれる男色は、時代の移り変わりと共に武家に広がり、乱世のニーズに適応する形で武家文化に根付いていった。


 だが、三成の主君は武家でも公家でもない。


 尾張の農村で生まれ育った三成の主君は、この時代の将としては珍しく男色を好まず、天下人となってからはより一層の女好きとして知られ、後世にまで『女好き』のレッテルを貼られるような人物だった。


 そのような主君が小姓に手を出すはずもなく、故に三成は男の味を知らない。


(このような所で男を知るか……だが何故こうも悔しいのだ)


 更に言えば、三成の生きた時代に『貞操概念』などという物は全くと言っていい程に存在しない。

 処女性が意識されるような事は皆無であり、それどころか子を設けた事がある女性のほうが重宝される場合さえあった。


 イエズス会の宣教師ルイス=フロイスが驚愕した程に、その当時の日本人は性にオープンでおおらかであったのだ。



 にもかかわらず、三成の身体は頑なにタカムラを拒否した。


 それは老婆が授けた美少女の心が持ち合わせていた恥じらいや、貞操概念から来る感情であるのかもしれない。


 だが、必死の抵抗も虚しく、無情にも胸当てが外される。

 男物の胸当てが外されると、その下には薄い布の肌着が一枚あるだけ。


「やめよタカムラ!」


 ふり絞った声で叫んだ。

 その瞬間、布に覆われた小ぶりな乳が光った。


 黄金に光り輝く貧乳は、布を通しても眩く、タカムラを黄金色に染める程に強烈な光を発している。


「おおおお、ちっぱいが、ちっぱいが! なんて神々しいんだ!」


 黄金の光を浴びるタカムラは、いつの間にか両目から大粒の涙を零していた。


「神だ……ちっぱいは神だ!」


 三成の特殊能力が発動した瞬間である。


 完全に心を奪われたタカムラはその場に平伏した。


「これは俺なんかが触っちゃいけねえ! 俺なんかが拝むには百万年早ええ! ちっぱいは、ちっぱいは神なんだ!」


 涙を流しながら意味不明な事を口走るタカムラは、何を思ったか今度は三成に懇願し始めた。


「許してくれ! 俺が悪かった、泣かすような事は二度としない、ちっぱいは俺が守る。ついでにサキっちも俺が守る! 理の水晶を手に入れるまで、俺がちっぱいとサキっちを守る! 俺にちっぱいを、サキっちを守らせてくれ!」


 タカムラの心に満ち溢れていた欲望が、ちっぱいの光を浴びて三成への人望に変わったのである。


「タカムラよ、顔を上げよ」


 へたり込んでいた三成の目の前で土下座していたタカムラに対し、三成は衣服を整え胸当てを付けながら言葉をかけた。


「俺は平気だ。今の言葉嬉しく思うぞ、俺を守ってくれ。こちらからも頼む」


 未だ震えの止まらない身体で、震える唇で、どうにかこの場を納めようと健気な姿勢を崩さない。


 全ては徳川家康を討つため、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、全ての困難を乗り越える。全ては亡き主に奉げる最期の忠義として。


「タカムラよ。俺は理の水晶を手にするためならば死をも厭わぬ。そうせねばならぬ、力を貸してくれ」


「分かったよサキっち……有難う!」


 タカムラは完全に心を撃たれ、罪悪感も相まってちっぱいに全身全霊で尽くす事を決めた。そしておもむろに立ち上がり、直ぐに己の能力をフル活動させる。


「こうしちゃいられない、サキョウを追おう。サキっち、理の水晶は君が手にするといい。俺はそのために全力を尽くすよ」


 タカムラは迷宮内の微弱な空気の振動を感じ取り、サキョウが向かった場所を探る。


「あっちだ。サキョウの所へ行こう、先を越されたら面白くない。仲間とは言ってもライバルでもあるんだ。理の水晶をサキっちが手にするには、サキョウを追い抜かないといけない!」


「身勝手な奴だ。まあよい、参ろう」


 白目をむいた左近を大切に抱きかかえ、タカムラに案内されて迷宮の奥へと向かった。

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