彼岸花

桜 導仮

一章

 燃えている。目の前で家が。他人の家だったなら「可哀想に」で済んだかもしれない。だけど今、目の前で燃えているのは私の家だ。

『この家も無くなるのね』

『これでもう呪いの心配は無くなったのかしらね』

 やって来た野次馬達が好き好きに言う。

『でもあの子が生き残っているわよ』

 野次馬の中の一人が私を指さし言う。

『全く、一体誰があいつを引き取らなければいけないのかしらね』

『私は絶対に嫌よ』

『私だって』

 何故、痣があるからと言ってこの様な扱いを受けなければいけないのか。

 親しかった人が死んだにも関わらず、不思議と涙は出なかった。


 朝になる。久しぶりに昔の夢を見た。

 いつも通り、居候させてもらっている家の人に朝食を作らなければ。


 朝食と昼食を作り中学校に行く支度をする。

「あんた、まだ居たの」

 後ろから声をかけられる。

「あの……これから出ようと」

「言い訳はいいの。いつも言っているわよね、私達が起きる前に家を出ていきなさいって」

「すいません」

「それに」

 家の人は私の左手の甲を指さす。

「その痣も隠しなさい。目障りだわ」

「分かりました」

 私は痣を隠すため包帯を巻く。

「それじゃあ、行ってきます」

「もう帰って来なくてもいいわよ」


 学校に着き自分の教室、二年二組に行く。する事も無いので図書室で借りた本を読んで時間を潰す。

 時間が過ぎると人がどんどん入ってくる。

 人が増えるにつれ教室は騒がしくなっていく。

「お前らホームルームを始めるぞ」

 担任の先生が入って来てホームルームを始める。

 昼休み、私はいつも通り一人で昼食を食べていた。

「ねえ彼岸ちゃん」

 同じクラスの女子が他のクラスの女子を二人ほど連れ私に近づいてくる。

「貴方の事をこの子達に話したら興味を持っちゃったみたいなの。だから」

 同じクラスの女子が上面な笑顔で言う。

「貴方の痣、見せてくれない?」

 やっぱりだ。私の所に寄って来る人は大概、痣を見に来るかいじめに来るかのどちらかだけだ。

「ね、良いでしょ? 私達友達じゃない」

 冗談じゃない。私は彼女と一度たりとも話した事は無い。だが、ここで断った方が後々面倒な事になりそうだ。

「分かった」

「わあ、ありがとう」

 私は手に巻いた包帯を取る。

「へーこれが噂の痣かー。本当に彼岸花の形になってるんだー」

「あれでしょ、この痣を持っている人が嫁とか婿入りしたり、養子に貰ったりしたらその家が火事になったりしちゃうんでしょー」

「ねえねえ彼岸さん、今までどれぐらいの家を火事にして来たのー?」

「止めてあげなよー。彼岸ちゃん可哀想でしょー」

 三人は笑っている。周りも笑っている気がする。自意識過剰なら良いのだけど。

「それじゃあありがとうね彼岸さん」

 そう言いながら二人はクラスに戻って行く。それからは同じクラスの女子に質問攻めにされ結局、昼食をあまり食べられずに授業に入ってしまった。


 放課後、借りていた本を返しに図書室に向かう。

 本を返し次に借りる本を探す。

「あいつ、また来たよ」

「本当。もう来ないで欲しいわ」

「だよな。大切な本が燃えちゃったらどうしてくれるんだ」

 どこへ行っても同じような事を言われる。借りる時も愛想笑いすらしてくれない。

 そう考えると昼間の三人組の方が良いのか。

 家に帰る為に下駄箱に行く。

 自分の靴には案の定、画鋲が入れられていた。

「この努力を他の事に回せば良いのに」

 独り言をこぼしながら靴の中の画鋲を近くの掲示板に指していく。

「彼岸、お前何をしているんだ」

「……掲示板に画鋲を指しているだけです」

「なぜそんなにも画鋲を持っているんだ」

 言っても信用してくれないくせに。

「靴の中に入れられてたんです」

「嘘を付くな」

 やっぱり。なぜ痣があるだけでこうも扱いが悪くなる。

「お前が誰かの靴に入れようとしたんじゃないか?」

 なぜそうなる。

「まあ今日は先生も予定があるからもう帰っていいぞ」

「すいませんでした」

 そう言い残し靴を履く。

「全く、手間かけさんなよ」

 先生が小声で言っているのが聞こえた。陰口は本人が居ない所で言うものでは?

