第2話 甲子園アイドル 夕日出 隼人

 地下アイドル3組が通り過ぎた後にも、さらにまた歓声があがる。


 今度は誰だと振り向いて、すぐ納得した。


 坊主頭の三十人ばかりの集団だ。


 その真ん中には、一人だけ短髪ぐらいに髪が伸びた、別格のイケメンがいた。


「きゃあああ! 夕日出ゆうひでさ――んっ!」


「夏の大会も頑張って下さいっ!」


 いつの間にか御子柴みこしばファンも、やなぎファンもちゃっかり混じっている。


 彼らは見た目通りスポーツ9組の野球部だ。


 野球好きの社長が金に物を言わせ全国から有望な選手を集め、プロ並の練習設備を揃えて作った金持ちの贅沢チーム。


 そして開校五年目にして、この春、ついに甲子園出場を果たした。


 その立役者となったのが三年生の天才バッター、この夕日出ゆうひで 隼人はやとだ。


 野球の才能もさることながら、坊主頭にしても他のイガグリ達とは別人種だと思わせるほどの端正で甘い顔立ち。


 この春、甲子園に出ると、一回戦負けにもかかわらず甲子園史上ナンバーワンイケメンの称号を得て、ファンクラブまで出来た。


 春の大会後、三年の特権で髪を伸ばしているせいで、ますますカッコよくなった。


 試合の時は隙のないサムライのような雰囲気の夕日出さんだが、普段はその名の通り夕日のようにアンニュイに黄昏たそがれて、そのギャップがまた女心をそそる。


 そんな取り巻きの一人が、こっちを見た。


 人の良い丸い笑顔で手を振る坊主頭に、私も手を振り返した。


 彼は同じクラスのおかやんこと岡田建治だ。


 脂肪か筋肉か見分けのつきにくい大柄の巨体だが、キャッチャーとしての腕は意外にもいいらしい。


「おい、そこの一年! なに女に手ぇ振ってんだ!その場で腕立て五十回!」


「は、はいっ! すみませんっした!」


 野球部の通り道を振り返ると、あちこちに腹筋やら腕立てをしている一年生がいた。


「ありがとうございっしたあ!」


 命令を遂行した一年生は、駆け足で集団に追いつき礼を言う。


 朝の見慣れた風景だ。


「遅いっ! もう一度ここで腹筋百だ!」


「はいっ! すみませんっした!」


 絶対おもしろがってる。


 こういういじめをやりたがるのは、万年補欠で自分も被害を受けてきた三年生だ。


 夕日出さんのような一年からレギュラーのスターは、我関われかんせずと気にも留めていない。


「夕日出さん。おカバンお持ちします!」


「いいよ。彼女じゃあるまいし」


 三年が全員カバンを下級生に持たせても、彼だけはそういう権力の使い方をしない。


 彼を追って、この高校に?


 いや、夕日出さんは確かにカッコいいけど、私が追いかけてきた彼はもっともっとカッコいい。


 彼よりもカッコいい人なんて見た事ない。


 この学校に、どんなアイドルスターがいようとも、彼以上に均整のとれた体で、仕草の一つ一つが芸術のように美しい人なんているはずがない。


 立っても座っても歩いても、一切の無駄を省きながら、完璧に美しい。


「あれ? あいつ誰だ?」


 取り巻きの一人が校庭を走る野球のユニフォームを着た生徒に気付いた。


 野球帽までを律儀に被ったまま、一心不乱にランニングしている。


「一年かよ。上級生を出迎えもせずに何考えてんだよ。ちょっと締めとかないとな」


「おいっ! お前、こっち来いっ!」


 彼は呼ばれた事も気付かず、まだ走っている。


「おい無視すんなっ! なめてんのか!」


 大声で怒鳴られ、彼はようやく気付いて、慌てたようにこちらに走ってくる。


 そう。


 彼こそが私の想い人。


 志岐しき 走一郎そういちろうだった。

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