第135話 インチキ教祖に忍術でお仕置きを その6

(確かに大袈裟に強調されてはいるが、原理は理解出来るし、これならば私にも出来そうだ。流石にここまで派手には出来ないかも知れないが)


 どうやら由香の場合と同じように、異世界生物視点ではこの作中に書かれている術の再現も可能なようだ。いい感じの返事が返ってきて、うまくいきそうな手応えを感じたシュウトはほっと胸をなでおろす。


「そっか、頑張って読んでみて良かったよ」


 肩の荷の降りた彼はその後スラスラと文章を読めるようになり、いつの間にか夢中で一冊分を読み終えてしまっていた。初めての小説一冊分読破の時間は1時間かかったかどうか。物語が面白い事もあったのだけれど、シュウト自身もそんなに早く読み終えるとは思わなかったのでびっくりしてしまう。

 この日は色んな不安が解消された事もあって、ぐっすりと眠る事が出来たのだった。


 次の日の放課後の図書室、メンバーが全員揃ったところでシュウトは昨日読み終えたラノベを本来の所持者に返す。


「お、面白かったぞ」


「どう?ちゃんと術はマスター出来たか?」


 目をキラキラ輝かせながら答えを待つ友人に、シュウトは少し他人事のように返事を返した。


「ま、俺はともかく、ユーイチは何かを掴んだらしい」


「俺はまだ何も掴んでないけど?」


「だからそのネタはいいから」


 また性懲りもなく名前ネタをぶっこむ勇一にシュウトは呆れる。周りの空気が冷たくなったのを感じて、ボケをカマした本人はすぐに話を切り替えた。


「じゃ、後は俺だけだな。ミヤコがどこまで理解してくれるか分からないけど、試してみるわ」


 それからは3人共が同じ本を読んだと言う事で即席感想発表会が始まる。仕事のスケジュールは昨日ほぼ決まってしまった事もあって、この流れにみんな楽しそうに乗っかった。すぐに推しキャラや推しシーンについて盛り上がり、楽しい時間は光の速さで通り過ぎていく。

 こうしてシュウトは共通の話題がある事の楽しさを知り、更にラノベに興味を持ったのだった。



 それから数日はあっと言う間に過ぎ去り、その間に勇一の中にいるミヤコも忍術のコツを掴む事が出来ていた。不安要素がなくなってきたところで、作戦実行日もまた容赦なく迫ってくる。

 そんな中、いつものように放課後にみんなが図書室に集まっていると、ニコニコ顔の由香がみんなに向かって報告をする。


「今朝ね、パスが届いたよ」


 そう、彼女がちひろに頼んでいた偽造パスが無事に完成して、家に人数分送られてきたのだ。この報告に男子2人も歓声を上げた。


「おお~」


「後はイベントに合わせて潜り込むだけ」


 こうして準備がほぼ出来上がった事で、3人の盛り上がりは最高潮に達する。イケイケムードが広がる中、慎重派のくノ一がまた音も立てずに姿を表した。


「それでうまく紛れ込めたとして、どうやって誤魔化すつもり?」


「あ、風」


 それはいつものような神出鬼没さだったものの、今までと違ってシュウトは平然とこの現象を受け入れている。そんな彼を見て由香はポツリとつぶやいた。


「もう驚かないんだ」


「うん、気配の微妙な揺らぎは分かるようになったから」


「私も風がいる時の気配、ちょっと分かってきたよ」


 2人がくノ一の気配談義で盛り上がりを見せる中、その輪の中に入れなかった勇一はこの状況にただただ目を丸くする。


「え?マジ?気配とか分かるの?」


「マジマジ」


「すっげーな。俺も修行して追いつかな!」


 3人は忠告をしに現れた風をほぼ無視する形で盛り上がっている。その緊張感のなさに彼女は頭を抑えながらため息を吐き出した。


「盛り上がってるところ悪いけど……」


「分かってるよ、相手から大人に思わせるのにはどうするかでしょ?」


 風からの冷たい視線に気付いた由香は改めて彼女に向き合う。その表情を見たくノ一は彼女の心を静かに読み取った。


「自信、ありそうね」


「勿論。風自身が言ってたでしょ、思い込ませる事だって」


「正解。でも3日やそこらで習得出来るものじゃ……」


 風は由香が術の基本理念を理解している事を知って感心はするものの、頭で分かるのと実際に体得する違いを語ろうとする。

 しかし、全部言い終わる前に相手がその話を遮った。


「それは普通の人ならでしょ。折角風がいるんだし、ちょっと見てもらおっか。シンクロ!」


「ちょ、こんなところで……あれ?」


 由香はみんなのいるところでいきなりシンクロして人格を入れ替える。シンクロすると雰囲気が変わるので、普段の様子を知っている人が見たらその違和感を感じてちょっとした騒ぎになる事もあり得るのだ。それもあって周りがこの突然の行為に驚いていると、シンクロした彼女の姿はすうっと消えていく。

 この様子を目の前で見たシュウトは、思わず感心して感想を口にする。


「これは……風と同じだ」


「お、同じじゃないからっ!けど、流石は異世界生物ね。飲み込みが早い」


 目の前で術を披露されて、流石の風も戸惑っていた。その証拠に声がどことなく震えている。忍術マスターに認められたと言う事で、ユウキは姿を消しながら御礼の言葉を口にした。


「お褒めにあずかり光栄です」


 それから彼女はまた姿を表すと、今度はみるみる内に大人の女性の姿に変わっていく。それは相手に幻を見せているだけで、本人の容姿は実際には変わっていない。

 この幻惑の術も勇一の貸してくれた忍術ラノベに詳細に描かれている。その術は上位の忍者には通じないらしいものの、普通の人を騙すには十分な影響力があった。

 その光景を目にしたシュウトは、思わず自分の中にいる異世界生物に話しかける。


(ユーイチも出来る?)


(原理は理解している。出来るかどうかは試してみないと分からないが……)


 こうして作戦に必要な術の披露を終え、問題も何もない事が分かったところで、くノ一の気配はすっと消えてしまう。男子2人もユウキの忍術に感心してしまっていたため、風がいなくなった事にしばらくの間気付けなかった。これに最初に気付いたのはシンクロを説いた由香だ。


「あ、また消えた!」


 その声で風が退場した事に気付いた勇一は、思わず不満を口にする。


「術の完成度について何か感想を言ってくれても良かったのにな」


「簡単にマスターしちゃえてたから、きっと悔しかったんだよ」


 その愚痴を聞いたシュウトは風の気持ちを察してそれを代弁した。勇一もその意見に賛同して、改めて由香の披露した術について意気込みを新たに宣言する。


「俺達の中の異世界生物達もしっかり術をマスターしてもらわなきゃだな!」


「だなっ」


 こうして作戦決行日までの間、3人はシンクロして術の研鑽に励んだのだった。

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