 あ、聞こえる様に言っているのか。


 家に帰ると家の人が居た。

 こんな時はさっさと自分の部屋として貰った長女の部屋の押し入れに閉じこもるに限る。

 しばらくすると、バタンと扉が閉まる音がする。

 これから夕飯を作らなければ。


 夕飯を作っていると今まで引きこもっていたと思われるこの家の長男が出て来た。

「お前さっさと飯の準備をしろ」

「はい」

 とりあえず、早々に一品作り食卓に出す。

「ん? これは何だ!」

 他の人の分を作っていると引きこもりな長男の声が聞こえる。機嫌を損ねないように早めに長男の所に行く

「どうかしましたか?」

「どうかしたかじゃねーよ! お前何だこれは!」

 そう言いながら地面に何かを叩き付ける。

「これは……」

 ピーマン……。

「何でこんなのを入れるんだよ!」

「野菜もちゃんと食べなきゃいけないですし……」

「どちらにせよおれの分は抜くとかしとけよ!」

 二十歳超えてるのにピーマン嫌い、ニート。救いようが無いような。よく見たらよそってある分のは全部ピーマンが抜き取られている。

「たっく。お前、もったいないから食えよ」

「え……」

「だからその落ちたのを食べろよ」

 ここで機嫌を損ねるのは後々面倒なので、しゃがみ拾おうとすると、

「お前何拾おうとしてんだよ」

 頭を押さえつけられ地面に突き付けられる。

「奴隷だったら豚みたいに食えよ」

 私は渋々地面に落ちたピーマンを口に運ぶ。

「あははは、本当に食いやがった」

 長男は笑いながら写真を撮ってくる。

「じゃあ俺は食ってるから舐め取っておけよ」

「はい」

 

 自分の分と残りの人の分を作り、食卓の方に行ってみると、空になった皿があったが長男の姿は無かった。きっと自分の部屋に戻ったのだろう。

 長男の食べ終わった皿を洗っていると、

「ただいまー」

 と、長男の妹。この家の長女が帰って来た。

「お帰りなさいませ」

 帰って来た長女に声を掛ける。

「お嬢様は?」

「……お帰りなさいませ、お嬢様」

「よろしい」

 成績優秀、才色兼備で学校では通っているらしい長女は家ではお嬢様をやりたいらしい。

「晩御飯は?」

「出来てます」

「じゃあ私は着替えてくるから準備しておいて」

「はい」


「うん。今日も美味しかったわ」

「ありがとうございます」

「私はこれから宿題するから」

「頑張ってください」

「ありがと。あ、後今晩もよろしくね」

「はい……」


 洗い物をやっていると家の人が帰ってきた。時刻は九時ほど。私はとっさに自室になっている押入れに隠れる。どうやら長女は風呂に入っているらしい。

「・・・・・・」

 しばらくすると何かを食べる様な音がする。自分の作った晩御飯を食べてくれているのか少々気にはしたが、押入れから出て行くわけには行かない。

「あ、お母さんお帰りなさい」

「ああ。あいつはちゃんとやっていたか?」

「うん。ちゃんと御飯も美味しいの作ってくれたし」

「ふーん」

 長女が風呂から上がり家の人と話す。

 ガラッ

 と、長女の部屋の扉が勢い良く開く音がする。

 ドタドタと足音がし、押入れの前で止まる。

「あんたあの子に無理やり言わせてないでしょうね」

 押入れを開けながら家の人が言い放ってくる。その目つきは獲物を見つけた獅子の様だった。

 私は頭を縦に振る。

 家の人は長女に顔を向けると、

「どうなの」

 と、聞く

「大丈夫だよ。私がその子に使われる訳無いじゃない」

 家の人は

「それもそうね」

 そう言って部屋から出て行った。

「まったく。お母さんも最初から私に聞けば良いのに」

 口ではそうは言っても顔は物凄く良い笑顔をしている。

「まあでも、いつものはちゃんとよろしくね。そう言えばまだ洗い物の途中じゃないの?」

 私は洗い物に戻った。


「どいつもこいつも!」

 そう言いながら長女はいつもの様に私を蹴る。

「私だって苦労してんのよ!」

 また蹴る。

「私があいつらに媚売ってるって!」

 蹴る。

「誰があんな奴等に!」

 意識が遠のく。

「もう皆、死んじゃえ」

 おちる。

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