第121話 巨大過ぎる組織とクリスマスパーティ その3

 その指摘によって彼もようやく連載小説の存在に今更ながら気付く事が出来た。


「あ、これがそうかぁ……でも話が途中だけど?」


「取り敢えず読んでみて、途中からでも読めるような感じで書かれているはずだから」


「う、うん……」


 その優しいアドバイスにシュウトは恐る恐る新聞の連載小説に目を通した。最初は途中から始まっているのもあって意味が分かるかなと思いながら読んでいたものの、そこは流石新聞連載小説だけあって途中からでも無理なく読める話運びをしており、気がつくと夢中になって並んでいる文字を追いかけていた。

 新聞の限られたスペースを使った小説だけあって文字数は少なく、数分とかからずに彼は今日の分の連載分の文字数を読み終える事だろう。


 連載小説を夢中で読む知り合いを目にして、上手くその形へと誘導させた手腕を勇一は褒め称えた。


「さーすが由香ちゃん」


「これでも文芸部員ですからね」


 彼女の所属部を改めて意識した彼は、そのまま最近の部活動について質問を飛ばす。


「最近何か執筆してんの?」


「今は充電期間中。中々思い通りの物語が書けなくてね。先人の技術を盗もうと思って読書三昧ってところかな」


「じゃあ図書室はうってつけだ」


 勇一は彼女の行動に同意して笑顔を浮かべながら言葉を返した。ただ、その返しに対して本の虫はサラリと実情を口にする。


「でもここにある好みの作品はもう全部読んじゃった」


「すげぇ~」


「だから今はそうじゃないジャンルに挑戦してる」


 そう、全部読んだと言うのは飽くまでも由香の好きなタイトルの本を読み尽くしたと言う事。流石に図書室にある本を全部読み尽くすと言うのは時間的にも無理のある話だ。

 自分が普段読まない本を読むと言うのも知見を広めると言う意味では大きな効果をもたらす事だろう。それに新たな創作のネタを探すと言う目的においても、普段読まないジャンルの本に挑戦すると言うのはいい効果があるに違いない。


 彼女がネタ探しに色んな本を読んでいると言う話を聞いた勇一は、自分の得意ジャンルの話を持ちかける。


「ラノベは?」


「あんまりチートじゃないのなら」


「何か貸そうか?」


「いいの?是非是非」


 軽く冗談っぽく持ちかけたものの、速攻で彼女に食いつかれて逆に勇一の方が困惑する。本の虫の由香にどんなラノベを貸せば喜んでくれるのか見当のつかなかった彼はその場で腕を組んでうなり始めた。


 知り合いが困り始めたそのタイミングでシュウトは紙面に向けていた視線を外す。どうやら連載小説を読み終えたらしい。それを見た由香がすぐに食いつく。


「お、読み終えた?どう?」


「うん、面白いね。連載の途中だから分からない事も多かったけど、あんま気にせずに読めた」


 この問いかけに軽く答えていると、その様子を見た勇一に軽くからかわれる。


「ついにシュウトもこっち側の住人かぁ」


「何かあんまりそう言う言われ方は好きじゃないんだけど」


「それは偏見だって。そうだ、お前にもラノベ何か貸してやるよ」


「いや、でもあんまり長いのは……」


 この誘いに対して、シュウトは軽く難色を示した。新聞の連載小説程度の文章量なら無理なく読めるものの、流石に本一冊分の小説に手を出すのはまだ早いと感じての反応だった。

 そんな知り合いの態度に、小説を読み始めたばかりの頃の自分を重ね合わせた勇一は、ニコニコと笑みを浮かべながら小説読みの先輩風を吹かし始める。


「面白かったら文字数なんて気にならなくなるもんだって。無理ならすぐに戻していいからさ」


「まぁ、そう言うなら……。何かいいのある?」


 新聞小説が面白かった事もあって、シュウトも小説に対するハードルがかなり下がっていた。これは行けそうだと感じた勇一は、更に突っ込んだ話をしようと具体的な内容についての質問をする。


