偽ブランドは乙女の恨みを買う
第138話 偽ブランドは乙女の恨みを買う その1
放課後、由香から借りたラノベをシュウトは図書室で読んでいた。あれから彼女は毎日オススメの小説を強引にシュウトに押し付け――もとい、貸しまくっていたのだ。根が真面目な彼はそれを断る事も出来ず、空いた時間を全て読書に使うくらいの勢いでこのノルマを何とか消化している。
好きな物語ならそこまで苦ではないこの読書も、由香からオールジャンルランダムで持ってこられるためにかなり辟易しているのが実情だったりしている。
シュウトが頑張って文字を追いかけていると、そこにニコニコ顔の厄介事の元凶が顔を出してきた。
「どう、読んでる?」
「ま、まあ、ぼちぼちと」
その声に気付いた彼はぎこちなく口角を上げて対応する。その表情から敢えて空気を読まなかった由香は、無邪気な顔で布教相手にリクエストを求めた。
「好きなジャンルがあったら教えてね。重点的に貸したげるから」
「あはは……」
その悪意のない呼びかけに、シュウトはもう力なく笑うしかなかった。そんな2人のいびつなやり取りを傍観していた勇一がここでボソリとつぶやく。
「嫌なら断れって」
「うーん。別に嫌って訳じゃないんだけど」
「その顔で言われてもな」
彼からの鋭い一言にシュウトは戸惑った。
「え?顔に出てる?」
「もろ出てる」
「じゃあなんで近藤さんは態度変わらないんだろ?」
友人に分かる事が彼女には伝わっていない事にシュウトは首をかしげる。その態度からこの全く状況が理解出来ていない事を察した勇一は、はぁと大きくため息を吐き出した。
「いや分かれって」
「?」
「押したら読んでくれるから、それがどんどんエスカレートしてるんだよ」
この彼の指摘は正しかった。一度でもシュウトが由香の小説を貸す攻撃を拒否していたなら、そこから適切なペースを模索する流れにも持っていけただろう。
けれど、この目の前のお人好しは貸せば貸すだけ全部読んでくれる。それが問題ないペースだと認識されたからこそ、その後も次々と読書を強要される流れになってしまっていたのだ。
友人の冷静な指摘に対して、彼はそうしている理由を単純な一言で説明する。
「だって断れないだろ」
「大体、お前そこまで小説読むの好きじゃないんだろ?」
「いや嫌いじゃないよ?ただ、ペースがね……」
シュウトはそう言うとどこか遠いところを見るような表情になる。それだけでもかなり精神的に披露している事が見て取れた。友人の疲弊した顔を見た勇一は適切なアドバイスを飛ばす。
「じゃあそれをちゃんと口にしろよ」
「それも分かってるんだけど……」
結局、彼は由香の好意を大事にしようと思うばかりに無理をしているようだ。これを何と表現していいのか適切な言葉が思い浮かばないけれど、とにかく勇一は何を言っても無駄だろうと、それ以降はこの件について何も口出しはしなかった。
シュウトは死んだ魚の目で小説を読み続けている。本当に楽しく読んでいるのか周りから判断する事は難しい。それでも毎回きっちりと読了すると小説の借り主にその報告と感想を伝えているのだから、まぁ、何と言うかマメではあった。
集まった3人が全員小説に没頭してしまったので、図書室は本来の静けさを取り戻していた。
しばらくはその状態が続いたものの、沈黙に耐えきれなくなった彼女は椅子を思いっきり後ろに倒すと手を組んでそれを後頭部に乗せる。
「最近暇だねー」
「いい事じゃん」
「……」
この由香の言葉に反応したのは勇一1人。もう1人のメンバーからの反応が返って来なかったので、彼女は無邪気な表情を浮かべて彼の方に顔を向ける。
「陣内君、楽しんでる?」
「……」
「陣内君?」
一度話しかけても返事が戻ってこなかったので、由香は改めて今度は少し強めに名前を読んだ。
それでやっと呼ばれている事に気付いたシュウトは、紙面から視線を上げる。
「あ、えっと、ごめん。何?」
「面白い?その本」
「えっと、うん……」
彼女から本の感想を聞かれ、彼はバツが悪そうに生返事を返した。その反応に不信感を抱いた由香は試すように追求を続ける。
「どの辺りが面白い?」
「しゅ、主人公がどんな苦境に立っても、あきらめないところ、とか?」
少し苦し紛れにシュウトは小説の感想を口にする。物語の主人公があきらめずに人生に立ち向かうのは当然であり、そう言う意味ではあまりにも無難な感想と言えるだろう。どんな物語にも当てはまると言う事は、ある意味小説の中身を読んでいないようなものでもあった。
このテンプレ感想を聞いた彼女はそこで大体の事情を察して、どんな意味にも取れそうな声を漏らした。
「あー」
「あはは……」
その反応の真意を読み取れなかった彼は思わず愛想笑いをする。この微妙に噛み合わない雰囲気に居心地の悪い空気が流れる中、由香は自分の貸した小説の素晴らしいところを自分の言葉で少し得意げに語り始めた。
「みんな最初はね、そう言う感想になるんだよね。で、そこから深く計算され尽くした構成に目が行くようになるんだ」
「そ、そうなんだ」
いきなり上級者視点で語られて彼の頬に冷や汗が。呆然としているシュウトに構わず彼女は更に続ける。
「その小説ね、文章に全く無駄がないんだよ。まさに芸術」
「へ、へぇ~」
どんどん専門的な方向に話が進んでいってしまい、彼はもう相槌を打つので精一杯になっていた。勇一も窮地に陥っている友人のために助け舟を出そうとするものの、そのタイミングが掴めずに固まってしまう。
男子2人が挙動不審になるまま、好きな分野に関しては全く空気を読まない由香はトドメの一言を告げた。
「その話が気に入ったらならさ、似た感じのまた持ってくるよ」
「え、ちょ」
「何?」
また新たな小説を読まされそうになり、流石にやばいと感じたシュウトはここで思わず言葉が出てしまう。その雰囲気に彼女は真顔で彼の顔を覗き込む。その無言の圧は、言葉の選択肢を間違えたらどんな結果が待っているのか予想の出来ないものだった。
この重いプレッシャーに負けたシュウトは、思わず一番ダメージがなさそうな理由をその場で慎重に組立てていく。
「えっと、そ、そう、最近読む時間があんまり取れなくて……。読み終わるまでちょっと待ってくれない?」
「仕方ないなー。じゃあまたその時にね」
この理由に納得がいったのか、由香は表情を元に戻して新たなラノベ攻撃の意思を収める。自分の主張が上手く伝わったと実感した彼は、ほっと胸をなでおろした。
その後も仕事の依頼の電話がかかってくる事はなく、放課後図書室タイムは無難な感じで今日も終わりを告げた。
帰り道、シュウトは勇一と一緒に下校する。その道中でさっきの図書室でのやり取りについてのダメ出しが始まった。
「何でもっとはっきり言えないんだよ」
「う、うん……」
この当然の一言にシュウトはうまく返事が返せない。沈黙の時間が流れて場が気まずくなる。西の空が赤く染まる中、何か別の話題でこの雰囲気を払拭しようと、勇一は彼の真面目さを褒める事にした。
「でもまぁ一応ちゃんと真面目に読んでるんだな」
「つまらない訳じゃないし。ただ、ずーっと文字を追い続けるのはしんどいかも」
「人それぞれ読書のペースがあるからなぁ。押し付けられてもな」
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