アーク物語

春寝のサクラ

第1話 冒険者セイス


 ──ゴガァアアアアアアアアアア



 轟音と共に巨大な炎が標的へ放たれた。狙った獲物はおろか、大地すら溶かさんばかりの大火炎である。


 標的の人物は素早く地を蹴り、回避する。


「──予想はしてたが、こりゃだな」


 そう呟く彼の名はセイス。25歳という若さにしてリベルタリア公国のSランク冒険者「探求の大博典だいはくてん」との異名を持つ英雄の一人だ。


 身長185cm、英雄にふさわしい鍛え抜かれた体躯を極限まで操り、獅子の様な黒き髪と髭を振り乱す。端正な顔をしかめ、切れ長で透明度の高い青色の目を相手に向け、凝視しつつ距離を取る。


(これ程の相手を生かさず殺さず、か。それではヴィクトルは使えない、こんな依頼──)


「ヴォオオオ!ガァアアアアアアアアアアアアアア」


「──っ、よほどの物好きしか受けないよなぁ!」


 回避しながらセイスは、両手にそれぞれ水と風の魔法陣を構築し、頭上で合わせ詠唱、そして放つ。


「──氷流星ひょうりゅうせいっ!」


 瞬間、頭上の空間一杯に岩石大の分厚い氷の結晶が無数に現出し、火炎と咆哮をまき散らす巨大なに向かい降り注ぐ──


「ヴォォオオオオオオオオオン!」


 次々と氷結晶がぶつかり砕け、命中した所から凍てつかせていく──が、相手も体中の鱗に炎の加護を増幅させ、凍てついた箇所を熱で溶かしていく。


「ちっ──こんな相手に加減とかありえないだろ!」





 ──今セイスが対峙している相手、それは──炎の大精霊・スルタードの眷属、炎龍・ダリオロス。正真正銘ランク外の伝説的神獣ばけものだ。




 ディスペリアと言われるこの世界──その中心にある古の塔より遥か南の煉獄島。わずかな大地、他は溶岩と熱と炎しかない煉獄にて激闘は続く。


(4・5日以上の長期戦はまずいな──封印結界を張られてた影響なのか、加護の濃度が高い。ならばヤツを島の外に誘い──海へ落とした瞬間に──。にしても難題をふっかけやがる、炎の大精霊様は!)


 3日前に封印結界を解いた後、炎の大精霊スルタードから出された試練の内容に心中で今さらぼやく。


『よくぞ来た人の子よ。邪神が施し封印結界が解かれた今、其方らが望し加護の開放をしてやらんでもない。が、私は自ら認めた者の望みしか叶えん。わかるか人の子よ、であれば我が試練みごと果たせ』


        ──現出せよ、主の命である──


          『──ダリオロス』



 大精霊スルタードは自らが納得したいが為セイスに試練を課した。


 試練とは召喚した自分の半身とも言うべき眷属・炎龍ダリオロスを討ち果たしてみよ、との事。

 しかしセイスには討ち果たす事が出来ない、力量が足りないのではない。縛られてるのだ、に。


 セイスへの依頼──それは炎の大精霊スルタードへの封印結界解除・加護の開放だけではない。スルタード以外の3大精霊をも解除・開放をしなければならないのだ。

 尚且つ、のとれた状態でのみ起こせる加護開放魔法──

 4大精霊の息吹(エレメンタルブレス)を発動させる事、それがギルドから依頼された内容だ。


 ──そう、大精霊のが大事なのだ。ダリオロスを討ち果たしたら均衡が崩れてしまう。


(そろそろ頃合いか。)


 3日間昼夜問わずダリオロスの体力と魔力を削り続けたセイスは、いよいよ行動を開始する。

 身にまとう漆黒のローブ、時空間の法衣クロノス・ローブに手を押し当てた。


 ──すると押し当てた手が、まるで沼地に立った足の様にローブへ引きずり込まれていくではないか。

 

 セイスは手首と肘の間あたりで止める。そして何かを掴んで引き戻した。


 引き出された物は一枚の大きな絨毯。風の絨毯シルフ・ターピだ。

 セイスは跳躍しながら風の絨毯シルフ・ターピに魔力を込めて広げる。

 絨毯は意思を持つ乗り物の如く加速し、セイスを空へ運んでいった。


 その様子を見たダリオロスは巨大な翼を力強くふるい、セイスを猛追しはじめた。



 ──ここだっ!


 タイミングを計り、上空100mあたりでセイスは水の上級魔法を発動させる。


「──大海障壁たいかいしょうへき


 その瞬間ダリオロスとセイスの間に津波のような海水の壁が現れた──


 躱しきれないダリオロスは海水に飲まれ海原へ引きずり込まれていく。

 その様を見たセイスは急旋回し、間髪入れず全身で氷の大魔法陣を築き始める。

 もがくダリオロスの頭部が海面にでたその刹那、詠唱し放った。


「古に失われし氷魔法の極み──白銀の世界」


 詩にでてくるような畏怖の欠片もない名前の魔法、だがその威力はすさまじすぎた。

 煉獄の孤島を中心に目視できる一面の水平線──その海原全てが一瞬で凍り付いたのだ。

 しかもただ海面が凍りついたのではなく、海底にいたるまで。


「ヴゥウウ……」


 3日間丸々体力と魔力を削られた状態で極氷魔法・白銀の世界を叩き込まれたダリオロスは、これ以上セイスにたち向かえず消えそうな声で唸る。

 その様子を見たセイスは天空に向かって叫んだ。


「炎の大精霊・スルタードよ!これ以上の戦闘は無用だ!我がこの試練を果したか否か裁定を下せ!」


 本来なら荒れ狂う波音が声にかぶさるのだが、今海は凍てついている為セイスの叫びが一面に響き渡る。


『人の子よ、よくぞ我が試練を果した。其方の力十分に見せてもらった。一面の海原を底まで凍てつかせるとはなんと強大な力、天晴である。しからば盟約は果そうぞ』


 その返答に対しセイスは少々済まなそうに述べた。


「大精霊スルタードよ、本来なら戦いの後始末をせねばならぬのだが、魔力が底を付きそうで出来そうにない。このまま放置してもよろしいか?」


 その言葉にスルタードは答えた。


『凍てついた海と我が眷属ダリオロスの事か、心配には及ばぬ。見るが良い』


 すると天空から巨大な炎の柱、否、炎の剣が落ちてくるではないか。

 そのまま凍てついた海原に刺さり巨大な剣は消えた。その様を見ていたセイスは驚く。


 凍てついた海は凄まじい勢いで溶け、半刻もしないうちに海は元通りになった。


 ダリオロスの様子も氷が溶けきる頃には、まるで召喚された時の如く力がみなぎり、大翼をはためかせ煉獄島へ戻って行く。


「──ふぅ、山は越えたか。あと少しだ、加護を受け仕上げの準備と行こうか」



 ひらひらと、まるで疲労の極みにある所有者の状態を表すように、風の絨毯はセイスを乗せダリオロスに続き島へと戻った。





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