「やっぱエロい方がいいか?」


「いや、いいよそんなの」


 いきなりのハードルの高い問いかけにシュウトは拒否の姿勢を示す。思春期の男子とは言え、あまりエロ系の話題は話し慣れていない事もあり、それを人前で話す事に彼は抵抗を感じていたのだ。

 この知り合いの反応が面白くない勇一はどうにかして真相を聞き出そうとずいっと身を乗り出した。


「何優等生ぶってんだよ、このムッツリめ」


「違うって!」


「正直に言えよ、リクエストに応えてやっから」


 シュウトがどれだけ拒否してもその仮面を外そうとしている勇一は追求の手を緩めない。こうしてエロ話が盛り上がりかけたその時、同席していた由香が盛り上がる2人にも聞こえるようにわざとらしく咳払いをする。


「ウホン!」


「あっ……」


 勝手に盛り上がってこの場に女子がいた事をここでようやく思い出した男子2人は会話を即時中断。すぐに同席している彼女の出方をうかがった。


「そう言う会話は私がいないところでしてもらえる?」


「なんかごめん」

「調子に乗ってました」


 予想通りご機嫌斜めだった由香を前に男子2人は揃って謝った。それから沈黙の時間が続き、場の空気はすごく微妙な雰囲気に――。

 そんな空気のままでいるのに耐えきれなくなった彼女は、別の話題を出して雰囲気を変えようと自ら話を切り出した。


「そう言えばケーキの予約はしてる?」


「してるよ」


「チキンは?」


「当然!」


 クリスマスパーティーと言えばケーキとチキン。流石に男子2人もそのくらいはイメージ出来ていたので、その辺りの準備は万端のようだ。ケーキは以前手作りで間に合わすと言う話だったものの、やっぱりここはプロの味を堪能しようと言う事になって路線変更をしていた。

 これで食べ物の心配はなくなったと言う事で、由香は逆に他に何かないか問いかけた。


「後は何だっけ?」


「うーん、飾り付け?」


 パーティの準備と言う事ですぐにシュウトが思いついた言葉を口にする。そう言えば以前も飾り付けの話題から始まったなと彼女が思い起こしていると、勇一が何かを閃いたみたいに口を開いた。


「それと、ゲーム?」


「あ、そうだ、プレゼント!」


 2人のイメージを聞いていて、由香もクリスマスパーティーのお約束のひとつを思い出してぽんと手を叩く。その後も幾つかのイメージがそれぞれの口から飛び出して、やがて話をまとめる段階に入った。ここでも話の主導権を握っていたのは彼女だった。


「諸々の準備はちゃんと出来てる?」


「もう来週だぞ、出来てるに決まってるだろ」


 パーティの準備の事で念を押されて、部屋を貸す勇一は胸を張って堂々と答える。それを聞いて安心した由香は男子2人に対して満面の笑みを浮かべた。


「楽しもうね!」


「お、おう……」


 勇一が彼女の笑顔に動揺しているその横で、シュウトは真顔になると唯一の懸念材料をポツリと口にする。


「後はイヴに仕事が入らない事を祈るばかり」


「いやーっ!フラグは止めてーっ!」


 その一番恐れている出来事に対して由香は耳を抑えて絶叫してしまう。その大声のせいで図書委員から注意されてしまう羽目になった。



 普段の行いが良かったからなのか、それとも単なる偶然か、奇跡的な事にパーティ当日まで仕事の話は入らず、そのまま2学期は終了して冬休みに突入する。

 無事にパーティーは開けそうだと言う事で24日に集まった3人はその事にについて喜びを分かち合う。まず第一声を上げたのはシュウトだった。


「どうやらフラグはへし折れたか……」


「異世界生物犯罪組織もクリスマスを楽しんでるとか?」

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