第7話 進撃の巨乳
気がつくと寝入っていた。
うす目をあけ、つかの間の微睡みが遠のく。
「
左近の声に目を覚ます。
薄暗く湿った迷宮の中で、この場所だけは空気が軽い。
朝なのか夜なのかも分からない迷宮の中で、この場所だけがいくらか快適な原因は、ひとえにタカムラの空気を自在に操る能力にある。
「左近おはよ」
顔にすり寄ってくる左近の毛並みを頬で感じながら、三成は無意識のうちに少女の自分を受け入れ、心置きなく左近のモフモフを堪能している様子である。
「起きたかサキっち。これからサキョウが四天王と一騎打ちらしい。見に行かねえか?」
「四天王?」
寝る前にそんな会話がなされていた気がしなくもない。
「やめてよケンゴさん。そんな大げさな事じゃないさ、なんせ僕の圧勝で間違いないから、ね」
三成は身体を起こし、改めて自身の不甲斐なさを嘆いている。
どうにも華奢なこの身体にも慣れてはきたが、目の前にいる屈強な肉体を持つタカムラと、何やら怪しげな両目を持つというイシヌマの前では、己の非力さを痛感せざるを得ない。
「イシヌマと申したな。武運を」
イシヌマを正面から見据えて武運を祈る。
その三成の姿に、イシヌマは頬を真っ赤に染めて狼狽えた。
「あ、いや、ああ、有難う。だけどそれ以上俺に近寄らないほうがいいぜ。俺に近づいた女は、みんな
小さく首を傾げ、三成はそのままタカムラに問う。
「おいタカムラ。イシヌマは何を申しておるのだ。俺には理解できん」
「がっはっは。気にするな、中二病ってやつさ。いや、それを拗らせちまった厨二病だな。まあどちらにしても、気にするな。それがいい」
どうにも納得のいかない三成を他所に、彼らはさっさと支度を済ませて迷宮の奥へ向かう。
左近を抱えた三成も荷物を背負い、慌ててその後を追った。
「どこまで進むのだ」
「この奥の隠し扉の向こう側さ」
「扉を抜けたら下がっててくれよ。アイツと俺の勝負だからな」
通路の明りは薄暗く、タカムラが手に持つ松明で周囲を照らしだしている。
そして、そのタカムラが足を止めた。
「カリナが来ている……サキョウ、先に行け」
「まったく便利な能力だな。んじゃカリナの相手は任せる」
サキョウが駆けた。
次の瞬間、周囲は体の奥底まで冷えてしまいそうな強烈な冷気に包まれる。
「くそ、もうやつのテリトリーだったか」
「サキョウ、先に行け!」
構わず駆けるサキョウに背を向け、後方へ体を向けたタカムラが松明を投げ捨てた。
「カリナ! 今日こそ決着を付けようじゃないか」
両手を広げ、空気を操る。
「サキっち。ちょっと下がっててくれ」
「ああ、わかった」
左近を抱えた三成がタカムラの後ろに回るのと、闇の奥から矢が襲ってくるのがほぼ同時だった。
「甘いな!」
タカムラが念を込めると、明らかに空気の流れが変わる。そして、その流れに沿うようにして迫りくる矢は方向を変え、壁に当たって通路に落ちた。
次の瞬間、弾丸のような物がタカムラと三成を襲う。
「ふんっ!」
タカムラが気合いを入れ、目の前に空気の振動を利用した壁を作り出す。すると、襲い来る弾丸はその振動に当てられて粉々に飛散した。
そして、飛散した弾丸の残骸が三成のほうへも飛んでくる。
「水?」
「ああそうだ、カリナは水を操る。自在に操り武器にする事もできるし、温度も自在に操れる。あいつはな、飲み過ぎて急性アルコール中毒で死んだのさ。どうやら死ぬ前に死ぬほど水を欲したらしい」
更に強烈な水の弾丸が襲う。
「くそ……食らいやがれ!」
幾つかの弾丸を体に受けながら、どうにか三成を庇っていたタカムラであったのだが、このまま防戦では厳しいと判断。
一気に反撃に転じる事にした。
「爆ぜろ!」
一瞬、通路内の空気が無くなった。
タカムラの遠く前方に、周囲の空気が圧縮されたのである。
そして、その空気が一気に膨張した。
(なっ、なんだ!?)
困惑する三成の視界に映ったのは、正しく爆発である。空気の圧縮で作られた爆弾が、遠く前方ではじけ飛んだのだ。
凄まじい風圧が襲い、その風圧からタカムラが身を挺して守ってくれている。
「おいタカムラ、俺はよい。敵がおるのであろう」
「よいって、よいわけないだろ。サキっちは守る」
タカムラの奥義とも言うべき空気圧縮爆弾。
その強烈な威力に戸惑いながら、三成は自分が守られているという現実に腹が立つ想いでいた。
(情けない……でも嬉しい。いや、俺は何を)
次の瞬間、タカムラの身体が大きく飛んだ。
飛んだというより、まるで迷宮の天井に引っ張られるようにして上方向へ跳ねた。
そして、数メートルはあろうかという高さの天井に、その体が貼り付いてしまったのだ。
「ぐあ、くそ」
「タカムラ! 無事か!?」
「あ~ら、もしかしてあんな不細工な男に惚れた? そんな訳ないわよね? もしそうだとしたら、あなた見た目の割に相当な尻軽ね」
迷宮の入り口で襲ってきた女である。
「ほう、女。俺の前に姿を見せるとは良い度胸だ」
「
女は右手に扇を持ち、その扇からはちょろちょろと水がしたたり落ちている。
「昨日は油断して準備不足だったのよ。今日はもう逃がさないわ子猫ちゃんと小犬ちゃん。たっぷり楽しませてもらうわよ」
女の言葉が終わる前に、三成は剣を引き抜いていた。
「面白い。俺と左近に勝てると思うておるようだな、だがそう簡単にはいかぬぞ」
その姿に女は高らかに笑った。
「アッハッハ、可愛いね、本当に可愛い。けどあんた、あたしに勝てるわけがないだろう? あたしのこの胸をご覧よ。それに引き換えあんたのその胸はなんだい?」
一歩づつ歩み寄りながら、女は三成の胸を指さした。
「その胸当て、男物じゃないか。女物の胸当てじゃガバガバでサイズが合わなかったのだろう? アッハッハ、未発達の身体で、このあたしに勝とうってのかい」
三成は小さく歯噛みする。
(おのれ……何を言うておるのかいまいち分からぬが、乳の事を愚弄されているのは分かるぞ)
闘うだけの気構えはあるが、剣を構える手は小さく震えていた。
(馬鹿な……こんな事があってたまるか。俺は、俺は石田治部少輔三成だぞ)
ニヤリと笑みを浮かべながら近づく女に対し、三成は正しく蛇に睨まれた蛙といった構図になっていた。
「
吠える左近が飛びかかった。
「邪魔だよ犬ころ!」
扇から流れ出ていた水が舞った。
それは一枚のハリセン状となり、左近をバチリと引っ叩く。
「
「水さえあれば怖い物なしさ。さ、ちょいと味見をさせてもらおうかね」
女は妖艶な指使いで三成の頭に手を伸ばす。
「や、やめろ!」
慌てて剣を振るってみるが、それさえも水のハリセンに弾かれてしまった。
「あっはっは、いいねえその顔。恐怖に歪んだその顔が、初めて味わう快楽に溺れる……想像するだけで疼いちゃう。その平べったい胸も、快楽に溺れれば少しは大きくなるかもしれないよ? あっはっは」
女の迫力に気おされた三成は、いつの間にか尻もちをついて後ずさりする状態となっていた。
「来るな……来るな! 左近、助けよ! 左近!」
小犬の左近は先ほどの一撃で完全に意識を失って延びてしまっている。
(くそ、なんたる屈辱)
その時、天井から大音声が発せられた。
「黙れホルスタインめ! ちっぱいは神! 貴様のような無駄に大きく育ったホルスタインなど気持ちが悪い! ちっぱいを馬鹿にした事、この俺が後悔させてやるからな!」
天井に貼り付けられたタカムラである。
タカムラの身体は水に運ばれて天井に張り付き、その水が凍り付いてタカムラの身体を拘束している状態なのだ。
「おおおおおおおお、ちっぱいは神! ちっぱいは正義! 俺が守る!」
ミシミシと音を立てて氷の拘束が剥がれようとしている。
それを見上げる女の表情に焦りの色が見て取れた。
「な、無駄さ怪力ブ男! あたしの作り出した氷がそう簡単に……」
(ええい、儘よ!)
女の視線が天井に向いた隙に、三成は勇気を振り絞って突進した。
「左近! 目を覚ませ!」
女の腰に思い切り体当たりした三成は、思いの外華奢な女の身体ごと地に倒れ伏す。
「左近!」
主人の必死の叫び声に、ついに左近が目を覚ました。
小さな躯体をふるふると身震いさせ、纏わり付いた水を切る。
「
左近が再び女に襲いかかるべく、その四肢で力強く大地を蹴った。
だがその直後、左近の身体の真上に巨大な塊が落ちた。
「おおう、ワンコ無事か? 危ないところだった、ど根性ワンコになってしまうところだったな」
氷の束縛を力任せに振りほどいたタカムラが、天井から落ちてきたのである。
「
「左近!」
慌てて駆けより左近を抱きかかえる。
「その方、左近に何をしてくれたのだ!」
三成に抱きかかえられてぶるぶると震える左近の瞳は、完全に恐怖に支配されている。やはりそこは小型犬のそれであった。
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